
民謡『蛍の光』に、松任谷由実の『春よ、来い』、米津玄師の『パプリカ』…それぞれ生まれた時代は異なる名曲だが、5音音階共通の音階が使われている。100年以上愛されてきた日本人が懐かしいと感じる音階の秘密とは?
書籍『いい音がする文章』より一部を抜粋・再構成しその不思議を紐解く。
ビートルズ以前にあった明治初期の洋楽ブーム
童謡や民謡によく使われるのが五音音階(1オクターブに5つの音が含まれる音階)だ。
通常のドレミファソラシドの7音から、2音抜いてある。よく知られるところだと、ヨナ抜き音階は4番目のファと7番目のシがないドレミソラの5音階。※「ドレミファソラシ」を「ヒフミヨイムナ」と読んでいたので4番目と7番目の2音を抜いて、ヨナ抜きと呼ばれている
沖縄の音楽でよく使われる琉球音階のドミファソシ。また、民謡音階(琉球音階を短調にしたもの)などで、THEBOOMの『島唄』とか、夏川りみの『涙そうそう』、森山直太朗の『夏の終わり』もそうです。
いま並べた曲からしても、日本的な音階だと思う方も多いと思うんだけど、五音音階は日本だけでなくスコットランドやアメリカの民謡(カントリー)でもよく使われている。
ギターを弾く人にはペンタトニックと言ったほうが伝わりやすいでしょうね。ペンタとは5のことです。
スコットランド民謡の『オールド・ラング・ザイン』が明治時代に日本に渡り、歌詞を日本用につけかえ『蛍の光』として歌われるようになったという有名な話がありますが、実はこの五音音階が広く日本に広まったのは明治以降だ。
私の祖父は晩年、尋常小学校の唱歌の教科書を通販で揃えて毎晩歌っていた。実は、唱歌が初めて海を渡り、大衆に広まった洋楽なのだ。
文部省(現:文部科学省)ができたのが開国後まもない明治4(1871)年、学制が頒布されたのは翌明治5年(1872)のこと。
小学校の教科に「唱歌」、つまり音楽の授業ができた。
実際はどこの学校でも唱歌は行なわれなかったみたい。その後、明治8年から数年間、伊沢修二がアメリカに留学して音楽教育について学び、日本に持ち帰る。
こうして、明治14年に『小学唱歌集』ができる。でも、祖父の教材を見ても伴奏はなく、単音の形だ。和声を普及させる力がまだなく、小歌だけに限られ、洋楽の複雑な形式を理解させるところには至らなかったようだ。
とはいえこれはすごい功績で、小学校の教材やのに中学でも、女学校でも、教員の師範学校でも、市井の人々も、猫も杓子もみんな唱歌を歌うようになった。
きました唱歌ブーム‼
洋楽が全く鑑賞されていなかった明治初期に、洋楽のリズムや音階がきた日本! ビートルズより前に洋楽ブームはあったんだ。
どんだけ沸いたんだろうなあ。『蝶々』や『蛍の光』『あおげば尊し』などは姪っ子たちもいまだに歌えるのだから、明治に日本に入ってきた唱歌の功績は大きい。
米津玄師の曲が「懐かしい」のはどうしてか
さて、『蛍の光』はスコットランド民謡、『蝶々』はドイツ民謡、『あおげば尊し』もアメリカの曲なんです。となると、訳詞を載せないといかんということですね。
7・5調(※7音・5音の順番で繰り返す形式 「ほたるのひかり まどのゆき」など)や8・5調(同8音・5音の順で繰り返す)がほとんどの日本で、『蝶々』は6・7・8・7。
原曲の意味も残しつつ、四苦八苦しながら作詞したのだろうと思う。
続いて、『赤とんぼ』や『かたつむり』などの、童謡やわらべうたの多くは祖父が生まれた大正時代に作られている。この多くも五音音階で作られる。
江戸時代までは、雅楽や能、歌舞伎などのアジアの影響を受けた音楽だったのが、開国以降は西洋音楽の流れになったので、まずは扱いやすい五音音階を取り入れたのだろう。日清戦争以降、今度は軍歌を歌うことになるが、これもやはり5音なのだ。
この五音音階に懐かしさを感じるのは、きっとどの国の人も同じなんだろう。単純に口ずさみやすいし覚えやすいもの。7音という高度な音楽が浸透するまでは、世界中みんな5だったのでしょう。
五音音階を使った洋楽で真っ先に思い出すのは、レニー・クラヴィッツの『Rock and Roll is Dead』の頭のリフ。ペンタトニックは弦の押さえやすさもあります。現代のポップスでも実は多いのです。
キリンジ『エイリアンズ』や、くるり『言葉はさんかくこころは四角』、Perfume『レーザービーム』、星野源『恋』も五音音階です。
他にも、米津玄師は『パプリカ』他たくさんの楽曲で五音音階を使っています。坂本九さんの『明日があるさ』もそうですね。
共通して、覚えやすさ、歌いやすさがあり、ポップなのに懐かしさも感じる。日本独自の音階ではないにしても、100年以上愛されているのだから、〝日本的〞を感じるのは私だけではないはずだ。
松任谷由実さんの『春よ、来い』もサビでは五音音階になり、さらにAメロは7・5調になる。この曲の「和」のイメージは、語感と音律、両方の見事な合わさりによるものだと思うのだ。
ということで、言葉だけを切り離して考えるなかれ。すべてが一つの穴の中から湧き出て、いろんな分野に分かれたのだ。
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いい音がする文章 あなたの感性が爆発する書き方
高橋久美子
★発売1ヶ月で3刷出来★
「ありそうでなかったアプローチ」「自分の音を鳴らしたいと思った」の声、続々。
元「チャットモンチー」ドラマーの作家が教える
あなたの感性が爆発する書き方
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声、メロディ、ギター、ベース、ドラム、ピアノ、編曲、そういう「音の良さ」をまったく抜きにして、
歌詞だけが好きでしょうか。
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