
医療費の支払いを抑える「高額療養費制度」を巡り、今国会で熱い議論が交わされている。
少子高齢化の影響を受け、膨れ上がる国民医療費に対策を打つべく、政府与党は今年8月に自己負担の引き上げを検討。
そんな中、同制度の問題を巡り、外国人をヤリ玉にあげたような国民民主党・玉木雄一郎代表(役職停止中)の発言が物議を醸している。現行制度の課題、玉木氏の発言の真意、近年、在留外国人が増加する中で求められる対策について、専門家に話を聞いた。
玉木氏の外国人を巡る発言が物議
今期の国会で議論されている「高額療養費制度」。
医療費が高額になった患者の自己負担を抑える制度で、年収や年齢によって負担上限が決められている。
少子高齢化の影響などから、現在、国民医療費は過去最高の約46兆7千億円(2022年度)にまで膨れ上がり、現役世代の負担軽減を図った政府は、今年8月に高額療養費制度の利用者負担上限額を引き上げる方針を打ち出した。
しかし、がん患者団体など多方面から反対意見が噴出したことで、2月末には方針の見直しを表明した。
そんな中、同制度を巡り波紋を広げているのが、国民民主党の玉木雄一郎代表(役職停止中)の発言だ。
90日を超えて滞在する外国人は、国民健康保険(国保)の加入義務が生じるため、同制度を利用できることに対し、
「社会保険料は原則、日本人の病気や怪我のために使われるべきだ」
「数万円払ったら1億6000万円の治療を受けられるというのは、日本の納税者、社会保険料を払っている人の感覚からすればどうなんだ、というのも踏み込んだ見直しが必要」
と情報番組「ウェークアップ」や自身のXでの投稿で持論を展開し、外国人支援団体からも抗議されるなど物議を醸した。
危惧される『反外国バイアス』
“超”少子高齢化社会へと突き進む日本にとって、現行の高額療養費制度の課題や問題点はどんなところにあるのか。政治アナリストの大濱崎真氏に話を聞いた。
「少子高齢化により医療費全体が増大しており、高額療養費制度の給付額も増加している事実があります。
所得による不公平さを感じる者も多く、(所得の高低により保険料が変化する)応能負担に課題が残るとされています。外来診療への適用が限定的であり、医療の初期段階での効果は大きく見込めず、かえって受診控えが生じることも懸念されています」(大濱崎氏、以下同)
現役世代の負担を軽減すべく、膨れ上がる国民医療費をどこで削減すべきか……。
「アメリカの行動経済学者、ブライアン・カプランは、大多数の有権者が持つバイアスの一つに『反外国バイアス』を挙げています。反外国バイアスとは、外国人との取引による経済的便益を過小評価する傾向のことで、外国人のことを『自国人を搾取する悪人』と捉えてしまう現象を指します。
保護貿易や移民排斥といった自国優先主義がはびこるのは、この反外国バイアスによるもので、経済学的に訓練のされていない有権者は、そうした考えによって、現行の高額療養費制度について外国人を排斥する考えに共感しやすいことが考えられます」
実際、玉木氏の発言の通り、在留外国人がしかるべき在留資格を有し、3カ月以上在留すると認められれば、国民健康保険の加入が認められることから、同制度を使用することは可能だ。
しかし、厚生労働省が公表した資料でも、2020年3月~2021年2月までに支給された高額療養費のうち、外国人の割合は約1%で、フリーライドのような過去事例は確認できていないことから、外国人が現行の制度を圧迫しているとは考えづらい。
在留外国人急増の対応策は…
今回の一連の騒動や現行制度に関して大濱崎氏の見解を聞いてみた。
「まず医療は、本来あるべき形(健康・健常)に近づく(ゼロからプラスではなく、マイナスからゼロにする)という観点から、利益を生み出す側面とは離れており、受益者負担の原則はなじまないと考えます」
と主張。その理由について、
「高額療養費制度や国民健康保険制度は、所得の高低で提供される医療の質に差が出ることを防ぐことに着眼がなされていますが、実際に1984年の『健康保険制度抜本改革』では、一部負担の導入により、旧日雇労働者健康保険の受診率が2割以上減少したとする研究があります。
これは、医療負担が受診行動に大きな影響を与えることを示しており、高額療養費制度における自己負担額の設定も、慎重に検討すべきであることを示唆しています」
さらに今回の同制度を巡る上限額引き上げの議論と、玉木氏の外国人に対する議論についても一線を画すべきだと警鐘を鳴らす。
「数万円支払うことで何千万円分もの治療が受けられる、という論は、在留外国人のみならず、所得の低い者や国民健康保険の加入後わずかしか時間が経過していない若者、あるいは生活保護者にも該当する話であり、反外国人の問題とは別枠で議論すべきではないでしょうか」
その一方で、2024年6月段階で国内の在留外国人の数が約359万人と過去最多を記録するなど増加の一途を辿っている。その事実を「貴重な労働資源」とも捉えられる一方、埼玉県川口市の「クルド人問題」のように移民増加に伴う摩擦が生じるといった問題もある。
今後、在留外国人が増える中、制度改正などの観点からどんな対応が求められるのか。
「まず、世論形成をはかる政治家にこそ、反外国バイアスなどを排除した冷静な議論が求められます。データやエビデンスに基づいた議論を前提にすべきです。
そのうえで、国民皆保険制度である国民健康保険は、所得再分配の手段として機能している側面があります。今後、在留外国人が増えたときに、持続可能性と公平性の観点から、所得再分配の手段としての機能が保ち続けられるかは、重要な視点だと考えます。
医療先進国である日本に、医療ツーリズムとして来日する外国人は、今後も増えることが想定されます。医療ツーリズムをひとつの産業として捉えるのであれば、例えば自由診療における医療費未払い問題の解決(医療費負担能力の証明や、身元確認の強化、医療費請求に関する二国間協定の締結など)が優先すべき課題のはずです」
政治家も国民も一人一人が、明確なデータを基に、冷静に現状を分析し、議論に参加することが求められている。
取材・文/集英社オンライン編集部