〈カンニングvs試験監督〉替え玉受験、ヤフー知恵袋、小型カメラから生成AIまで、ハイテク化する不正手口の進化に専門家が警鐘「もはや受験者のモラル頼み」
〈カンニングvs試験監督〉替え玉受験、ヤフー知恵袋、小型カメラから生成AIまで、ハイテク化する不正手口の進化に専門家が警鐘「もはや受験者のモラル頼み」

今年もやってきた大学入試シーズン。この季節になると思い出されるのが、入学試験を巡る不正事件の数々だ。

これまでその不正手口はカンニングペーパーの持ち込みや替え玉受験が主流だったが、この10年ほどでハイテク化が進行。試験に持ち込めることも増えた関数電卓を改造し、ChatGPTを利用するなど不正テクニックが進化している。公平性が肝要な各種試験において、生成AIなどの進化はどんな影響をもたらすのか? 病理専門医で科学・医療ジャーナリストの榎木英介氏に聞く。

トイレの個室に入ったら“モラル頼み”

科学・医療ジャーナリストとして、若手研究者のキャリア問題や捏造・改竄といった研究不正などを主なテーマに執筆活動を行っている榎木英介氏。

現在は大学教員の職を辞しているが、過去には屈指の志願者数を誇る私立大学に教員・講師として勤め、そこで大学入試センター試験(当時)などの試験監督を担当した経験もあるという。

「私が務めていた大学のように春先にいくつも試験がある総合大学では、輪番的に若手教員が試験会場へ駆り出されるので、何かしらの試験監督を少なくとも1回以上は経験します。

当然、カンニングのような不正をいかにして防ぐかという問題は、大学にとって非常に大きなテーマでした」

ガラケー時代から試験監督が気を揉んだのが、小型カメラと通信の機能を持つ端末によって、写真や動画を撮影され、試験問題を外部に流出させる不正だ。

昨年は「スマートグラス」のカンニング事件が発覚。メガネ型のほかにも腕時計型デバイスや超小型イヤホンなどを使った海外のハイテク手口にも注目が集まった。

また、今年1月に実施された大学入学共通テスト(共通テスト)の試験中に、試験監督が受験生のトイレ個室に同行した騒動もあった。

率直に「不適切だ」という感想を抱く一方で、試験中でも個室トイレの中は監視の目が行き届かないという事実に改めて気付かされるような話ではある。

「実際、身に付けられる小型カメラや通信機能を使うかたちで手口が巧妙化していくと、人間の監視で見破ることは非常に難しいです。

時計なども日本の試験監督者が警戒するポイントのひとつですが、基本は受験者のモラル頼みで現状の対策では限界があります。

そもそもトイレの個室では、アナログなカンニングペーパーもバレずに見ることができる。
確かめようのないことですが、発覚する試験の不正は氷山の一角なのかもしれないという懸念は、私が試験監督を担当していた頃から感じていました」

中国に見るネットカンニング対策の最前線

「1989年の慶應義塾大学理工学部の問題流出事件や1991年の(お笑いタレントの)なべやかんの替え玉事件は、私自身の大学受験のタイミングと重なっていたこともあり、とても印象に残っています。

とくに学校に侵入し、事前に試験を盗もうとした事件は“そこまで過激なことをするのか”と驚きました。

携帯電話を使い試験問題をインターネット質問掲示板“ヤフー知恵袋”に投稿した2011年の事件も、個人的にはけっこう衝撃的でしたね。

試験監督者も何をやっていたんだという気もしなくもないですが、ネットで相談しちゃうのかと…(苦笑)」

そもそも大学入試で大学教員が駆り出されるのは、アルバイトなどの外部スタッフを入れることが難しいといった事情があるためだが、試験監督の仕事を負担に感じる教員は多いという。

「教員も試験の監督・監視という点では別にプロではなく素人。怪しい受験者を取り押さえても、裁判沙汰になるようなリスクもあって、できれば自分の試験会場で問題が起きないように願っていますし、正直あまりやりたい仕事ではなかったりもします。

そういう意味でも試験の監督・監視のあり方を考え直したほうがいいのかもしれません」

1000年前の「科挙」の時代から現代の大学受験まで、不正をはたらこうとする受験者と試験監督者との苛烈な戦いが繰り広げられてきたのが中国だ。カンニングペーパーも替え玉受験も科挙から連綿と続く不正である。

現代の中国の大学入試では不正行為のハイテク化に対応するため、金属探知機や通信電波の遮断機なども導入。警察が不審な無線回線がないか目を光らせるなど、対テロ並みの警備が敷かれるとも言われている。

日本以上に激しい競争社会だけに、大学試験に受かるためなら手段を選ばないという者が後を絶たないらしい。

「この15年ほどで不正防止の強化が進められた試験は、日本でもあることはあります。

医学部生が病院実習で患者さんに接する前に受ける“CBT(Computer-Based Testing)”という試験の監視係をしたときは、ある大学でスマホなどの通信デバイスを隠して持ち込めないように、金属探知機が導入されているのを見たことがあります」

生成AI時代に求められる試験とは…

「試験監督は写真で本人確認をするのですが、制服と私服、メガネの有無だけで印象が全く違うなと感じたことはけっこうありました。

替え玉受験ではないですが、アメリカでは自身の娘と偽って親が大学に通っていたことが発覚したニュースも過去にありましたね」

今後は日本の大学入試でも海外のように不正の対策側が最新技術を導入し、厳しい警戒体制が敷かれる可能性はあるだろうか?

「現状は性善説に立ち過ぎている面もあると思うので、例えば中国のように通信電波を遮断するという方向も本来は考えるべきかもしれません。

ただ、共通テストのように約50万人が受ける試験で、全国の試験会場の環境やコストも考えると、現実的ではないとも思います。

今後は不正行為に頼る暇がないくらい、どんどん問題を解かせて思考力や処理スピードを問うような試験がさらに増えていくかもしれないですね。また、近年の共通テストは、かつてのセンター試験よりも論述的に考えさせることに主眼を置いた試験になっています」

そもそもトイレの個室でカンニングペーパーを見るような不正をはたらき、数問の暗記問題を正解したところで他の問題を解く時間が足りなければあまり意味はない。

単純な知識量を問うような大学試験は東アジアに比較的多い傾向にあるそうだが、単純なカンニングなどの不正に関しては論述問題で思考力を問う試験で、これまである程度の無効化はできていたという。

「ただ、もはや持ち込み可の論述試験でも不正が通用する時代になったという意味で、生成AIの登場はゲームチェンジャーです。

完璧な模範解答ではなく、いかにも高校生や大学生が書いたような小論文まで生成AIが書いてくれるので。結局、公平性を担保するには通信の遮断くらいしかないのかもしれません」

AIにはない人間の能力を定量的に測るペーパーテストなんてものが果たして存在し得るのか…。正直、想像すらできない。

取材・文/伊藤綾

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