
マーケティングの世界においてよく使われる「インサイト」という概念。闇雲に努力して、ひたすらにアイデアを捻り出そうとするよりもたった一つの「インサイト」さえ見つかれば、信じられないような高い確度で、より多くの人を動かせるような、優れたアイデアが発想できる。
ベースボールにデータ革命をもたらした「インサイト」
データはどんなものでも、きちんと解析されていれば、現実世界の一端を見せてくれるものですが、そこから「インサイト」を発見し、有用な「新たな視点」を見いだして「価値」を提供し、イノベーションを起こすのは、とても難しい作業です。
どのようにしたら、データから「インサイト」を発見できるのでしょうか? さらに、イノベーションへとつなげられるのでしょうか?
『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著 中山宥訳 早川書房)というメジャーリーグで実際にあった話を題材として映画化された本に、データから新たな視点や価値、すなわち「インサイト」を見いだした非常に興味深い例があります。
当時、MLB随一の貧乏球団であったオークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャーのビリー・ビーンという人物が、野球というゲームの見方をかなり大胆に捉え直し、野球から得られるデータの価値を画期的に変えて、アスレチックスをプレーオフ常連の強豪チームに作り変えました。つまり、データから独自の「インサイト」を発見し、データを有用に使えるようにして、イノベーションを起こしたのです。
勝敗を左右するのは「平均打率」ではなく「出塁率」
彼は「野球とは、点を多く取ったほうが勝つゲームである」という、従来の圧倒的な「常識/定説」を「野球はアウトにならない選手が多いほど負けないゲームである」と読み換えました。
つまり、これまでの「チームの『平均打率』が当然、得点や勝敗に大きく影響しているのだ」という常識を覆し、「『出塁率(=ヒットだろうと四球だろうと、とにかく〝アウト〟にならずに塁に出塁する確率)』こそが、より得点に大きく影響し、勝敗を大きく左右する」、という説(※1)に着目し、チームを作り変えようと考えました。
そして、それまで選手の年棒には反映されていなかった四球の数が多いバッターを安い金額で獲得し、年俸の高いスター選手がいなくとも勝てるチームを作り上げたのです(※2)。
(※1:データ好きの野球マニアのビル・ジェイムズが、1978年に『野球抄』という自費出版の小冊子で提唱し、その後、ディック・クレイマー、ピート・パーマー、サンディ・アルダーソン、エリック・ウォーカーらがまとめた考え方。後に、現在のMLBでも重視されているOPS(出塁率+長打率)へとつながる)
(※2:『週刊だえん問答 コロナの迷宮』(若林恵+Quartz Japan編著 黒鳥社)をもとに、筆者がまとめた)
ビリー・ビーンは次のような「インサイト」を発見したとも言えます。
みんな/世の中は、「チームの『平均打率』こそが、勝敗に大きく影響する」と思っているかもしれないが、
実は/本当は、「チームの『出塁率』こそが、勝敗に大きく影響する」と自分は思う。
ここで大変興味深いのは、「出塁率」というデータは、野球が始まってからずっとあったにもかかわらず、誰もその有用な「価値」を見いだせていなかったことです。
データから「インサイト」を発見した!? 独自の「野球観」
コンピューターやインターネットが生まれて、データにアクセスしやすくなるずっと前から「出塁率」というデータはあったにもかかわらず、です。
なぜ、ビリー・ビーン(や彼が信奉した野球マニアたち)は、誰が見ても「価値」を見いだせなかったデータから、前述の「インサイト」を発見できたのでしょうか? なぜ、「出塁率」に注目するに至ったのでしょうか? それには、彼の人生で培われた、ビリー独自の「野球観」こそが、大きく影響していると考えられます。
ビリーは、非常に大きな注目を浴びて、ドラフト1位でニューヨーク・メッツに入団しました。
そして、ビリーがスカウトされた一番大きな理由は、ビリーの大柄な体格や、足の速さや肩の強さといった非常に優れた身体能力でした。しかし、選手として打ち気が勝るビリーは、打てないボール球に手を出すことも多く、四球も極めて少なく、「出塁率」の低い選手でした。
その結果、成績もパッとせず、約10年程度で現役生活を引退し、球団のフロント(経営や運営を担当する部署)に入るのです。
ビリーが、自分の野球選手経験から身に染みて理解したことは、「選手の成功に大切なのは、従来の野球界のスカウトが重要だと言うような、恵まれた体格や身体能力といったものではないのではないか? 選手の成功に大きく影響する要因が他に何かあるのではないか?」という、それまでの「常識/定説」に対する、「気づき/違和感」「疑問/問い」だったのではないでしょうか。
まず気づきや違和感、疑問や問いを大事に
つまり、彼の人生経験から独自の「野球観」が生まれたことで、以前からあったが誰も重要視しなかった「出塁率」というデータに注目して「インサイト」を発見し、有用な「新たな視点」を見いだして「価値」を提供し、イノベーションを起こすことができたのではないでしょうか。
ただ、ここで大切なのは、このようなインサイトを導き出し、イノベーションを起こすためには「データ」が必要だったということです。データのないところで持ち出されるインサイトは、「思いつき」の粋を出ないことも多いですし、検証も困難です。
新しい視点やアイデア、イノベーションを生み出すために、自分独自の人生観から、新しい視点で改めてデータを見直して、「インサイト」を発見していくことも、これからの時代には、ますます大切になっていくかもしれません。
データは、ただの数字です。言ってしまえば、石と同じとさえ言えるかもしれません。ある現実の結果として、そこに存在しているだけです。
または、その石があることで、周囲の環境が今後どのように変化していくかの想像がつく人だっているかもしれません。
石炭が全盛の時代に、石油はまだその有用性が誰にも理解されておらず、不要なものとして川に垂れ流されていた、という逸話もあります。つまり、石を見る前に、その人ならではの視点で何かに気づき、違和感や疑問を持ち、何かをつかんでいた人にしか、その場にある石から意味や価値、有用性を見いだせません。
つまり、単に多くのデータが手に入り、蓄積されただけでは、そこから自ずと「インサイト」が生まれることはないのです。データを見る前に、あなた独自の気づきや違和感、疑問や問いがある。それらを持って、改めてデータをじっくり見てみることで、自分の気づきや違和感が「インサイト」へと育っていくのです。
センスのよい考えには、「型」がある
佐藤真木 阿佐見綾香
「センスのある考え」は再現できる
◎電通の社内勉強会から生まれた「アイデアを生むフォーマット」を初公開。型があるから誰でも再現できる!
世の中には「どうしてあんなことを考えつくんだろう!」「あの人はセンスがある!」と思えるような人がいます。でも、自分には「センスがないから」と言ってあきらめる必要はありません。実は、センスがある人には、独特の思考法があるのです。
本書は、電通の社内勉強会から生まれた、「自分の感覚」をもとに、多くの人から賛同されるアイデアやヒットを作っていくための、まったく新しい思考の本です。
ヒントは「インサイト」と「裏から考える」こと。それだけで、見える世界が変わってきます。
「自分の感覚を信じられない」
「自分にはセンスがない」
「自分はいいと思っているのに社内で賛同が得られない」
といった方に、ぜひ手に取っていただきたい1冊です。
◎ピーター・ティールも重視した?「インサイト」を見つける教科書
マーケティングの世界では、「インサイト」という言葉がよく使われますが、センスのある人は「インサイト」を見極めています。「インサイト」とは「人を動かす 隠れたホンネ」。だからこそ、新しくて、みんなが喜ぶ意見が出せるのです。今まで体系立ててその「インサイトの見つけ方」を学ぶ本はありませんでした。本書では、誰もが「インサイト」を見つけるための方法を解説。読んですぐ役立つ内容になっています。
ピーター・ティールは、「爆発的に成長するスタートアップは、市場における『隠れた真実』を土台に築かれる」と言いました。「インサイト思考 」はマーケティングだけでなく、ビジネスのすべてにかかわる「ビジネスを生み出す究極の思考整理術」です。
●こんな人におすすめ
・いつも発想がありきたりになってしまい、センスのよい考えがまるで出てこない人
・データを見ていてもアイデアや解決策が、まったく出てこないと悩んでいる人
・マーケティングを勉強し、王道のやり方を実践してみても、思うように商品が売れるようにならなかったという人
・「これかも」という直感は湧くのに、それをうまく論理立てて社内や顧客に伝えられない人
・「これかも」という直感は湧くのに、自信がなくて言い出せずにお蔵入りになりがちな人
・「アイデアや発想はセンスだ」と感じ、あきらめを抱いている人
・凄腕の先輩や上司たちの「その手があったか!」「そうそうこれがほしかった……」というアイデアを見てきたけれど、いざ自分でやろうとしても、できる気がしないという人
・「直感」では正しいと思うけれど、「数字で説明して」「論理的に説明して」と言われて説明ができなくなっている人
・「データ」を見たところで、ありきたりのことしか思いつかない人
・ロジカルに考えたところで、飛びぬけた考えが出てこない人