
「今まで食べたお寿司の中で最高だ」。これは2014年に東京・銀座の高級寿司店「すきやばし次郎」で、アメリカのオバマ元大統領が発した言葉。
世界的な健康志向で注目される日本の「魚」
英国のサッカー選手で有名な「デビッド・ベッカム」も、2018年にすきやばし次郎を訪問。築地の「大和寿司」なども立て続けに訪れた様子を、自身のインスタグラムに投稿しています。
また、米国のアーティスト「レディー・ガガ」は、無類の寿司好きとして知られます。2022年に来日した際にも、「鮨銀座おのでら」や西麻布にある創作和風レストラン「権八」などを訪ねています。

レディー・ガガ
そして、コロナ以前の東京では、豊洲市場や築地市場に多くの外国人が訪れ、賑わっていました。世界のセレブをはじめとする外国人は、なぜ日本に魚を食べに来るのでしょうか。
そもそも世界では、魚の消費が伸び続けています。FAO(国際連合食糧農業機関)の「世界・漁業養殖白書2022」では、食用として消費される水産物は、年々増え続けていることが報告されています。1970年には4000万トン程度だったものが、2020年には過去最高の億5700万トンに達しました。これは、毎年の人口増加のほぼ倍の割合で増えています。
このように、魚の消費が伸びている理由を一言で言えば、「世界の人々が魚のよさに気づいたから」となります。
まず、世界的な健康志向の高まりに伴って、長寿大国で知られる日本の食事に注目が集まりました。そして、和食を代表する魚はヘルシーな食べ物として注目されるようになりました。
また、2013年にユネスコの無形文化遺産に「和食日本人の伝統的な食文化」が登録されたことも話題を呼びました。このことが、和食の知名度を押し上げ、和食のタンパク源として使われる魚にますます注目が集まるようになりました。
今では、和食レストランも世界各地で見られるようになり、和食を代表する寿司も世界中に伝播しました。しかし、それらは日本人ではない者によって営まれていることも多くなっています。そして、日本とは違ったものが出されていることも多々です。
そんな中、日本に行って「本場の魚が食べたい」「本場のSUSHIが食べたい」と思っている外国人は、私たちが想像している以上に多くいらっしゃいます。
なぜ日本の寿司は世界に広まったのか
コロナ禍によって国と国との行き来はしにくくなりましたが、その状況も明けてきました。そんな今でこそ、魚はビジネスチャンスの宝庫です。

これからの時代、世界で伸び続けている魚食や、注目を浴びる日本の魚食文化を味方につけることで、様々な分野でさらなる躍進が期待できることでしょう。
例えば、外国人に食事を出す際、日本ならではの美味しい魚を提供できたら、満足度を高められるでしょう。外国人を案内する際、日本人の魚に対する考え方やうんちくが言えたら、より心を掴むことができるかもしれません。
そして、世界のセレブにもリスペクトされている日本の魚食は、ワインのように、今後世界の教養になっていく可能性もあります。現に、レディー・ガガは美味しい寿司屋を知っていることで、周りから尊敬されているとのことです。
そもそも、なぜ日本の寿司は世界に広まったのでしょうか。
寿司には、「鮨」「鮓」などの様々な表記がありますが、本書では特段意図がないときは「寿司」と表記します。なお、「寿司」という表記は江戸時代に当て字として生まれました。現代では、「握りずし」に「稲荷ずし」「巻きずし」「ちらしずし」なども含んだ総称として使われることが多くなっています。
さて、味のよさや様々な魚が楽しめる魅力から、日本でも人気の高い寿司。今や世界中に伝播し、各国に寿司店が立ち並ぶ状況を生み出しています。しかし、世界各地の寿司は、日本のそれとは違う形をしているものも多く存在します。
例えば、アメリカで開発された「カリフォルニアロール」はあまりにも有名で、誰もがご存じでしょう。

カリフォルニアロール
カリフォルニアロールが誕生したのは、1963年。
このような状況に対して、海苔の外側にもシャリをつけて、生魚は使わずタラバガニとアボカドで巻き寿司をつくったのが、最初のカリフォルニアロールです。
寿司が世界に広まった4つの要因
このほか、世界各地の寿司は個性豊かです。UAEのドバイでは、「ハムール」という独自の魚が寿司ネタになっています。魚とシャリとを合わせたフレンチの前菜があったり、タイの屋台では甘く味付けされたカラフルな寿司が常温で並んでいたりします。このような例は、まだまだあります。

ドバイ空港にある和食レストラン
それらを寿司というのかは一旦さておき、なぜ寿司は世界中に広まったのでしょうか。
それを分析した資料がキッコーマン国際食文化研究センターにあります。2011年に行われた「企画展示地球五大陸をおいしさと健康でむすぶスシロード。」によれば、寿司が世界に広まった要因は、次のようにまとめられています。

①健康にいいから
世界的な健康意識の高まりの中で、長寿大国日本の食が注目されるようになりました。その中で、寿司もヘルシーで健康にいい食べ物と捉えられるようになりました。
②世界中で寿司の食材調達が容易だから
例えば、ベルギーのブリュッセルにある「竹寿司」では、オランダ製の醤油、イギリス製の酢、中国製の海苔、地中海産の寿司ネタが使われています。寿司に必要な食材は、日本に限らず世界中で調達できる状況になっています。
③安価で美味しい寿司米が世界に広まったから
海外の寿司ブームはアメリカから起きました。そこには、安価で美味しいカリフォルニア米があったことも影響しています。同じように、イタリアでは「あきたこまち」、スペインではあきたこまちをベースに開発された「みのり」という米が作られ、寿司に使われています。

世界中で導入され始めているシャリ自動製造機
④回転寿司と寿司ロボットの影響
手軽に食べられる回転寿司と、誰でも作れる寿司ロボットが発明されたことで、職人がいなくてもどこでも寿司が作れ、低価格で寿司が食べられるようになりました。回転寿司は、自分の好きなものを目で見て選べるため分かりやすく、好きなネタを好きなだけ食べられます。日本料理の知識がなくても手を出しやすく、寿司の世界的伝播に大いに貢献しています。
サーモン寿司の誕生秘話
これらに加えて、私はさらに、寿司が持つ味のよさはもちろんのこと、その「許容範囲の広さ」が、世界に広まった要因ではないかと考察しています。
例えば、今でこそ、当たり前になったサーモンの寿司は、海外でも人気です。ただ、元々の日本には存在せず、グローバルな交流の中で生まれたものであることをご存じでしょうか。日本人が元々食べていた天然の鮭は、寄生虫がいる関係で生食がされておらず、生のネタは握り寿司になっていなかったのです。
では、サーモンの寿司はどのようにして生まれたのでしょうか。

ノルウェー産サーモン寿司
ノルウェーサーモンは養殖で管理をされているため、寄生虫リスクが少なく生食ができます。「日本では刺身や寿司ネタになるものは高く売れる」と知っていた当時のノルウェーの担当者は、自国のサーモンを使った寿司を粘り強く売り込みを続けました。その結果、生まれたのがサーモンの寿司なのです。
寿司は歴史の中でも変化を遂げてきましたが、主に魚が使われる「ネタ」+酢飯の「シャリ」で構成されるシンプルな料理です。そして決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込みやすい形になっています。
これは、音楽でいうとジャズと似ています。一応、大学時代はジャズ研の部長をしていた端くれ者の私ですが、ジャズも独特のリズムのほかに決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込む中で世界中に広まり、進化を続けている音楽です。ジャズは元々アメリカ発祥ですが、すでに一国のものではなくなっています。
さて、先程一旦置いておいた話に戻りましょう。
海外の様々な形の寿司を「それを寿司というのか?」と疑問に思う方もいらっしゃると思います。もちろん、元々の源流である日本の寿司の形やその素晴らしさを伝えていくことは大事でしょう。
しかし、寿司もジャズのように世界中に広まり、一国のものではなくなっています。「グローバルに様々な文化が混ざる中で進化を続ける食べ物」という点に寿司の素晴らしさがあるのではないでしょうか。
そして、魚ビジネスを考える上では、世界中に広まり進化を続ける一大料理「寿司」について知っておくことは重要です。
文/ながさき一生
『魚ビジネス 食べるのが好きな人から専門家まで楽しく読める魚の教養』(クロスメディア・パブリッシング)
ながさき一生

2023年4月14日
¥1,738
272ページ
978- 4-295408-192
オバマ元大統領も、レディー・ガガも、デビッド・ベッカムも…
海外セレブが日本の魚に魅了されている!
おさかなコーディネータが教える、ビジネスパーソンが知っておきたい「魚の教養」
食として魚の魅力をわかりやすく解説し、日本テレビ系ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修も手がけた著者による、世界に誇るべき日本の魚文化について紹介します。
本書は、魚にまつわるビジネスから、寿司の歴史、市場で美味しく魚を食べる方法、培養魚肉の最新技術など、明日から使える豆知識を紹介する「魚の入門書」です。
・「大間マグロ」はなぜ高級なのか
・急拡大する鮮魚の直販ビジネス
・「サンマが食べられなくなる」は本当か
・「サバ缶ブーム」はなぜ起きたのか
・市場で食べるべき魚とは
・今後市場はいらなくなるのか
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・アラ汁があると店の魚は美味しくなる?
・培養魚肉で変わる天然/養殖の位置づけ
など、ビジネスとしてだけでなく、魚を食べる、楽しむためのコンテンツが詰まった1冊です。