
世界60以上の国と地域で展開する世界最大の音楽会社、ユニバーサル ミュージック グループ。外資系の音楽会社でありながら、日本独自のヒット作が売り上げのメインを占めるほど邦楽に強く、Mrs. GREEN APPLE、藤井風、Adoなど次々と新たな才能を発掘している。
才能が才能を呼ぶスパイラル
――ユニバーサル ミュージックは多種多様な才能溢れるアーティストが多数所属し、10年連続で売上高過去最高を更新するなど、業績も絶好調です。なぜ、次から次へと人気アーティストを発掘できるのでしょう?
藤倉(以下、同) 優秀な社員がたくさんいるからです、と言ってしまったらそれまでですが、組織的な話でいうと、マルチレーベル化したことが大きな要因だと考えています。弊社にはPolydor Records、EMI Records、UNIVERSAL SIGMAなど11のレーベルがあり、各レーベルのトップがアーティスト契約の決定権を持ってます。新卒以外の社員の採用権も同様です。
例えば、これらのすべて私が決めてしまうと、私の好みの人ばかりが集まってきてしまいますが、異なるリーダーの個性や考え方が反映されているので、幅広い人材発掘につながっているのだと思います。
――活躍中のimaseさんは、TikTokに楽曲を投稿したらわずか1週間でユニバーサルから連絡がきたと聞きました。
そうしたスピード感もマルチレーベル化の効果といえるかもしれません。加えて、
Mrs. GREEN APPLEがヒットする、藤井風がヒットする、Adoがヒットするとなると「私もあんなふうになりたい」と才能が集まってきます。いい人は、いい人のところに集まってくるので、その意味ではいいスパイラルに入っていると思います。
――社長就任以降、10年連続で売上高過去最高を更新し、2023年には着任時の2.6倍の売上高を達成。変化の大きい音楽業界で成長するうえで、リーダーとして心がけていることを教えてください。
4つあるんですが、まずは“勝ち続ける”ことです。
今では40代で社長に就任することは珍しくありませんが、私が46歳で就任した当時は前社長が60代、その前も60代でしたから、社内外で信頼を得るためにも勝ち続ける必要がありました。マーケットシェアの上昇、業績アップなど目に見える形で結果を出すことが大切だったんです。
2つ目は“変革し続ける”こと。よく「どうやったらヒットが作れるんですか」って聞かれるんですが、音楽業界にヒットの法則はないんです。音楽の流行りも常に変化していきますので、ヒットが出ているときも慢心せず、常に新しい才能を探して世の中に届けることを意識しています。
契約社員330人の正社員化を断行した理由
――コロナ禍以降は、音楽の“届け方”もだいぶ様変わりした印象があります。
ご存じのように一気にデジタル化が進み、ネットを活用したアプローチも当たり前になりましたし、今後、さらなる技術革新もあるでしょう。そうした先の見えない未来に不安を感じる社員や業界関係者がいるのも事実です。
それでも、100年後でも必ずアーティストは存在し、音楽はなくならないと思います。我々の仕事はアーティストの価値を最大化すること。時に、社会貢献につながり、人を豊かにもする。そうした音楽の力、未来のビジョンを示し、“希望を配る”ことがリーダーの役割だと考えています。
――希望を与える、のではなく配る、のですね。
「リーダーとは希望を配る人だ」というのは、じつはナポレオンの名言で、私自身、すごく好きな言葉なんです。見通しが悪いときでも、絶対にこれならいけるというビジョンを示していかなければならないと思っています。
そして希望を配ると同時に、“つながる”ことも大事です。これが4つ目です。株主やLAの本社、アーティストに社員…それぞれとつながって自分のことを理解してもらわないといけないわけです。
私が社長に抜擢された2014年は、まだ当時のEMIミュージックジャパンと合併して1年ほどの頃で、社内もまだ色々落ち着かない時期でした。そのときは私もまだ全社員を把握しているわけではなかったので、一体感を高めるためにも「まずは社員全員の名前と顔を覚えよう」と、全社員500人くらいの写真と名前を社長室の壁に貼り出した記憶があります。
――2018年には本社を説得して、契約社員330人の正社員化を断行したとうかがいました。これにはどんな意図があったのでしょうか。
CDは発売日前後に売り上げのピークを迎えることがほとんどですが、ストリーミングで聴かれる楽曲を中心に昨今は1~2年かけて徐々に売れていくことも少なくありません。
そんな時代に、従業員の7割が「ヒットが出なければ1年で契約打ち切り」という当時の制度では勝ち続けることはできないと感じました。
だから「社員が力を発揮し、ヒットを出すには正社員化が必須」と本社に強く訴え、実現させました。
「アーティストは言葉の魔術師です」
――さきほど、各レーベルにそれぞれリーダーがおられるとうかがいましたが、藤倉さんから見て、結果が伴うリーダーの共通点はどこにあると思われますか?
さきほどお話しした“つながる”能力が高いように感じます。こちらが黙っていても「自分はこういう考えがあって、そのためにこれをやろうと思います」と伝えてくるんです。決定権がある立場にいても、上下や横のつながりを大切にしていて、要所要所でのコミュニケーションを蔑ろにすることがない。そうしたことが自然とできることは大事だと思います。
――つながったり、コミュニケーションをとるには、言語化能力も求められると思います。考えを言語化するうえで、何か意識してらっしゃることはありますか?
実は私が社長になった当時「藤倉くんは、考えていることや妄想はすごいが、言語化能力、論理的思考が足りない」と言われたことがありました。傷ついた一方で、たしかに思い当たる節もありました。
そこからは、自分に刺さった言葉をインプットして、それをどんどんアウトプットするように意識しました。
仕事柄、さまざまなアーティストや音楽業界のリーダーたちと話すことが多いのですが、「こんな言葉を使うんだ」と驚くことがあります。
――やや大きめな仕様のこのノートがお気に入りなんですか?
たぶん、最初に仕事ができそうな人がこれ使っているのを見て、「よし、自分も」と思ったんじゃないかな(笑)。それから使い続けていますが、今はこれじゃないとアイデアが浮かばないんです。
――アーティストやスタッフたちをその気にさせる藤倉さんの言葉は、ここから生まれているんですね。
いやいや、そんな大したものじゃないんです。ただ、言語化ということでいえば、初めは上手くできなくていいと思うんです。最初から完璧な言葉を発するのなんて無理ですからね。でも、積極的に何度も口にすることで、次第に無駄な枝葉が落ちていって、磨かれた言葉がキーワードとして残っていく。そんなふうに思っています。
(後編に続く)
取材・文/山田千穂 撮影/村上庄吾