
東京・明治神宮外苑の再開発事業に反対の声が高まっている中、8月7日に事業者が新たに公開したウェブ回答によって、新神宮野球場の“デタラメ”な設計が次々と露呈している。神宮外苑再開発を継続的に取材してきたジャーナリストの犬飼淳氏が、東京都への開示請求で入手した文書を交えながら、野球ファンが被る不利益を具体的に指摘する。
神宮外苑再開発は野球ファンにとってメリットはあるのか?
反対の民意を完全無視して東京都および事業者(三井不動産、伊藤忠商事、明治神宮、日本スポーツ振興センター)が強行している神宮外苑再開発。この計画は野球ファン・ラグビーファンも多大な不利益を被るため、もはや環境問題の枠を超えていると筆者は考える
*全容は筆者が集英社オンラインに寄稿した記事「<神宮外苑再開発>「環境破壊」以外にもデメリットが山積。東京都が10年以上ひた隠しにしてきた再開発計画の「下準備」」(2023年4月28日)参照

明治神宮外苑のイチョウ並木
7月17日~19日に事業者はようやく住民説明会を開催したが、過去の説明会と同様に参加対象をごく一部(神宮外苑から380m以内の住民・事業者)に限定。周辺住民から成る市民団体のメンバーですら大半は参加対象から除外されるなど、もはや事業者が「実施をした」というアリバイ作りのための住民説明会にも思えてくる。
*上記は説明会初日(7月17日)の受付および会場付近での抗議活動の様子。外部サイト等で動画を再生 できない場合、筆者のYouTubeチャンネル「犬飼淳 / Jun Inukai」で視聴可能。動画タイトルは「神宮外苑再開発 住民説明会 抗議行動」
住民説明会に参加できなかった市民が多数いたことの埋め合わせのつもりなのか、事業者は説明会初日(7月17日)からウェブサイト「神宮外苑地区まちづくり」(以降、プロジェクトサイト)で再開発に関する質問を受付。ちょうど3週間後の8月7日、質問174件(7月17日~26日受付分)に対する回答を事業者が69件に集約してプロジェクトサイトで公表した。
事業者の回答は従来通りの形式的説明が大半を占めたものの、なかには質問への率直な回答も散見された。これに筆者が東京都への開示請求で今年6月に入手済みの2千枚超の文書を組み合わせて紐解いた結果、事業者が隠してきた不都合な事実の数々が浮き彫りになった。
特に、移転後の神宮野球場についてはデタラメな設計が次々と明らかになり、観戦環境が悪化も懸念される。プロ野球ファン・大学野球ファンが知れば卒倒しかねないその内容を本記事で紹介していく。
約60年前の王貞治のホームランで弾道シミュレーション
筆者が入手した開示文書には「防球フェンスの考え方」と題して、打球の弾道シミュレーションを複数描いて、銀杏並木に隣接する防球フェンスの高さが適正かどうかを検討した1枚が含まれていた。
まず、この検討に使用されたのが、「1964年の王貞治選手の場外ホームラン」であることには驚きを隠せない。本来はシミュレーションの精度を上げるために現代のデータを用いるべきだが、なぜ、あえて諸条件(ボール、選手の体格)が異なる約60年前のデータを用いたのかは、まったく理解ができない。

新神宮球場は、約60年前の王貞治の場外ホームランのデータをもとに、弾道シミュレーションがなされていた…
出典:開示資料 東京都 景観審議会 計画部会(2020年5月25日) 事業者追加検討資料 P8
さらに資料右下の注釈には「天候等の条件による実際とは異なる場合がある」と小さな文字で書かれている。再開発後は新球場の本塁付近に185m超の高層ビルが2棟(伊藤忠商事の本社ビルが入る「事務所棟」190m、三井不動産が建物所有者として運営する「複合棟A」185m)も建つため、本塁から外野方向に吹くビル風が打球の飛距離を伸ばす可能性は十分、考えられるのだが、これが考慮されているのかは、甚だ怪しい。
この2点の不審点を踏まえて筆者自らプロジェクトサイトから質問した結果、事業者からは以下の回答が得られた。
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【質問】
・神宮野球場の防球フェンス高さの検討において、ビル風を考慮した打球の軌道シミュレーションは行っていないという理解で正しいか。
・神宮野球場の打球の軌道シミュレーションですが、現代とは条件(選手の体格、ボール)が異なるのに、約60年も昔(1964年の王貞治選手場外ホームラン)のデータをあえて採用した理由は?
【回答】
防球ネットの高さについては現時点において書籍等で公になっていた飛球データを参考に検討を行っております。適切な防球ネットの高さに関しては継続して打球シミュレーション結果等をふまえて安全性を第一に検討してまいります。
出典:プロジェクトサイト回答(2023年8月7日公表分)No12「防球ネット」
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これによれば、事業者は防球ネット高さの検討過程を述べているだけで、筆者の2つの質問にはゼロ回答だった。問題が無ければ回答すればよいだけなのに、これでは「事業者はビル風を考慮した打球の弾道シミュレーションを行っていない」、もしくは「公開できないほど不都合なシミュレーション結果を得たため、現代の選手より飛距離が短い約60年前のデータをあえて採用した」と勘繰られても仕方ないのではないか。
ちなみに、採用された王貞治選手場外ホームランの推定飛距離は150m。当然ながら、これを上回る飛距離は現代のプロ野球では多数確認できる。(例・2005年 カブレラ選手 推定180m、2017年 ペゲーロ選手 推定170mほか)

(写真/共同通信社)
つまり新球場ではビル風に乗った打球が銀杏並木の歩行者や車を直撃する恐れがあり、その不都合な事実を事業者は隠しているのではないか。
「防球フェンスの高さは22mで適切」の怪しい背景
この背景を紐解くため、筆者が入手した別の開示文書を紹介する。実は、神宮外苑再開発にあたって東京都は景観保護の観点で銀杏並木沿道の施設は「銀杏並木の高さ以下に制限」と「まちづくり指針」で定めている。

景観保護の観点から、新神宮球場は隣接する銀杏並木の「高さ以下」に制限されている。 出典:開示文書 公園まちづくり計画提案書(2020年2月18日提出)「公園まちづくり制度提案資料」P168
この文言があるために、新球場の防球フェンスは、隣接する銀杏並木の高さ(22~25m)を超えることはできない。結果、事業者は「防球フェンスの高さは22mで適切」という結論を導くために、恣意的な打球の弾道シミュレーションを行ったのではないか。
これだけでも新神宮野球場の設計の“怪しさ”が見てとれるが、問題は他にも山ほどある。後編ではデタラメな完成予想図や、声出し応援が現在よりも制限される「騒音問題」を取り上げる。
取材・文/犬飼淳