6月16日放送のフジテレビ系ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』で、声優になるという夢を追う、31歳の女性が密着された。“声優業界の闇”ともいわれる一面が映し出されたが、果たしてその実態は……。
闇が深い? 声優ビジネスに迫る
番組で密着を受けたのは、宮城県南三陸町出身の彩さん(31)。
高校卒業と同時に上京し、東京都庁の公務員として働くという、多くの人が憧れるような安定した暮らしを開始した。
しかし、就職した年の3月に東日本大震災があったため地元に戻ることを決意し、もう一度公務員試験を受け直し、地元の職員になった。
そして職員として6年間働く中でふと、「いつ何があるかわからない状況で、自分はやりたいことをやってこなかった」と思い立ち、27歳のとき、声優になるために再び上京をした。
しかし声優業界は、毎年約3万人もの志望者がいると言われる業界で、デビューできるのはほんの少し。しかも、もし声優になれたとしても、年収100万円に満たない人が4割以上という厳しい世界だ。
彩さんは昼は派遣会社で働き、夜は2年で約100万円かかる養成所に通いながら、さらに別で演技のワークショップにも通うなど努力を続けた。
だが、4年半かけても努力が実らず、最後と決めていたオーディションにも不合格。それでも諦めきれず、親の反対を押し切って、ずるずると東京に残る決断をしたのだった……。
声優になれる確率が極めて低い中で、高い月謝を払って夢を追い続けている人たち。
彼女らの様子に番組を見た人からは〈見てて思ったけどさ、プロダクション養成所とかワークショップも結局ビジネスなんだね〉〈声優ビジネスってなんだかなぁ〉〈彩さんが金づるになっているように見えてしまった〉〈東京は色んな養成所ビジネスがあるな〉など否定的な声があがった。
確かに番組を見ただけだと、夢をエサにして若者を囲っているように見えてしまわなくもない。
しかし、「声優を目指す業界は、そこまでネガティブなものではありません」と話してくれたのは、現在31歳の男性Mさんだ。
無限にお金を払うことができるシステム
「確かに声優を目指すうえでお金はかなりかかります。彩さんが通っていた養成所は週に3回も講習があるとのことで、その中でもトップクラスにお金がかかるところでした。他はだいたい、週に1回の講習で、1年に20~30万円ほどが相場です。
また、番組でも説明されていましたが、声優を目指している人ならば、養成所以外にワークショップやボイストレーニングに通うことは当たり前。
私も月に1万円ほど払ってボイトレに通っています。なので声優を目指していたころは、年間で40万円ほどかかっていましたね」(Mさん、以下同)
養成所は1~2年通うことが一般的で、卒業のころに事務所に入るためのオーディションがある。そこで受かれば、養成所を経営している事務所の所属になるが、落ちてしまえば、残念ながらそこで終わり、養成所から退所となる。
「ただ、養成所は何十社もあることから、声優志望の多くは、オーディションに落ちたら別の養成所に入り直して、そこでまた受講料を払って1~2年通い、年に一度の事務所オーディションに挑みます。
つまり、同じ養成所には何年も居続けられないものの、無限に養成所に通い続けることはできるのです。このシステムが、声優という夢をすっぱりと諦めづらくさせ、さらにお金を大量に消費する結果を生み出していると思います」
Mさんが通っていた養成所では、学生よりも社会人が多く、社会人として数年働いてお金を貯めてから養成所に通っていた人がほとんど。
ただ、年齢は20代前半から中盤が多く、当時27歳のMさんはクラスの中で最年長だったという。
「オーディションに合格して事務所の所属になれる人はごくわずか。
また、事務所によってはオーディションで合格してからも、事務所でのレッスン料と称して、週に1回ほどの講義料として、年間20万円ほどタレントにお金を払わせているところもあります」
それでも養成所に通い続ける理由
念願の声優になれても最初は仕事がないうえ、事務所にレッスン料を払い続ける……。
お金の話だけ聞くと、どうしてもネガティブな印象を抱いてしまう声優志望の界隈。それでも養成所に通い続ける理由はなぜなのか。
「お金と声優になれる確率ばかりを見て批判する人がいますが、では、これが趣味だと考えてください。年間40万円は、月で割ると3万円ほど。確かに安くないですが、趣味にこれくらいのお金を払っている人は大勢いますよね?
また、勘違いしないでほしいのが、養成所に通っている人たちはそのほとんどが、講習・レッスンが好きで参加しています。プロが本気で指導してくれ、ときにはそのプロに褒められ、認められる。これが、仕事を繰り返すだけの社会人生活では体験できない刺激をもたらしてくれます。
ある人は、入った当初は地味だったのが、1年で見違えるほど明るくなりました。人によっては、声優になれるかどうかは、それほど大きな問題ではないかもしれません。
確かに多くの人は、その先にお金や仕事に繋がらない趣味を多数もっているだろう。養成所は“その先がある趣味”と考えてみると、見え方が変わってくるかもしれない。
「養成所は技術を学ぶだけではありません。自分を解放して演技をするので性格はやはり明るくなりますし、クラス単位で動くので人間関係も面白い。そこでさまざまなつながりも生まれる。養成所は“大人の学校”と考えてもらってもいいかもしれません。
もちろん、そんなキレイごとばかりじゃなく、多くの人が『いつか成功したい』『目立ってみたい』『何かをかたちに残したい』と胸に抱きながら日々奮闘しています。
もちろん辛いことだってあります。ですが、普通に仕事をしているだけでは味わえない何かが、声優の養成所にはあるのは間違いなく、これは実際に通った人にしかわからないものだと思います」
フコク生命が2022年9月に発表した「大人の習い事費用」に関するアンケート調査では東京都が全国で1位、月に16,348円であった。何にお金をかけて、何に幸せを感じるのかは、人それぞれということなのだろう。
取材・文/集英社オンライン編集部

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