
睡眠中に呼吸が何度も止まる睡眠時無呼吸症候群。新型Apple Watchにも睡眠時の無呼吸を通知する機能がつくなど、この病気への関心度は日に日に高くなっている。
「睡眠時無呼吸症候群」による日本の経済損失は年間3.4兆円
睡眠時無呼吸症候群とは、睡眠中に何度も呼吸が止まる病気だ。呼吸が止まったままだと酸素濃度が低下し死んでしまうので、脳から「起きなさい」という指令が出て、眠りが浅くなり、再び呼吸を始める。
しかし、また眠りが深くなると呼吸が止まってしまう。これを繰り返すことで睡眠の質が悪化し、日中の眠気やけだるさの症状を引き起こす。
「睡眠時無呼吸症候群による、眠りの質の悪化やそれによる慢性的な寝不足の影響で集中力や判断力、計算力、運動能力がかなり低下します。
だいたい飲酒時と同じくらい低下すると報告されています。そのため、この病気による日本の経済損失は年間3.4兆円と試算されています。
また2019年発表の医学雑誌ランセットの論文では、日本に睡眠時無呼吸症候群の患者は2200万人、そのうち治療が必要な方が940万人いると報告されました。日本の糖尿病予備軍の患者数は2000万人、糖尿病の患者数が960万人ですから同じくらいの人数です。本当に特別ではないありふれた病気なんです」(楠 裕司先生、以下同)
また経済損失だけでなく、この疾患がさまざまな病気を引き起こすという。
「無呼吸による酸素低下の繰り返しにより、高血圧症、糖尿病、血管に関係する脳梗塞、心筋梗塞、不整脈などの病気のリスクが上がります。
二足歩行が原因!?
睡眠時無呼吸症候群には主に、閉塞性睡眠時無呼吸と中枢性睡眠時無呼吸の2つタイプがある。
中枢性睡眠時無呼吸は先天的な脳疾患や脳梗塞の既往がある人に起こり、全体の数%しかいない。閉塞性睡眠時無呼吸は気道が塞がることで起こる無呼吸で、ほとんどの人がこのタイプだ。
ではなぜ気道が塞がるのか? これは人間が二足歩行になったための構造的な欠陥によるものだという。
「人間は二足歩行になることで道具を使い生態系のトップに立ちました。一方で上体が起きて顔が前を向いたことにより、喉が狭く角度も急になり、無呼吸が起こるようになりました。まさに進化の代償です。また骨格による差もあり、欧米人に比べてアジア人のほうがこの病気は多いです。
仰向けに寝て筋肉が緩むと、舌やアゴが落ち込み、喉の奥が狭くなり、気道がふさがります。アジア人のほうがアゴが小さいため、気道が狭くなりやすく、睡眠時無呼吸症候群を引き起こし易いのです」
太った人がなりやすいイメージだが、アゴが小さい人なら体型に関係なく、誰でも発症する可能性があるという。
「太ると喉や舌に脂肪がつき、気道を狭めてしまうので、睡眠時無呼吸症候群の2/3は肥満の方です。その一方でアゴが小さい人や舌が長い人も気道が狭くなるので、やせていても睡眠時無呼吸症候群に要注意です。
また子どもでも肥満や扁桃腺肥大の影響でこの病気になることがあります。
さらに、ラクビーや柔道など普段から頸部を鍛えているアスリートにも多い疾患でもあるという。
首が太いと気道が狭くなりやすく、特に競技引退後、筋肉が脂肪に変わってしまうと要注意だ。
「女性の場合だと、更年期以降に患者が増える傾向です。睡眠時無呼吸症候群の男女比は20代では4:1で男性が多いのですが、40代から女性は増えていき、70代になると1:1となります。これは女性ホルモンのプロゲステロンの分泌が減少することによって起こると考えられています」
治療はマウスピースとCPAP
「睡眠時無呼吸症候群はなかなか自分では気づかず、パートナーから『いびきがひどい』、『眠っているときに呼吸していない』と指摘されて受診される方がほとんどです。以下のような症状があれば受診していただきたいです」
・いびきがひどいと言われる
・夜間に息苦しさを感じて目が覚める
・起床時に頭痛がする
・日中眠気や倦怠感がある
・寝たはずなのに疲れがとれない
また、最近はさまざまなデバイスで睡眠中のいびきがわかるものがあるので、そういったものを利用して、自分の状態を早めにチェックすることも肝心だと楠氏は指摘する。
では、この病気になった場合、どんな検査や治療法があるのだろうか。
「クリニックでは、まず簡易検査を行います。酸素の値や心拍数を調べる機械を持って帰り、自宅で着けて寝てもらいます」
簡易検査の結果、無呼吸が疑われる場合は、精密検査を行う。脳波まで調べることで呼吸の状態や睡眠の深さなどを調べ、重症度を判断する。
「治療は軽症の場合はマウスピース、重症ならCPAPを使います。マウスピースは歯の噛み合わせを下の歯を前に出すように調整することで、喉の奥が開き、無呼吸の状態を減らします。
軽症だと充分効くのですが、重症だと効果が足りないので、重症度の場合CPAPの治療を行います」
CPAPは、15㎝から20㎝角くらいの立方体の中に、すっぽり収まるくらいのサイズの装置本体と空気を送り続ける専用のチューブ、鼻にあてるマスクを接続して使用する。空気の圧で気道を広げ、睡眠中の無呼吸を防止する装置だ。
「CPAPは高血圧や糖尿病の薬と一緒で続けることが大切です。副作用や合併症がほとんどなく効果も証明されています。
慣れるのに2~3ヶ月かかる方が多いので、患者さんには自転車を初めて乗ったときと似ていると説明しています。はじめて自転車に乗ると安定せず、転倒することもありますが、慣れると軽快に乗りこなせて移動に便利ですよね。
CPAPも同様に始めは抵抗があるかもしれませんが、使用することで、睡眠をしっかりとることができ、いびきの改善や日中のパフォーマンス向上につながります」
治療すれば、パフォーマンスの向上、疾患の予防、家族関係の改善などにもつながるので睡眠中のいびきや日中の眠気が気になる人は、専門の医療機関を受診したほうがよいだろう。
プロフィール
楠 裕司(くすのき・ゆうじ)
渋谷睡眠・呼吸メディカルクリニック院長。山梨医科大学卒業後、日本医科大学呼吸器内科入局。日本医科大学の睡眠時無呼吸症診療をトップとしてけん引後、「専門性の高い治療をもっと便利に身近に受けて欲しい」との思いで2022年渋谷睡眠・呼吸メディカルクリニックを開院。日本睡眠学会専門医として年間1000人以上の睡眠に悩む方を診察している。「睡眠を良くして生活を充実させ、ハッピーな人生を送って欲しい」という想いで日々取り組んでおり、SNSでも睡眠を良くする情報を発信中。
取材・文/百田なつき サムネイル/Shutterstock