コロナ禍の落ち着きとともに、少しずつインバウンド需要も回復しつつある。日本経済にも大きな影響を与える重要な要素ではあるが、一方で懸念されることもある。
買い占められる日本
中国資本による日本買いはかなり前から盛んになった北海道にとどまらない。中国人女性が沖縄本島北方の無人島、屋那覇島を3億5000万円で買ったという。一事が万事だ。背景には急速なチャイナマネーの膨張がある。
中国の現預金(金融用語のマネーストックM2)の総量を日本円に換算してみると、2022年12月末で5055兆円に上り、日本の1212兆円を圧倒する。前年同期比増加額は2022年12月で752兆円(日本の場合は34兆円)で、6月から10月までは1200兆円前後(同40兆円弱)で膨らんできた。日本の最近の現預金残高は1210兆円前後だから、チャイナマネーは1年間で日本の総量相当分、膨らんでいるわけだ。
日米中の現預金高と中国の年間増加額
中国の人口は日本の10倍に上る。現預金国民ひとり当たり平均は日本が上になるが、中国の場合、富の偏在が甚だしい。豊かな層が人口の10%だとしても、その数は日本の全人口を超える。東京都心で建設中の超高級マンションは広さ80㎡級で3億円近いが、こともなげに現金で購入を申し込むのは、中国の中間層の上程度の人たちだと聞く。
北海道の広大なリゾートや原野が買い占められるのも、地方経済の疲弊と密接な関係がある。
それにしても、なぜやすやすと、日本が中国のマネーパワーにみ込まれそうになるのか。それは、日本の慢性デフレとグローバル金融の流れが大いに関係がある。
ドルを買いあげる中国人民銀行
デフレ経済では需要の萎縮のために物価や賃金が上がらない。需要を増やすための近道は実体経済を刺激する財政支出を拡大させることだが、政府は消費税増税と財政支出削減による緊縮財政路線をとりつづけてきた。
2012年12月に始まったアベノミクスは脱デフレを目指したが、その役割はもっぱら日銀の異次元金融緩和政策に任された。日銀が巨額の資金を発行して、0%以下の資金を市中金融機関に供給する。市中銀行がその資金を融資に回せば、生産や設備投資が活発化する結果、需要が増えるという好循環を企図したのだが、そういかなかった。消費税増税など緊縮財政の影響で需要が増えなかったためだ。
増発される日銀資金は国内での資金需要不足のため基軸通貨ドルが支配する国際金融市場に流れでる。さまざまな国の金融機関や企業が国際金融市場で資金調達するが、なかでも高目の成長が続く中国が大口の借り手となる。
中国の中央銀行である中国人民銀行は人民元資金を発行して流入するドルを買いあげる。国有商業銀行などは人民元資金を融資し、国内の生産や不動産開発など固定資産投資を活発にする。結果、カネは商業銀行預金となって還流する。貸し出しが新たな預金を生む信用創造が現預金を膨張させるのだ。
チャイナマネーにのみ込まれないために…
下図は以上のカネの流れを表している。即ち、異次元金融緩和の起点である2012年末に比べた日銀による資金発行と日本の対外金融債権、中国人民銀行資金発行及び中国の対外金融債務の増加の推移を追っている。
日銀資金発行、日本の対外金融資産と中国の対外金融債務の2012年末比増加額
日銀資金発行と日本の対外金融資産が同時並行して増え、しかも2015年から2021年までは絶対額がかなり接近しているのには驚かされる。他方、中国の対外金融債務増加トレンドは人民銀行資金発行ばかりでなく、日本の対外金融資産の増加トレンドにも沿っている。
総じて、日銀がカネを刷れば、中国が対外債務を増やし、人民元資金を増発できる。この結果、中国は信用創造を通じて現預金を膨張させられる。中国による日本買いは日銀異次元緩和が元凶とはいえないが、まったくの無関係では済まされない。
重要なポイントは、日本がデフレから抜けだせないことにある。
中国の日本国土買いは安全保障上の脅威になり得る。規制強化と同時に、財政と金融両面から脱デフレ達成を急がないと、チャイナマネーにつけ込まれつづけるだろう。
『米中通貨戦争――「ドル覇権国」が勝つのか、「モノ供給大国」が勝つのか』(育鵬社)
田村秀男
2023年7月30日
304ページ
1,980円
978-4-594-09391-4
ドルを完全否定したくてもできない中国、
勝てるとわかっていても〝返り血〟が怖い米国
ロシアによるウクライナ侵略の本質は、米中の通貨代理戦争である。グローバル化された世界で基軸通貨ドルを握る米国に、ドル覇権に挑戦する、モノの供給超大国中国。その戦場のひとつがウクライナである。覇権争いはウクライナに限らず世界のあらゆる場所や分野で演じられている。
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