
19世紀のロンドンを舞台にした本格ミステリ漫画『ガス灯野良犬探偵団』(週刊ヤングジャンプ)。この漫画の原作者は今話題の小説家・青崎有吾氏が担当している。
『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』と差別化したかった
――青崎先生が原作を務める漫画『ガス灯野良犬探偵団』(以降、『ガス灯』)は『嘘喰い』の影響もあり、ミステリーでありながらアクション要素にも重きを置いているというお話が#1ではありました。
その点、ボクシング漫画『リクドウ』などのヒット作で知られる松原利光先生とのタッグは理想に近いものを感じます。なにか要望など出されていたのですか?
青崎有吾(以下、同) 担当編集さんに作画の要望として伝えていたのは、ミステリー的な演出力は二の次でいいので、アクションが描けて、アナログのテイストが残っている人がイメージに近いということでした。舞台が昔のロンドンなので、CGっぽい作画すぎると合わないかなと。
そのときはまさか、松原先生ほどのビックネームに引き受けていただけるとは思ってもいませんでした。
――“ミステリー的な演出力は二の次”というのは、シナリオで牽引できる部分だからでしょうか。
それもありますが、『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』という名作ミステリー漫画と差別化しなくては、と思っていたからです。『ガス灯』では、「事件が発生して、容疑者たちの中から犯人を見つけ出す」といういわゆる本格ミステリーの手法ではなく、もう少しライブ感のある、ハードボイルド風の手法を目指しています。
駆けずり回りながら証拠を探して、事件の構図がどんどん変わっていくようなストーリー展開がイメージとしてあって。なので、疾走感を表現できる漫画家さんがいいなと。
――なるほど。月並みな表現ですが、松原先生が描くアクションシーンは本当にかっこいいですよね。
そこもプレッシャーですね(笑)。松原先生って、これまでの作品で「魂のぶつかり合い」を描いてきたと思うんです。一方、ミステリー作家は理屈っぽいので、正反対な部分もあるかもしれない。そこにいい化学反応が起きればいいなと。
――実際に“魂がこもった原稿”をご覧になって、どう思ってらっしゃいますか?
とにかく素晴らしいです。シナリオの中に「ここはこのキャラクターの見せ場です」みたいなコメントを添えておくと、期待を超える絵を入れてくださります。本当に信頼できますね。
同じことは二度としたくない
――『ガス灯』には、いわゆる「ベイカー街イレギュラーズ」で主人公のリューイを筆頭に、新解釈のシャーロック・ホームズ、同じくイレギュラーズのジエン、アビーなど魅力的なキャラクターが登場しますが、キャラ作りはどのようにされていますか?
性格や経歴よりも先に、落書きなどしてビジュアルを固める作業をまずします。ビジュアルを固めると、逆にそこからキャラクターの個性や人間性が見えてくるんです。人間は全部外側から作られると思っているので。
――漫画家を目指していた経験が活きているのでしょうか。
そうですね。たぶん、小説家としてはかなり珍しい作り方じゃないかと。
――特に、ホームズがインド系というところに驚かされました。
ホームズは、インド系の男で、白いスーツを着ていて、善人とは言い難いやつ、程度のイメージから作り始めました。最終的なデザインに関しては、松原先生のお力も大きいですね。
――そもそも、なぜホームズをインド系の人物に?
僕の小説、『アンデッドガール・マーダーファルス』シリーズに、サブキャラクターとしてわりと原典に忠実なホームズを登場させていたので、同じことはしたくないなと。
そこで考えたのが、インドがイギリスの植民地だった歴史を踏まえてインド系にすることでした。ホームズは世界中で二次創作されているキャラですが、僕がザッと調べた限りインド系のホームズは見つからなかった。じゃあやってみようかな、と。
当然ですが、原典とは大きく異なった生い立ちを持つキャラクターになっています。3巻の時点では御曹司から召使いに間違えられたり、「国籍は英国だよ」と発言したりしていますね。彼の過去も作中で少しずつ明かしていきたいです。
――真っ直ぐな性格の主人公・リューイも魅力的です。
ありがとうございます。
――『忍たま乱太郎』の! “やさぐれた”というところがポイントですね(笑)。
そうですね(笑)。わりと真面目なタイプではあるんですけど、どこか卑屈さも抱えているという。主人公は真っ直ぐにしてほしいというのは担当さんからのオファーでした。
ホームズ作品のイレギュラーだけど、シャーロキアンも楽しめる
――話題は変わりますが、先生は読切作『アップサイド・ダウンタウン』でも「磁刀会」という『ガス灯』にも登場する中国マフィアを登場させていますよね。なにか思い入れがあるネーミングなのでしょうか。
実は…まったくないです。中華系の組織の名前を作るのって、すごくめんどくさいんですよ(笑)。実在しなくて、中国っぽいテイストで、日本語としても音で読みやすくて、字面から悪い雰囲気を出したいとなると、もう本当に大変で。
以前『恋澤姉妹』という小説を書いたときにも中華系マフィアの名前をたくさん考えたのですが、そのときにもうこれは嫌だと。なので、読切で考えた名前を再利用しただけです(笑)。
――意外な理由でした(笑)。
これもシンプルで、当時の貧しい少年たちの象徴といえば靴磨きかな、というところから。第1話で、リューイが「あんたらが下を向かないことはよくわかった」と言うシーンがありますが、足元ばかり見てきたリューイにしかできない推理がたくさんあるだろう、という考えもあります。
――今後もたくさんの事件が起こると思うのですが、靴をキーアイテムにすることが、シナリオ作りの難易度を上げるような気もしますが。
それは薄々思っていますね(笑)。でも、靴とミステリーって結構相性がいいんです。実際、ホームズの原典でも足跡が手がかりになる作品が複数ありますし。
すべての事件に靴を絡めるのは無理かもしれないけど、できる範囲で、ここぞというところではキーアイテムにしていこうかなと。
――少々ネタバレになりますが、最新刊3巻では、ホームズの相棒としておなじみのワトソンが登場します。ということは、今後『シャーロック・ホームズ』と『ガス灯』の時間軸が重なっていくことになりますが、『緋色の研究』など、“原典”の事件も描かれていくのでしょうか。
順番はバラバラになっていきそうですが、その予定です。ちなみに、1、2巻でも「語られざる事件(『シャーロック・ホームズ』シリーズ内で、セリフ等で言及されるがコナン・ドイル自身によっては書かれなかった事件群)」をモチーフにした事件を書いています。
アルミニウムの松葉杖とか、ヴァンベリーというワイン商人が出てくる事件とか。
――つまり、シャーロック・ホームズファンがニヤリとできるポイントが散りばめられていると。
そうですね。ホームズのデザインから何からイレギュラーだらけの作品ですが、ぜひ拒否感を覚えずに、シャーロキアンの方々にも読んでいただきたいです。
――では最後に、『ガス灯』ファンにメッセージをお願いします。
3巻の時点では「『シャーロック・ホームズ』の定番キャラクターたちがやっと揃ってきた」という段階で、まだ序章です。
実は起こる事件の場所もロンドン北西部に限定していて、外側に未知のマップが広がっています。リューイ達の成長とともに、少しずつストーリーを動かしていきたいです。お楽しみに。
取材・文/関口大起 撮影/恵原祐二
『ガス灯野良犬探偵団 3 』(ヤングジャンプコミックス)
著者:松原 利光 原作:青崎 有吾