
「週刊ヤングジャンプ」で連載中の漫画『ガス灯野良犬探偵団』の原作者は、3つの文学賞をトリプル受賞した気鋭のミステリー作家・青崎有吾氏だ。なぜ今、漫画原作に挑戦しているのか、その理由に迫る。
文学界に『嘘喰い』のすばらしさを伝えられた!
――青崎先生が原作を務める漫画『ガス灯野良犬探偵団』(以降、『ガス灯』)についてお話を聞いていきたいのですが、その前に、小説『地雷グリコ』(KADOKAWA)での山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞のトリプル受賞おめでとうございます。受賞した感想を率直に教えてください。
青崎有吾(以下、同) ありがとうございます。“すごいことになったな”という感じですね。集英社さんの取材ということで、ぜひこの話から始めたいんですが、『地雷グリコ』はヤングジャンプの『嘘喰い』という漫画作品に触発されて書いたんです。
――そうなんですね! たしかに「ゲームで戦う」というジャンルとしては同じようですが……。
『嘘喰い』が世界で一番好きな漫画で。これまで書いてきたどの作品も、核の部分には『嘘喰い』があります。
――たとえば『地雷グリコ』で言うと?
ルールの解釈とか、審判が重要な存在になるところとか、ポーカーをアレンジした大勝負をするところもそうですね。今回3つの賞をいただきましたが、勝手に、文学界に『嘘喰い』のすばらしさを伝えられたぞ!とうれしく思っています。
――そう言われてみると、『ガス灯』も、ミステリーでありながらアクションシーンもたっぷりという点で『嘘喰い』との共通点を感じます。
まさにそうです。『地雷グリコ』は学園が舞台なので格闘的なアクションは入れられなかったのですが、『ガス灯』ではそこに重きを置いています。
――『ガス灯』の連載開始時、『嘘喰い』の作者・迫稔雄先生は『バトゥーキ』を連載中だったかと思います。迫先生に直接お会いしたことはありますか?
いや、ないですね。
――もしお会いしたらどんなお話をしたいですか?
なんだろう…。『嘘喰い』連載中、僕は大学生でミステリー研究会(以下、ミス研)に所属していて、他大のミステリーファンとも話す機会が多かったのですが、当時はどの大学の人にあっても「『嘘喰い』はすごい」と盛り上がってました。ミステリー好きから絶大な支持を受けていた作品なんですよ。それをお伝えしたいですね。
高校生までは漫画家を目指していた
――そもそも、青崎先生が漫画の原作を引き受けたのはなぜですか?
実は、漫画原作の声をかけていただいたのもミス研のつながりがあってこそで。
――そうなんですか⁉︎
今の担当編集さんが某大学のミス研にいたとき、文化祭の講演の登壇者として僕を呼んでくれたことがあったんです。そのつながりからときを経て、「いまヤンジャン編集部で働いてるんですが、何かやりませんか」とオファーをくださったんです。
――すでに小説家として活躍されている中で、別の世界に飛び込むのは勇気と体力のいることだと思いますが…
「え、いいんですか。やりたいです」と二つ返事くらいの勢いでしたよ。そもそも、高校生くらいまで漫画家を目指していた、というのが大きいですかね。絵が上達しなくて結局挫折したのですが。
――漫画の原作者さんは、シナリオを書く、あるいはネームまで切る、と人によって担当領域が異なると思いますが、青崎先生はどんなスタイルを?
テキストでシナリオをお渡ししています。ただ、小説のような形でもト書き風でもなくて。1話ごとに、1コマ目にはキャラAの顔があって「○○○」というセリフ、2コマ目は「○○○」というセリフとキャラBが走り去る描写、3コマ目は…という感じで、コマ単位で書いています。
実際にネームに起こす際のコマ割りや構図などは、作画担当の松原(利光)先生にお任せしています。
――かなり細かく指定をされているんですね。
試行錯誤はしたのですが、“ネームを切ったときにちょうど1話分に収まるシナリオの量”を見極めるのが大変で。今のところはコマ単位で指定したほうがむしろ楽かなと。コマ数から逆算すると、必要なシナリオの量の目安もわかってきますから。
――では続いて、小説と漫画とで作り方や考え方の違いがあれば教えてください。
まったく違いますね。連載前に群青ピズ先生と組んで『アップサイド・ダウンタウン』という読切の原作を作ったのですが、最初に痛感したのはセリフ量のコントロールの難しさでした。小説の感覚で漫画のシナリオを書くと、そもそもページ数に入り切らないし、入ったとしても詰め込みすぎてあまりおもしろくなりません。
――ミステリーというジャンルでは特にですよね。
はい。推理をしたり、事件の情報を提示したり、という流れが必須ですから。ひねった内容にすればするほどテキスト量も増えていくし、バランスがすごく難しいな、と。
そこで、まずはセリフをどう削るかを考えました。当然ですけど、ただ削るばかりだと話がスカスカになってしまうので、わかりやすさと印象的なセリフを残したまま、どう要約しようかと。
――まったく別の筋肉を使う必要があるのですね。ほかにも違いはありますか?
キャラクターの見せ方ですね。「漫画はキャラが命」というのは頭ではわかっていたつもりですが、心理描写よりも行動で魅力を出さないといけないので、やはり小説とは違う。「話の中心にキャラを置け」と今でも担当さんから注意されています。プロの漫画家さんからすると、「何をそんな当たり前のことを」と言われるかもしれませんけど…。
実は“追いかけっこ的”にシナリオを作っている
――そこまで考え方が違うと、小説と漫画を並行して書くのが難しくなりませんか?
今は小説の仕事がひと段落して漫画の仕事に集中しているんですけど、今年の初め頃は並行していました。だいたい昼頃に仕事をはじめて、夜の10時くらいに終えるという夜型の生活なのですが、昼から夕方6時まで小説、ちょっと休憩してそこから漫画を進めるみたいな。
――時間帯で明確に分けていたのですね。
そうですね。でも、頭の切り替え方よりも、漫画週刊誌での連載自体がすごくプレッシャーになっています。自分の作品が“連載陣の1つ”になることがはじめての経験ですし、しかも憧れの「ヤングジャンプ」ですからね。
――先生にとって、それはポジティブな要素ですか?
ネガディブではないですけど、常に緊張感があります。小説を書いているときは一人で勝手に走り回っていただけですけど、トップクラスのマラソンランナーたちの中に放り込まれてしまって、どこまで走り続けられるだろうか…という感じです。
――それは連載を”続けられるか”という意味でですか?
それもありますが、実はシナリオのストックがあまりなくて、“追いかけっこ的”に作っているので、どこまで止まらずに続けられるかなと。
――勝手ながら、作風的にラストまで緻密に設計されているのかと…。
『ガス灯』に関しては編集者さんからのフィックスが入ることもふまえて、比較的余白の多い状態で作っています。ライブ感を重視したほうが漫画としては面白くなるだろうという確信みたいな部分もある。
もちろん僕の頭の中では大枠は決まっていますけど、その大枠自体、表には出していないし、松原先生にも担当さんにもちゃんとは話していません。
――そうなんですか!
連載がスタートしたときも、きちんと固まっていたのは3話分くらいです。
取材・文/関口大起 撮影/恵原祐二
『ガス灯野良犬探偵団 3 』(ヤングジャンプコミックス)
著者:松原 利光 原作:青崎 有吾