
今年4月から開催される大阪・関西万博の入場チケットの転売が相次いでいる。チケットは定価割れの価格で取引されているが、そもそも紙チケットのルールをめぐっては販売開始の残り約2週間前まで議論されるなど、場当たり的な運営が目立つ。
そうした万博開催の不穏な雲行きについて『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』より一部抜粋・再構成してお届けする。
2億円トイレ
万博のトイレ建設に2億円かかる─。
そんな情報がネット上などで広がり、「高すぎる」といった批判の声も相次いだ。2024年2月16日の衆院内閣委員会で、立憲民主党の中谷一馬は言った。
「トイレ1カ所に対して約2億円。豪華絢爛なのかもしれないが、さすがに高すぎないか。デザイナーズトイレということだが、(万博の)テーマの『いのち輝く未来社会のデザイン』に何か関係があるのか。私には少なくとも、無駄遣いの極みに見える」
経産省は資料を公表して、「2億円トイレ」について説明している。
万博協会は、会場内で約40カ所のトイレを設ける。そのうち8カ所は若手建築家が設計しており、最大規模のトイレが解体費込みで税込み約2億円かかるという。
一般的な公衆トイレ施設の平米単価(2016~2022年)は約74万円だという。府内で整備された公衆トイレの平米単価(2020~2021年)は、約110万円(大阪観光トイレ)や約81万円(服部緑地・こどもの楽園南便所)とした。
一方で、万博の「2億円トイレ」の平米単価は、約70万円や約58万円という。
「便器が数十個設置される大規模な設備で、一般的な公衆トイレの建設費用と比べて取り立てて高額であるとは言えない」
内閣委員会から4日後の記者会見。経産相の齋藤健は「2億円トイレ」についてそう述べ、計画の見直しを否定した。
協賛する企業が便器を提供してくれることなどもあるため、万博のトイレは一般の公衆トイレより安い傾向があるという。
万博のカネをめぐる問題がトイレに飛び火したが、騒ぎは次第に収まった。
低調な入場券販売
「(入場券の)売り方にもうひとつ工夫がないと、(売れ行きを上向かせるのは)なかなか難しい。いろいろなことを検討している」
万博の開幕が約1年後に控えた2024年4月4日。大阪市内で開かれた万博協会・機運醸成委員会の総会後、委員長を務める関経連会長の松本(万博協会副会長)は報道陣にそう語った。
入場券は前年の11月末(開幕500日前)に売り出したが、この頃までに売れたのは122万枚。開幕までの目標(1400万枚)の1割にも達していなかった。
松本は「必ず前売りで1400万枚は売る決意だ」とも述べた。半分の700万枚は企業が数万枚単位でまとめ買いする計画のため、心配していないとした。
問題は一般向けの販売だった。ふるわない要因は、いくつか考えられた。
第一に、開催の機運が高まっていなかった。府市が2021年度に行った調査では、万博に「行きたい」「どちらかと言えば行きたい」と答えた人は合わせて51.9%だった。だが2022年度は41.2%、2023年度は33.8%と下がった。海外パビリオンの建設遅れや公費負担増が、万博への期待を押し下げた可能性がある。
値段が高いという声もあった。いつでも1回入れる「一日券」は会期中に買うと大人(18歳以上)が7500円、中人(12~17歳)が4200円、小人(4~11歳)が1800円。繰り返し使える「通期パス」(大人は3万円)など、入場券はさまざまな種類がある。
万博協会は大人の一日券の値段について、2019年時点では44米ドル(当時の為替レートで約4800円)で考えていた。内部で検討していた2022年春の段階では6000円にする計画だったが、7月に元首相の安倍晋三が銃撃されて警察当局から要人の警備をより厳重にするよう求められたことに加え、人件費上昇や物価高もあり、7500円に引き上げた。
前売り券は、買う時期やチケットの種類によって割り引いている。だが、万博で何が見られるかという肝心の「中身」の全容は見えなかった。
売り方に対しても、不満の声が上がった。
入場券は当初、ネットで買う「電子チケット」しかなかった。前売り入場券を買うにはまず、「万博ID」を登録しなければならない。スマートフォンやパソコンでしか操作できず、手間や時間がかかる。買い方が分からない高齢者もいたという。
2つのリスク
2005年の愛知万博では入場券を売り出した当初から、全国のコンビニや旅行会社、主要な駅などでも買えるようにしていた。
そんな状況を打開する一手が「紙チケット」だった。万博協会は開幕が約10カ月後に迫っていた2024年6月の理事会で、販売の方針を決めた。コンビニなどで買いやすく、家族らへの「贈り物」としても需要があると考えたという。
電子チケットを買った人は事前に来場日時の予約をする必要があったが、紙チケットなら会期の一部で、予約なしでも入場を認めることにした。だが予約なしで入場を認める期間をめぐっては、万博協会と府市がなかなか折り合えなかった。
「万博の運営費が赤字になった時に、『誰が責任を負うのか』という問いがまずある。政府は支出をしないということが(2017年4月に)閣議了解されている。また、政府は赤字になっても責任は負わないという(国会)答弁が大臣からされている」
「国が負担しないものを大阪府市が負担することもできない。
2024年9月13日に開かれた万博協会理事会の中盤。府知事の吉村(万博協会副会長)は、そう危機感をあらわにした。1カ月後の開幕半年前から売り出す紙チケットの購入者については、来場日時の予約をしなくても幅広く入場を認めるよう迫った。
理事会の2日前の時点で、入場券は約500万枚が売れた。開幕までの目標の35%ほどにとどまっていた。大半は企業による「まとめ買い」とみられた。
ただ、万博協会幹部の多くは予約なし入場を心配していた。「(来場者が殺到して)入場ゲートが制御できなくなると地下鉄の駅に影響が出て、会場だけでなく市民生活にも影響が生じる」(理事会出席者)などと考えたからだ。
前売り券の販売が好調とは言えないため、赤字と会場運営という2つのリスクが生じていた。「会長一任」として議論を引き取った十倉雅和(経団連会長)は、苦心をにじませた。「売り上げを確保するのは、もちろん大事。
ハノーバー万博は赤字
万博会場の人工島・夢洲へ行く陸路は、南北1本ずつの道路と、大阪メトロ中央線しかない。万博協会幹部らはそんな状況を踏まえ、こうこぼした。
「予約なしで来て、会場の入り口前で長時間待たされ、不満がSNSで発信される方がリスクは高い」
「(来場者が殺到すれば)地下鉄で事故が起きる可能性がある。そうなれば、万博そのものがおしまいだ」
一方、ある府幹部は反論した。
「チケットは売ってなんぼ。売れる前からリスクのことばかり話しても仕方がない」
決着したのは、紙チケットの販売まで残り約2週間となった2024年9月27日だった。
会期(184日)のうち、ゴールデンウィークや一部の夏休み期間などを除いた98日間で予約なし入場を認めることになった。万博協会幹部は「夢洲へのアクセスと安全面を考慮した、ぎりぎりの落としどころだった」と振り返った。
万博協会は紙チケットの販売目標は設けておらず、「どれぐらいの量になるかは未知数だ」(事務総長の石毛)とした。
2000年のドイツ・ハノーバー万博では、来場者数が目標の半分にも達せず、国と地元自治体が1200億円の赤字を税金で穴埋めした。
この時のテーマは「人間、自然、技術」。先端技術や発明品の展示が主な目的とされた従来型の万博と違って、環境問題を切り口に「課題解決」をめざした。
そうした過去があるにもかかわらず、今回の万博が赤字になった際の負担者・負担割合は決まっていない(2024年12月時点)。国、府市、経済界などからの出向者が集まる「寄り合いの組織」である万博協会が、単独で負債を負うことはできない。
国民の負担が増すリスクは、くすぶり続けている。
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『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新聞出版)
朝日新聞取材班
大阪・関西万博が2025年4月、ついに開幕する。各国パビリオンでの展示のほか、有名歌手のコンサート、大相撲、花火大会などさまざまな催しがあり、お祭りムードが醸成されるだろう。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。会場予定地での爆発騒ぎや、建設費の2度の上ぶれ、パビリオン建設の遅れなど、問題が噴出し続けた。
巨額の公費をつぎ込んだからには、成果は厳しく問われるべきだ。朝日新聞取材班が万博の深層に迫った渾身のルポ。
◆目次◆
第1章 維新混迷
第2章 膨らみ続けた経費
第3章 海外パビリオン騒動
第4章 夢洲が招いた危機
第5章 万博への直言