
フィリピンに浮かぶ孤島「カオハガン島」。この東京ドームとほぼ同じ広さの小さな島は、手つかずの自然に包まれており、「何もなくて豊かな島」と呼ばれている。
フィリピンの小さな島で民泊を運営
フィリピンのセブ島とボホール島の間に位置する「カオハガン島」。
もっとも近いマクタン島の港から小船で約1時間、熱帯珊瑚礁に囲まれたこの小さな島の面積は、わずか約5万平方メートル。東京ドーム1個分ほどの大きさで、島民は約700人だという。
15分もあれば一周できるこの島は、日本人男性・崎山克彦(さきやま・かつひこ)さん(89)が購入した島として知られている。
今回は、この島に住む日本人女性「ゆうこさん」と「よしえさん」にインタビューを決行。2人は島の住民と結婚し、現在は子育てをしながら暮らしている。
彼女らは島に唯一ある宿泊施設「カオハガン・ハウス」を運営している。年間約1000人ものゲストが、この自然豊かな島を訪れているという。
カオハガン島でどのような日々を過ごしているのか? そして、島を購入した日本人男性とは、いったい何者なのだろうか?
——そもそも、なぜ日本人がフィリピンの島を購入したのでしょうか?
ゆうこさん 崎山克彦(以下、崎山)さんはもともと出版社「講談社」に勤めていたのですが、52歳で早期退職した直後に偶然この島を訪れたそうです。
そのとき一目惚れしてしまい、約37年前に1000万円で島を購入しました。当時の島民は330人ほどで、ほぼ自給自足の生活を送っていましたが、そんな彼らが幸せそうに暮らしている姿に魅力を感じたそうです。
よしえさん それ以来、崎山さんは宿泊施設「カオハガン・ハウス」の建設を始めました。そして、奥さんとともに島へ移住し、教育や医療、ライフラインの整備を進めながら宿泊施設の運営に尽力してきました。
崎山さんは2017年、82歳を迎えたタイミングで引退し、その後は私たちが島の運営を引き継いでいます。
人生をリセットして移住。「仕事を辞め、夫とも離婚しました」
――ゆうこさんは京都大学を卒業しているとのことですが、どうしてカオハガン島に?
ゆうこさん 就職活動をする中で、“世間的によいとされているレール”にただ乗るだけの生き方が、自分には向いていないと気づいたんです。日本社会に馴染めない自分に対し、自信を失っていました。
そんなとき、スタディツアーで訪れたのがカオハガン島でした。この島の子どもたちは、どこから来たのかもわからない私に、無邪気に歩み寄ってきてくれたんです。
その姿を見た瞬間、「愛のあふれる場所だなぁ」と感じ、無意識に涙がこぼれ落ちました。
――実際に移住することを決めたのはなぜですか?
ゆうこさん その後も何度も島を訪れ、卒業論文のテーマにもカオハガン島を選びました。調べれば調べるほど、「これは実際に住まないとわからない!」と感じるようになり、「島に住まわせてほしい」と崎山さんにお願いしたんです。宿泊施設の運営をすることを条件に快諾してもらい、移住しました。
ただ、最初は両親に反対されましたね。でも、島で子どもが産まれたあと、日本で両親に会わせたとき、健全に育っていると思って安心してくれたんです。初対面の人にも怖がらない子どもの姿を見て、なぜ私が島で子育てをしたいのか、両親にも伝わったのだと思います。
――よしえさんは、どうしてカオハガン島に?
よしえさん もともと神戸のハンドメイド雑貨店で働いていたのですが、ある日「カオハガンキルト」という商品に出会いました。それがカオハガン島の女性たちの手仕事によるものだと知り、興味を持って島を訪れました。
実際に来てみると、言葉では表現できないほど心が温まる場所だと感じ、この島が大好きになったんです。
その後も何度か島を訪れましたが、日本では仕事に追われ、慌ただしい日々を過ごしていました。そんなとき、日本で崎山さんと会う機会があり、自分の想いを正直に伝えたら、「それなら島に住んでいいよ」と許可をもらえました。
それから1カ月後、それまでの人生をすべてリセットし、新しい自分として島に移住しました。
――リセット、と言いますと?
当時、日本ではヨガ教室を運営していて、結婚もしていました。でも、「絶対に移住する!」という強い思いがあったので、すぐにヨガ教室を閉め、夫とも離婚しました。
夫のことは尊敬していたし、決して嫌いになったわけではなくて。
夫は最初驚いていましたが、最終的には理解してくれて、「島での生活を応援する」と言ってくれました。
電気も水道もない生活。不便なのは「他人が家の敷地内で寝ていて……」
――現在、お二人は島民の男性と結婚されていて、ゆうこさんには9歳の長男と4歳の次男が、よしえさんには9歳の長女、5歳の次女、3歳の長男がいるんですよね。旦那さんとの馴れ初めは?
よしえさん よく「移住のきっかけは、旦那さんですか?」と聞かれるんですが、そうじゃなくて……。2人とも移住したあと、向こうからアプローチがあって、付き合い始めました。
ゆうこさん でも、移住した当初は、まさかこんなに長く住むことになるとは思ってもいませんでしたね。子どもが繋げてくれた縁だと思っています。
——島民は普段、どのような生活を送っているのでしょうか?
ゆうこさん 日用品は、島内にある小さな雑貨店で購入していて、そのお店にはセブ島本土から仕入れたものが並んでいます。
生活用水は雨水を貯めてろ過し、洗濯もその水を使って手洗いしています。島内の各家庭に水瓶があり、そこから桶やバケツなどですくって使っています。
毎回水を運ばなければいけないし、使える量が限られているので、けっこう大変なんですよ。
——それだと、トイレの際にも大変そうですね。
よしえさん 30年ほど前まで全員海で用を足していたそうなんですが、今では水洗トイレがあるので。ただ便座は備わっていないので、産後のトイレは痛くて大変でした。
——1カ月の生活費は、だいたいどのくらいなのでしょう?
よしえさん 5人家族で、1ヶ月4万円くらいです。島民は魚や貝を獲るのが得意なので、その日に自分や家族が食べる分を海に採りに行く人も多いです。それ以外の食材は、セブ本島から輸入しています。
島の収入源は主に観光業で、ビーチでお土産や魚を売って生計を立てている島民も多く、その日暮らしの人も少なくありません。
あと島には電気が通っていないため、ソーラーパネルで自家発電しています。そもそも電気自体 がない家もたくさんあって、夜は20時~21時頃には寝る人が多いです。
ネット環境も整っていませんが、宿泊者向けに1時間100ペソ(約265円)でWi-Fiを利用できるようにしています。
——島で暮らしていて、不便に感じることはありますか?
ゆうこさん 島民は自然に対する畏敬の念を持っていて、「神様から食べ物をいただいているのだから、みんなで分け合うのは当然」と思っているんです。
だから、不便さを感じるのは、夫が食事を近所の人にシェアして、家からお皿がなくなったときくらいですね(笑)。
よしえさん もう10年暮らしているので、不便さを感じることはほとんどありませんが、他人が勝手に家の敷地内で寝ていることがあって……。その人の寝息で起こされると、さすがにびっくりします(笑)。
あと、敷地内に勝手に洗濯物を干されることもあります(笑)。
——ちなみに、病気になった場合はどうしているんですか?
ゆうこさん 島にはミッドワイフという助産師の資格を持っている島民が勤務するヘルスセンターがあり、そこで薬を処方してもらうことができます。
軽度の場合は、草木を煎じて治すこともあります。病院にかからなければならないケースでは、船でセブ本島まで行く必要があります。
——お二人は島に永住する予定ですか?
ゆうこさん 人生は何が起きるかわからないので、先のことは何とも言えません(笑)。でも、私はこの島で子育てをしたいので、子どもが大きくなるまではここにいたいと思っています。
よしえさん 15年前の私は、5年後にカオハガン島に住んでいるなんて、まったく想像もしていませんでした。子どもたちは島の学校に通っていますし、流れに身を任せて、今の環境を楽しみたいと思います。
——2人は「これからも島のよさを発信し続け、多くの人に魅力を知ってもらいたい」と今後の目標を語ってくれた。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班