
千葉県松戸市にある町中華「中華料理 東東(トントン)」は、デカ盛りメニューなどがSNSで話題となり、国内各地のみならず、海外からもお客さんが集まる人気店だ。この店で店長を務めるのは、大学3年生の池田穂乃花さん(22)。
海外からの客も来店する話題のお店
午前10時の開店の前には、すでに複数のお客さんの姿が店先に見られる。開店と同時にお客さんが次々に入っていき、お昼前にはすでに満席だ。

「中華料理 東東」
人気メニューは1ポンドのステーキで景気よく乗せられた「ステーキチャーハン」(2900円。税込、以下同)や、巨大ハンバーグがのった「ドデカハンバーグチャーハン」(1100円)などのデカ盛りメニュー。他にも、創業当初から人気の「純レバ」(880円)は新鮮なレバーを揚げているので臭みがなく、秘伝の甘辛いタレは白米との相性が抜群だ。

炒飯が見えなくなるほど大量の肉が乗ったステーキチャーハン
店のオリジナルパーカを着てラーメンをすすっていた50代の男性客は、「今日でちょうど、全メニューを制覇しました!」と胸を張る。友人の紹介で店を知り、毎日のように通うほどの常連に。「美味しいし、量も多い。お店の2人もかわいくて応援しています」
カウンターで食事をしていた別の男性は、先代のころから店に通っていたそう。
「マスターが亡くなって一時は味が変わったけど、最近は昔ながらの味に戻ってきまた。おすすめはチャーハンですかね。優しい味わいで別のメニューと組み合わせて食べてもおいしいですよ」

チャーハン(750円)。
店内には、スーツケースを持った韓国からの旅行客も。店長の池田穂乃花さんが韓国のアイドルグループ「New Jeans」のミンジさんに似ているとSNSで話題になり、韓国から池田さんを一目見ようと訪ねてくる観光客もいるそう。「穂乃花と『写真を撮ってアリーナにいるみたい!』と喜んでくれるお客さんもいるんですよ」とはシュウさん。
そんなシュウさんのお父さんは台湾のプロ野球や埼玉西武ライオンズなどで投手として活躍した元プロ野球選手の許銘傑(シュウ・ミンチェ)さんだ。店内にはサイン入りのユニフォームも飾られていて、台湾の野球ファンがわざわざ娘のシュウさんを応援しに足を運んでくることもあるという。

スタッフと一緒に仕込みをする池田さん(右)とシュウさん(左)
「日本全国や海外からもいろんな方がおじいちゃんの味を食べにきてくれたり、私たちに会いにきたりしてくれて。すごくうれしいです」と池田さんは話す。
高校3年生でお店を継ぐことを決意
東東は1980年に池田さんの祖父、帯刀(たてわき)武次郎さんが創業した町中華。戦後間もない生まれで、ご飯をろくに食べられなかった経験から、「お客さんにはお腹いっぱいになって満足してもらいたい」とボリュームのあるメニューを提供。帯刀さんの人柄や、飽きのこないやさしい味つけなども相まって地元で愛される人気店だった。

池田さんの祖父、帯刀武次郎さん
「小さいころからおじいちゃんの店によく遊びに行っていました。いつもお客さんがいっぱいで、一緒に遊びたいのになかなか遊べなくって」と池田さん。帯刀さんの作る甘酢ダレがかかった天津丼が好きで、お店に行くとよく作ってもらっていたという。
「太陽みたいに明るくて、お客さんみんなから好かれるおじいちゃんでした」
そんな帯刀さんは2020年の7月に膵臓がんが発覚し、余命3ヶ月と診断された。それでも帯刀さんは自分のこと以上に店のことを気にかけ、テレビ電話を繋いでスタッフに店の様子を聞いたり指示を出したりしていた。
「闘病中で大変なときもお店のことばっかり心配していて。お店のことを本当に大切にしているんだって気持ちがすごく伝わってきました」
帯刀さんは2020年9月に他界。当時、店は帯刀さんなしでは回らない状況となってしまい、一度は店を閉める話も出た。そんなとき、池田さんは「おじいちゃんが大切にしていた店をどうしても潰したくない」と店を継ぐことを決意した。

ラーメンをつくる池田さん
当時はまだ高校3年生。それでも、実家のある埼玉県から店の2階に引っ越して祖母と生活しながら店に立つことに。
「最初は、とにかくお店を守りたいって気持ちが強かったです。大学進学後にどうやって勉強と両立するかとかは全然考えてなくて。とりあえず、お店を潰したくないから、私がお店に立って、おじいちゃんの代役をしなきゃって。後先考えずに動いていました」
バイトも経験したことがなかった池田さん。

鉄鍋を振るうシュウさん。最初は鉄鍋の重さになれず、腱鞘炎になったり、火傷をしたりすることも多かったそう
「2人とも推薦で大学の入学が決まったので久しぶりに一緒に焼肉を食べに行ったんです。そしたら、穂乃花がおじいちゃんの店を継いだって聞いて、驚きました」とシュウさん。
「ちょうどそのころ、私の両親が台湾に帰ることになっていたので、店の2階に住み込みで一緒に働かせてもらうことにしたんです」
SNSでの宣伝活動も重視
2人がお店に立つようになってからも、困難は続く。メニューはレシピがほとんど残っていなかったため、味を再現するのが難しく、もともといたスタッフも独自のアレンジを加えるように。常連の中には「量も減ったし、味も変わったね」と離れてしまう人もいた。さらにはコロナも重なり、店内からは賑わいが消えた。
店を立て直すため、まず手をつけたのが「おじいちゃんの味の再現」。味を覚えている昔からの常連さんや、もともといたスタッフに何度も聞いて調整を続けた。
「コロナが収まるころ、おじいちゃんがお店を始めたころからの常連さんから『おじいさんの味だね』って言ってもらって。それが本当にうれしかったです」と池田さん。
味の再現に加え、力を入れたのが、SNSでの宣伝だ。
「若い人や女性にも町中華を知ってほしいという思いがあって。自分たちがご飯屋さんを調べるときはSNSを使って探すので、店を継いだ当初からSNSで発信していました」(池田さん)
SNSでの投稿は、池田さんの料理の練習風景や新作メニューの食べ方紹介などさまざま。地道な投稿で徐々に人気となり、X(旧Twitter)のフォロワーは8800人、インスタグラムは7万人、Tik Tokは9万2000人にものぼる。

時間を見つけてSNSの宣伝用の動画を撮影する池田さん(右)とシュウさん(左)
さらに、2人は新メニューの開発にも積極的に取り組んでいる。「新作は、自分たちが食べたいものから考えることが多いんです」とシュウさん。店で人気の冷やし中華の上に豚バラ肉とニンニクの芽を炒めて乗せた「スタミナ冷やし」も2人の“食べたい”が詰まった商品だそう。
「実は2人ともけっこう大食いなんです。この駅の近くって、焼肉屋さんみたいなガッツリしたものが食べられる場所がなくって。ちょうど冷やし中華の新メニューを考えているときに穂乃花と焼肉を食べたいねって話していて。お肉と冷やし中華を合体させたらおいしいんじゃないかと思って作ってみたのがはじまりです」(シュウさん)
「年に1回、おじいちゃんに会いに大分にお墓参りに行くんですが、その時に店のポップを見せて、『こんなのやってるんだよ』って報告しています。

インタビュー中も笑顔が絶えない2人
お店の人気が増す一方で、困りごともあるという。
「私たちを目当てに来てくださる方もいて、とってもうれしいんですが、隠れて撮影されることや、勝手にYouTubeに動画を上げられてしまうこともあって」とシュウさん。
最近では、店に無言電話が来たり、閉店間際に車が店の前にずっと停まっていたりすることもあったそう。
「何も言わずに(写真や動画を)撮られるのが怖いなと感じていて。注意をすると、『態度が悪い』と口コミに書かれてしまったり……。一言声をかけていただければ、私たちも喜んで一緒に写真を撮るので、どうかお願いします」(池田さん)
2人の将来の夢は…?
現在、大学3年生の2人。大学生活の勉強以外のほとんどの時間を、店を守るために使ってきた。午前8時から仕込みをし、閉店作業が終わるまで店に立つ。大学の授業は店の定休日の月曜日と火曜日に入れ、課題は店の休憩時間にこなす日々。そんな2人も、大学卒業後は自分たちの夢に向けて歩んでいくことになる。
「お客さんが多く来てくれる反面、スタッフの数が足りなくて。
池田さんは、幼稚園のころから憧れていたアナウンサーを目指して就職活動中だ。
「両親が共働きで、小さいころから朝はひとりで準備をしてごはんを食べることも多かったんです。そんなときに、いつも、『行ってらっしゃい』と言ってくれるアナウンサーの方に勇気づけられていて。自分もそういう存在になりたいなって思うようになりました」

最近では芸能事務所にも所属し、夢に向かって日々努力を続けている。
「アナウンサーになれても、お店とはずっと関わっていきたい。今まで通りお店に立ち続けられるかはわからないけれど、新しいメニューを考えたり時間を見つけて手伝いに来たりしたいなと思っています」
シュウさんも、憧れだった通訳の仕事をしたいと考えている。
「父が仕事で台湾から日本に来たときに、通訳の方がずっと隣についていて。その方がふだんはおちゃらけてるのに仕事になるとキリッとしていてすごくかっこよくって。それにずっと憧れていて将来は通訳を目指して頑張っています。
それと、どういうかたちになるかはわからないけど、東東にはずっと関わっていきたい。もし、海外に出店するってなったら、仲介人とか、マネジメントかでも力になれたら。台湾店ができたら、絶対働きたいです!(笑)」
おじいちゃんの店を守りたい。そんな思いで走り抜けてきた2人の今後の挑戦からも、目が離せない。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班