
婚活アプリでAIがおすすめの異性をリコメンド、ChatGPTが恋愛リスクを説明する時代が到来しているが、日本において「結婚」とは、まだまだ昭和時代の概念に取り残されたままだという。いったい何が問題なのか。
「子どもは贅沢品」「結婚は嗜好品」
「政府は全然分かってない。そもそも、〝結婚できる身分〞の人が少ないことのほうが問題なのに」
「子どもは『ブランドもの』みたいな贅沢品、結婚は『したい人だけがする』嗜好品でしょ。そんなことのために、自分が(財源を)負担させられるのは、納得いかない」
私が取材したZ世代の男女は、次々にそんな言葉を口にしました。2023年1月、岸田首相が「(’23年を)異次元の少子化対策に挑戦する年にしたい」と宣言し、最初の試案を提示した直後(同4月)のことです。
「子どもは贅沢品」は、’23年春ごろにSNSで話題となったワード、一方の「結婚は嗜好品」は、私が拙著『恋愛しない若者たち』を執筆した前後(’15年ごろ)から、よく言われるようになった言葉です。
いずれも、おもに将来不安を抱く若者を中心に発せられ、「自分たちは日々の生活で精一杯で、いまは結婚・出産する余裕がない」、あるいは「(結婚・出産の)優先順位が低い」といったニュアンスです。
ところで、なぜ’23年、政府は「異次元の少子化対策(のちに「次元の異なる~」に言い換え)」や「ラストチャンス」を口にしたのでしょうか。
これは’22年、日本の国内出生数(速報値)が前年比5.1%減の79万9728人となり、統計を取り始めた1899年以来、初めて80万人を割り込んだことによるものだと思われます(同・厚生労働省「人口動態統計」)。80万人割れは従来、2023年に起こり得ると予測されていたので、想定より11年も早く少子化が進んだことになります。
背後には、新型コロナウイルスの感染拡大によって’20~’21年の婚姻件数が減少した影響もあるはずですが、それだけが原因とは思えません。実はコロナ禍の前から、出生数の減少は顕著でした。
第2次ベビーブーム(’71~’74年生まれ/おもに団塊ジュニア世代)のころ、約210万人にのぼったその数は、多少の増減を繰り返しながらも大幅に減少傾向へと向かい、’16年には年間100万人を、’19年には90万人を下回りました(図表1)(厚生労働省「人口動態統計」)。

図表1 出生数の推移。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
日本で2番目に人口が多い団塊ジュニア世代は、既に47~52歳(筆者定義。以下同/’23年現在)です。その子に当たるのが、おもに現在20代の「Z世代(’95~’04年生まれ/現19~28歳)」なのですが、現20代の人口は親世代の団塊ジュニアが20代のころに比べ、3割以上も減ってしまいました。
ただそれでも、その下の世代よりは若干人口が多いため、まさに彼らが今後、結婚・出産してくれるか否かが、少子化対策の事実上の「ラストチャンス」なのです。
日本の少子化対策に欠けているもの
’23年6月、岸田首相が具体策や意義を語った「こども未来戦略方針」の要旨は、おもに次の3点から成ります。
(1)若い世代の所得を増やす
(2)社会全体の構造・意識を変える
(3)すべてのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する
(1)の主軸は、若い世代の所得増や賃上げ、雇用の格差是正などです。後ほどご紹介しますが、未婚や出産(子作り)と「収入」「雇用形態」には明確な相関が見られることが分かっており、この部分は一定の評価を得ているようです。
ただし、(2)や(3)については、財源の確保も不明確であるほか、「あくまでも『結婚後』を主体とした対策で、根本的な少子化対策にはならないのではないか」との声も多く上がっています。
なぜなら、日本はフランスやスウェーデンなどのように「婚外子」が5割を超える国とは違い、その割合はわずか2.4%だからです(’20年OECD「Family Database-Share of births outside of marriage」)。
そもそも「結婚」する若者の割合が増えない限り(少なくとも現行の婚姻システムをメインに考えれば)、子どもの数はさほど増えないか、減り続けるでしょう。

社会学者で『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)などの著書もある、中央大学の山田昌弘教授も、「少子化対策では、結婚後より、その手前の『結婚に踏み切れない人』たちへの対処こそが重要」だと言及します。
いわく、いまも結婚した夫婦は平均2人程度の子を産んでおり、結婚を望む未婚者も約8割いる。
まさにZ世代の声にもあった、〝結婚(出産)できる身分〞の人が少ないことが、今日の少子化の根源にあると言えるでしょう。このあと詳しく見ていきます。
「いずれ結婚するつもり」、でも……
山田教授が言う「結婚した夫婦が、平均2人程度の子を産んでいる」状況は、夫婦が最終的に産む子の人数を示す「完結出生児数」(結婚持続期間15~19年)を見れば分かります(図表2)(’21年国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」)。
’82年段階で、この数は「2.23人」で、その後も’02年まで「2.2人前後」をキープするなど、比較的安定して推移していました。’10年に初めて「1.9人台」へと落ち込みましたが、それでも’21年段階で「1.90人」ですから、大幅に減少したとまでは言えません。

図表2 夫婦の完結出生児数(結婚持続期間15~19年)。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
一方で、「結婚を望む人が約8割いる」状況については、「はじめに」でもふれた通りです。先ほどと同じ調査を見ると、’21年時点で18~34歳の男女の8割以上が「いずれ結婚するつもり」と回答しており、こちらも山田教授の言葉通りです。
ところが、実際に結婚する人の割合(婚姻割合)がどれほど減少したかは、改めて言うまでもないかもしれません。最も顕著なのは、「生涯未婚率」の上昇でしょう。
’90年時点でわずか4.3%と、ほぼ「皆婚」状態にあった女性の生涯未婚率は、’20年に17.8%と、30年の間に4倍にも跳ね上がり、およそ6人に1人が「一生に一度も結婚しないだろう」と言われるまでになりました。

図表3 生涯未婚率(45~49歳と50~54歳の未婚率の平均値)の推移。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
未婚率が上昇した2つの大きな理由
ところで、いま50歳を過ぎて未婚状態にある男女、すなわち「生涯未婚者」とされる彼らの多くは、若いころから「結婚したくない」と考えていたのでしょうか。
おそらくそうでないだろうことは、データを見れば分かります。いまから40余年前の’82年時点で、「いずれ結婚するつもり」と答えた若年未婚者(18~34歳)は、なんと95%前後(男性95.9%/女性94.2%)にものぼっていました(図表4)。
’80年の「生涯未婚率」の圧倒的な低さ(女性4.5%/男性2.6%)から見ても、昭和の若者は「結婚したい」というより、「結婚するのが当然」だと考えていたのでしょう(「第16回出生動向基本調査」/国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集2022」)。

図表4 「いずれ結婚するつもり」の回答割合・推移(18~34歳・未婚者)。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
その後、結婚を希望する若者の割合は減少に向かいましたが、それでも先述した通り、いまだに18~34歳男女の8割以上が「いずれ結婚するつもり」としています。40年の間に、若者の結婚意向はさほど減らなかったのです。
ところが現実はといえば、’80年代半ばごろから、適齢期(25~34歳)男女の「未婚率」上昇が顕著になりました。具体的には、’80年から’00年までの20年間で、女性の未婚率が、25~29歳で2倍以上(24.0%→54.0%)に、30~34歳では3倍近く(9.1%→26.6%)に達するようになったのです。
男性はそこまで極端ではありませんが、それでも’80年と’00年時点の未婚率を比較すると、25~29歳で約1.25倍(55.2%→69.4%)、30~34歳では約2倍(21.5%→42.9%)に増えています。
こちらも’85年以降、’00年までの伸びがとくに顕著な様子が見てとれます(図表5)(’22年内閣府「少子化社会対策白書」ほか)。
「いずれ結婚したい」とする男女がさほど減らない一方で、なぜこれほど未婚率が上昇したのでしょうか。

図表5 25~34歳男女・未婚率の推移。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
社会学的によく言われる理由は2つ、すなわち(1)バブル崩壊と経済不況(2)女性の社会進出、です。このあと順に見ていきましょう。
恋愛は個人競技
ただ、実はもう一つ、(3)見合い結婚と恋愛結婚の逆転、を挙げる識者もいます。
独身研究家でコラムニストの荒川和久氏もその一人です。彼は「東洋経済オンライン」(東洋経済新報社)において、「’20年時点の生涯未婚率(男性)のグラフを20年前にずらしてみると、『見合い結婚』比率の減少カーブと、鮮明な相関関係にあることが分かる」としました。見合い結婚の割合が減少(恋愛結婚が増加)した分、生涯未婚率も上昇したと考えられる、というのです(同’23年2月15日掲載)。
すなわち、かつての「見合い」は会社の上司や親戚、あるいは近所の世話焼き人など、仲介者と力を合わせて相手を攻略する〝チームプレー〞だった、でもそれが「恋愛」という〝個人競技〞に移行した分、結婚が減ってしまった、と見ることもできるでしょう。
日本では’60年代半ば~後半にかけて、それまで多数派だった見合い結婚を「恋愛結婚」が逆転しました(図表6)。理由は後述しますが、その後も恋愛結婚の割合はしばらく上昇し続け、いまや結婚カップルの8割から9割を、恋愛結婚が占めています。

図表6 恋愛結婚・見合い結婚の構成割合(推移)。『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)より
正確にいえば近年、マッチングアプリをはじめとしたインターネットによる婚活サービスの伸長によって、そのものズバリの恋愛結婚は約75%にまで減りましたが、それでも、依然として「見合い」は1割弱(9.9%)、残る「ネットで(出会って結婚)」の約15%も、結局は多くが「ネットで出会う→デート(交際)→恋愛→結婚(を検討)」といったステップを踏んでいるはずです。
恋愛という個人競技は、自由度が高い分、放任(ほったらかし)と表裏一体です。’70年代以降の若者は「自分自身が好きな相手と結婚できる」との自由を手にした半面、「自力で恋愛して、結婚相手を見つけなければいけない」との現実にも直面しました。
こうなると、異性にみずからの魅力をアピールするのが苦手な男女、あるいは「年収」や「学歴」「見た目」「雇用形態」などで一定水準をクリアしていない(と自身が考える)男女は、明らかに苦難を強いられます。
つまり、「いずれ結婚したい」と考えながらも、現実には異性への〝モテ〞に左右される「恋愛」という通過儀礼を経なければ結婚できない、だからこそ、’60年代半ば以降、周囲が強力にお膳立てしてくれる見合い割合が減った分、(約20年後の)’80年代半ば以降に、適齢期の未婚割合が上昇し始めたのではないか、とも考えられるのです。
もともと日本人の多くは、「恋愛結婚」に向かないタイプだったのかもしれません。
文/牛窪恵 写真/shutterstock
『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)
牛窪 恵

2023/9/13
¥1,034
304ページ
978-4334100681
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未婚化・少子化の死角を突く一冊