
殺人犯Aは18歳未満であるために死刑や無期懲役には処されずに懲役刑となり、Bは18歳以上であったために一審では無期懲役の判決が下された(実際には懲役13年)「仁川小学生殺害事件」。韓国人なら誰もが知る凄惨な事件と不思議な判決。
辛口の映画関係者も推す、異色のドラマ
またまた韓国ドラマの大ヒット作が登場した。2022年2月25日にNetflixで配信がスタートした『未成年裁判』(原題『少年審判』)である。翌週には同配信のグローバルトップ10(テレビ・非英語)で1位に浮上した。
『イカゲーム』『地獄が呼んでいる』『今、私たちの学校は…』に引き続き、韓国ドラマの強さは圧倒的ともいえるのだが、前3作と大きく違うのは、この『未成年裁判』は韓国国内でも非常に評価が高いということだ。
「1話から引き込まれて、10話まで一気に見てしまった」(50代女性)
「これまでの3作は視覚や音響などエンタメとしての作りが上手だったということ。でも今回の『未成年裁判』はちょっと違います。オススメです」(20代男性)
様々な人に意見を聞いてみたが、『今、私たちの学校は…』を10点満点中6点と言っていた映画業界にいる20代男性も、この『未成年裁判』は珍しく褒めていた。もっとも彼は『ドライブ・マイ・カー』(2021年、濱口竜介監督)にとても感動したそうで、そちらについてさらに熱く語ってくれたのだが。これは印象だけれど、韓国の若者は自国の作品についての評価がとても厳しい。業界関係者はなおさらである。
珍しく(?)自国でも大人気という『未成年裁判』だが、内容は原題にあるように「少年審判」の法廷を舞台にしたものだ。韓国では以前から「少年法」をめぐっての議論が起きているが、本作はそこに真っ向から挑んでいる。

キム・ヘス JUVENILE JUSTICE, KIM Hye-su, (Season 1, aired Feb. 25, 2022). photo: ©Netflix / Courtesy Everett Collection
非行少年を憎悪する女性判事
それは1球目からど真ん中のストレート勝負という豪腕ぶりだ。たとえばこんな台詞とか。「14歳未満は人を殺しても刑務所には入らないって、本当なんですか?」
残虐な事件の容疑者として法廷に立った少年はニヤついた表情でうそぶく。それとの強いコントラストで描かれるのは、女性判事の冷酷な表情だ。
「私は非行少年を憎みます」韓国語では「非行少年」ではなく「少年犯」となっている。
主役のシム判事を演じるキム・ヘスは、1980年代半ばからずっとドラマや映画の第一線で活躍してきた大ベテラン女優だ。浮き沈みの激しい韓国芸能界にあって、ある意味で稀有な存在ともいえる。以前から変わらぬ大振りな演技は好き嫌いが分かれるが、今回は「はまり役」という評価が多い。脇を固める役者がもれなく当代の演技派で、あまりにも自然体なだけに、新劇チックな身のこなしの主役が、あえて作品の「ドラマ性」を強調する。ふりかえり方、肘の付き方、腕の組み方。
「これって映画『タチャイカサマ師』(2006年、チェ・ドンフン監督)のときの賭博師役と同じポーズだよね」
友人の指摘にはうなずくしかないのだが、この法廷ドラマでは「キム・ヘスがキム・ヘスであること」が重要なのだと思う。それはドラマが実話ベースに作られているからだ。
全10話の中に登場する主な事件は、いずれも韓国で実際に起きた少年事件を元にしており、当然ながら加害者も被害者も実在する。
韓国人が戦慄した小学生殺害事件
韓国の人々にとっては、思い当たる事件ばかりだ。「仁川小学生殺害事件」(2017年)、「淑明女子高校試験用紙流出事件」(2018年)、「陽川区中学生レンタカー窃盗追突事件」(2020年)、「龍仁市アパートレンガ投下死亡事件」(2015年)、さらに「仁川女子中学生集団性暴行」(2019年)など、その他にもさまざまな少年事件を元に物語が再構成されている。
なかでも第1話のベースとなっている「仁川小学生殺害事件」は、その犯行の残虐性と動機の不鮮明さ、また年齢による量刑の違いなどで、韓国社会全体に大きな波紋を投げかけた事件だった。

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2017年3月29日、仁川市の新興団地に住む小学2年生の女子児童が、午後になっても家に帰ってこなかった。母親の通報を受けて、警察と近隣住民の協力による一斉捜査が開始された。団地内の監視カメラから児童の足どりが明らかになると、警察はそのカメラが設置されたマンションを一斉捜索。屋上の給水タンク室の上から遺体が、一部破損した状態で発見された。
また監視カメラには「児童を連れた中年女性の姿」が映っていたため、警察は同じマンションに住む住民の中に犯人がいる可能性があると考えた。ところが驚くべきことに逮捕された容疑者は、当初の見立てとは異なる16歳の少女Aだった。
警察の取り調べで、Aが母親の服を着て犯行を行ったことが判明した。つまり、それは「中年女性のふり」をするという偽装工作に他ならない。
しかし動機が不明だった。身代金目当てでも性犯罪でもない児童誘拐事件に、小さな子どもをもつ親たちは戦慄した。いったい何が目的だったのか?
翌30日からは、テレビなどでも連日の報道が続いた。Aは事件について「記憶にない」という証言を繰り返していたが、警察の捜査では児童の下校時間を検索した履歴などが発見されており、また共犯者の存在も浮上していた。
その「共犯者B」が逮捕されたのは、事件から13日後の4月11日。驚くべきことに、その「共犯者B」もまた18歳の未成年の少女だった。犯罪の緻密さから「大人の共犯者」を予想していた世間は驚いた。さらに人々を戦慄させたのは、事件当日の夜にBは切り取った遺体の一部を受け取っていたという事実だった。ただしBは「Aから紙封筒を渡されたのは間違いないが、その中身については知らなかった」と供述していた。
当時の警察発表によれば、二人は事件の1ヵ月半ほど前にSNSを通じて知り合い、何度か直接会っていたともいう。そこで二人は犯行を共謀したとされていた。
不思議な判決
ドラマの内容はかなり改変されているが、ここでは実際の事件について、もう少し書いておきたいと思う。
当時のニュース記事などを見直してみると、事件直後からすでに「少年法」について言及されていたのがわかる。Aが検察送致となった際のKBSニュースは、送致理由となった容疑を述べた後に、次のような一言を加えている。
ただし、未成年者のAには少年法が適用されるため、懲役は最高で20年となります。(2017年4月7日、KBSニュース)
ドラマにも描かれていたように、「厳罰を求める世論」は当時から相当強かった。メディアでは少年法改正問題がとりあげられ、賛否をめぐる議論が燃え上がったのだが、たしかに半年後に仁川地方裁判所が出した判決は「異様」ではあった。
主犯のAには懲役20年、共犯のBには無期懲役。
実行犯である主犯Aよりも、共犯Bのほうが刑が重いって、なぜ? しかもBは共謀の嫌疑だけで、当日の犯行には加わっていないのに? 視聴者の疑問を予測したように、ニュースではイラスト付きの解説が用意されていた。インタビューに応じた担当判事の語りは、実にあっさりしたものだった。
二人とも少年法の適用を受けますが、Aは18歳未満であるために死刑や無期懲役には処されずに懲役刑になり、Bは18歳以上であったために無期懲役となりました。
(2017年9月22日、KBSニュース)
16歳と18歳。いずれも未成年であり「少年法」の対象となるが、18歳を区切りにその処罰が大きく違っている。それが法律というものなのだろうが、主犯と共犯で逆転してしまった量刑はやはり不自然だった。

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翌年4月の控訴審では、「Bに犯行を指示された」というAの供述が否定されて、高裁はAの単独犯行と判断。共犯者でなくなったBは殺人幇助の罪で懲役13年となり、Aは「心身微弱状態だった」という主張をしたが認められず、判決は一審と同じく年齢での最高刑である懲役20年のままとなった。最高裁の結論も同じく、2018年9月に二人の刑は確定した。
少年法改正をめぐる議論
ネタバレになるのでドラマのあらすじは詳しく書かないが、実際の事件とは重要な違いがある。ドラマで登場する容疑者は13歳の少年と16歳の少女であり、実話よりも下の年齢設定になっている。
この年齢設定には意味がある。同じ未成年者でも14歳未満の場合は刑事責任年齢に達していないため、さらに「少年法の矛盾」が浮き彫りになる。ドラマの中でも説明されているが、14歳未満の「触法少年」は犯罪者として処罰されず保護処分の対象となるからだ。ドラマの中の判事の一人は、次のように発言している。
「誘拐に殺人、死体損壊に死体遺棄。だが犯人は触法少年だ。
前述したように韓国では近年、少年犯罪への厳罰化を求める声が大きい。とりわけ被害者の立場からすれば、年齢だけを理由に凶悪な加害者が「保護の対象になる」というのは納得しがたいだろう。それでもやはり少年たちの更生を願う裁判官たちは苦悩する。日本でも長年にわたって議論されているテーマである。
ところで驚いたのは、この13歳の少年役を演じているのが、実は27歳の女優であるということだ。冷めた笑いを浮かべる非行少年役のとてつもない演技力を大女優キム・ヘスも絶賛したと、韓国のニュース記事になっていた。
話がそれたが、『未成年裁判』はこれまでに作られた実話ベースのドラマとはかなり趣が違う。多くの作品はドラマ化される際に、過剰な脚色が足し算式に盛り込まれることが多いのだが、このドラマは逆である。ベースになっている実話よりも、むしろ引き算でシンプルにしてある。
たとえば『仁川小学生殺害事件』は非常に猟奇的な側面もあり、少女Aが参加していたインターネット上の創作サイトの問題などに言及する人も少なくない。だが、ドラマはあえてそこには踏み込もうとはしない。犯罪者の心の闇や、あるいはネット社会の闇といった、エンタメ作品が好みそうなテーマで視聴者を誘うことはしなかった。他の事件についても同様である。
また、最近の韓国ドラマのようなスリリングな展開や、何度もどんでん返しがされるような複雑な伏線も作らない。サスペンスものを期待した人には物足りないかもしれない。にもかかわらず、全10話を一気に見せるほどのパワーをもっているのはすごいなと思う。やはり大女優キム・ヘスの大立ち回りの効果だろうか。

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ヒューマンドラマとしては韓国独特の細やかさもあり、見ていて胸がいっぱいになるシーンもある。たとえばだい1話で登場する被害者の少年が使っていた弁当箱は、韓国の幼稚園などで使う定番の形である。また、「トルチャンチ」に使った長寿の糸がお古だった話なども、韓国の母親たちには訴えるものがあるだろう。
韓国では満1歳の誕生日にトルチャンチという祝いの宴をもつのだが、そのときに子どもの将来を占う儀式がある。赤ちゃんの目の前に置かれるペンは勉学、お金は富、糸は長寿。自分の子どもが何をつかんだか、母親はずっと忘れない。
監督も原作者も「このドラマはホームドラマだ」という言い方をしている。犯罪に手を染めてしまう子どもたちの家庭環境や親たちの後悔。見ていてやりきれないのは、本当に気の毒な環境の子どもたちがいることだ。やはり未成年の犯罪者には更生の機会が与えられて当然という思いを強くする。
文/伊東順子
写真/aflo shutterstock
続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化
伊東 順子

2023年7月14日発売
1,078円(税込)
新書判/272ページ
978-4-08-721272-3
前著『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』に続く待望の第二弾。
本著では「歴史」に重点を置き、韓国社会の変化を考察する!
本書で取り上げる作品は『今、私たちの学校は…』『未成年裁判』『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』『ブラザーフッド』『スウィング・キッズ』『リトル・フォレスト 春夏秋冬』『子猫をお願い』『シークレット・サンシャイン』『私たちのブルース』『シスターズ』『D.P.−脱走兵追跡官−』『猫たちのアパートメント』『はちどり』『別れる決心』など。
Netflix配信で世界的に人気となったドラマからカンヌ国際映画祭受賞作品まで、全25作品以上を掲載。