
「北朝鮮がミサイルを発射」ーー。よく見かけるこのニュース。
他国を不安にさせる軍備増強
国際関係において、「相手の意図がわかるかどうか」を表す重要な指標があります。それが「攻撃・防御判別性」です。相手の行動が攻撃を意図しているのか、防御を意図しているのかをどれだけ明確に見分けられるのかを表す指標です。
基本的に、相手の意図がはっきりわかるほど戦争は起きにくく、曖昧なほど起きやすくなります。
ある国が軍備増強をしているとき、その目的を説明しなかったり、曖昧にしたりすれば、他の国々は不安になります。特にその国が攻撃する素振りを少しでも見せると、他の国々は「何かある前に、自分たちも軍備を増強しておこう」と考えます。こうなると、国々はお互いを疑い、武器を増やし合い、緊張がどんどんと高まってしまいます。
攻撃・防御判別性は、兵器の性質によっても変わります。つまり、ある兵器の使用目的が明らかであるほど判別性は高く、戦争は起きにくいといえます。
例えば、ある国が国境沿いに防壁を建てた場合を考えてみましょう。
よって、防壁に集中している国は「自国を守ろうとしているだけ」と他の国にはっきりと伝わります。
「民主的か独裁的か」も判別制に差を生む
一方、大砲も攻撃・防御判別性が高い兵器です。大砲は相手を攻撃するためにしか使えない、純粋な攻撃用兵器だからです。大砲をたくさん持っている国は、明らかに「自分たちを攻撃しようとしている」と他の国々に伝わります。
これが平和をもたらすわけではありませんが、少なくとも他国に防御体制を整える余地を与え、攻撃が成功する可能性を下げる=戦争の可能性を下げることになります。
しかし、攻撃・防御判別性と兵器の関係には、ある問題があります。それは、すべての兵器が防壁や大砲ほど使用目的がわかりやすいわけではないことです。例えば、戦車を思い浮かべてみてください。
戦車は相手の国に入って攻撃することもできますが、自国に侵入してきた敵軍を撃退するためにも使えます。よって、戦車は持っているだけでは攻撃しようとしているのか、防御しようとしているのかがわかりにくいのです。
あるいは、もっと広い視点で、ある国が「民主的か独裁的かどうか」も判別性に差を生み出します。
まず、民主国家は意図を掴みやすいです。なぜなら、民主国家では政治家が何をしようとしているのかを国民に説明しなければならないからです。政治家は選挙で「何をやりたいか」「国をどうしたいか」をはっきり言う必要があります。また、もし政治家が嘘をつくことがあれば落選してしまいます。
他の国との戦争の準備をするにしても、指導者は国民に対して「なぜ戦うのか」「どうやって戦うのか」をしっかり説明します。民主国家では、このように情報公開がなされるので、他の国から見ても、その国が何を考えているのかがわかりやすいのです。
一方で、独裁国家の意図は掴みにくいです。独裁者は選挙で決まるわけではないので、公に自分の考えを説明する機会が少なく、嘘をついても罰を受けません。国のニュースや情報も独裁者が検閲できるので、それらが国民や他国に伝わりません。
また、独裁者は自分一人で物事を決められるので、気分次第で判断が変わったり、曖昧な情報を元に判断したりと、行動が不安定で予想できません。
軍拡競争を引き起こす構図
北朝鮮が良い例でしょう。北朝鮮の真の恐ろしさは軍事力ではなく、行動が予想できないところです。北朝鮮は国の内外に情報をほとんど明かさず、今国内がどんな状況にあるのか、どんな種類の兵器をどれくらい持っているのか、そして金正恩氏が何を考えているのかが判別困難です。
韓国や日本、アメリカは、北朝鮮がいつどんな状況で攻撃してくるのかを予想できません。実際、日本は北朝鮮からいつ飛んでくるかわからないミサイルのために、ミサイル防衛体制を強化したり、敵基地攻撃能力(ミサイルの発射基地を発射前に破壊する能力)を整備したりしています。
しかし、これは軍拡競争を引き起こします。「北朝鮮が本当に攻撃するつもりかどうかはわからないけれど、念のために軍事力を強化しておこう」として、緊張が高まるのです。
中国やロシア、北朝鮮が周辺国に警戒されやすい一因は、この判別性の低さにあります。どの国も独裁体制で情報が公開されないので、意図が曖昧です。
特に北朝鮮は、GDPが鳥取県と同じくらい、核弾頭もたった30発しか持っていない(ロシアは約6000発)にもかかわらず、ロシアと並ぶほど恐れられている理由は、行動があまりにも予想不可能だからです。
一方、アメリカは民主国家なので、大統領の考えはニュースや議会で公開され、国民や他国も知ることができます。これが前者に対して安全保障のジレンマが起きやすく(恐れられやすい)、後者に起きにくい(恐れられにくい)1つの理由です。たとえるなら、包丁を持った常人よりも、フォークを振り回す奇人の方が怖いのと一緒です。
外交そのものも、広い意味でこの曖昧さを減らすための取り組みといえます。お互いの国の事情を打ち明け合うことで、何を意図しているのかを深く理解し合えるからです。
また、G20のような首脳会談が定期的に開かれ、首脳同士がわざわざ親交を深めるのも、それぞれの国の首脳がどんな性格をしていて、どんな考えを持っているのかを深く理解することで、行動をより予想しやすくするためです。
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あの国の本当の思惑を見抜く 地政学
社會部部長
地形的に見ると、アメリカもロシアも中国も弱い。
だから、戦争をやめられない。
近年、「世界情勢を理解したい」という需要が増えています。
ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナ・イスラエル戦争、中国の台湾・尖閣諸島・南シナ海での野心的行動など、ニュースで不安定な国際情勢にまつわる話題を見聞きしない日はありません。
国際政治を考える上で、まず見るべきものは何でしょうか?
歴史、文化、統計、報道——どれも重要です。
しかし、本書はそれが「地理」であると考えます。
ニュースを普段見ていると、外国首脳の発言や人々の意見ばかりが目に入ります。
それらを見ていると、世界情勢を動かしているのは「人間の意志」だとつい思いがちです。
しかし、人間の思考や行動は、私たちが思っている以上に地理に動かされています。
それも、気づかないうちに。
地理を基準に世界を眺めると、次のようなさまざまな事実が見えてきます。
●アメリカは広い海で隔てられるので「攻められづらい」国だが、同時に他国を「攻めづらい」国でもある
●ロシアはヨーロッパの大国と平らな地形で繋がっているせいで、領土を拡大し続けなければならない
●対立を深めるアメリカと中国は、実は国土や隣国との関係など、「似た者同士」である
●日本にとって朝鮮半島はユーラシア大陸との「橋」。朝鮮半島の安全を確保することは伝統的な地政学的課題
寒い場所では、港が流氷で閉ざされて、貿易ができません。
「国を守ろう」と思っても、地形が平坦だとかなり苦労します。
地理が「檻」だとすれば、国は「囚人」です。
囚人に何ができて、何ができないかを知るには、まず檻の形を知らなければならないのです。
本書は、地政学動画において平均再生回数150万回という圧倒的な支持を得る著者・社會部部長が、不変の地政学の法則を解説する1冊。
「海と陸」というシンプルな切り口を中心に、これまで世界で起きてきたことの真の理由を知り、今の世界で起きていることを「自分の頭で考えられるようになる」本です。
【目次より】
序章 今、地政学を学ぶ意義
第1章 アメリカ 強そうで弱い国
第2章 ロシア 平野に呪われた国
第3章 中国 海洋国家になろうとする大陸国家
第4章 日本 大陸国家になろうとした海洋国家
終章 地政学から学べること