なぜ日本のピッチャーの球速はアップしているのか? 2番打者は本当にバントがうまい選手がいい?…WBCで世界一をとった日本野球はこう変わっていく
なぜ日本のピッチャーの球速はアップしているのか? 2番打者は本当にバントがうまい選手がいい?…WBCで世界一をとった日本野球はこう変わっていく

日本のみならずアメリカ球界からも規格外の選手と評される大谷翔平。野球解説者の伊東勤氏からしても彼は「特別すぎる」という。

だが大谷以外も日本人メジャーリーガー、特にピッチャーの活躍が目覚ましい。実際に日本人投手の球速は年々上がり続けているという。

書籍『黄金時代のつくり方』より一部を抜粋・再構成し日本人メジャーリーガーが増え続ける理由、そして日本球界の変化について考察する。

NPBとMLBとの実力差

WBCで日本が世界一になったことでもわかるように、MLBとの実力差は縮まっていると思います。

特に国別という考え方であれば、今はもう「MLB=アメリカ」というのは当てはまらなくて、ドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラ、メキシコなど中南米の選手がいないと成り立たないと言えるほどです。もちろん大谷翔平というトップ選手を出した日本も欠かせない国です。

プレーの質としても大きな差を感じません。あえて言えば、内野手が見せるスーパープレーでしょうか。セカンドやショートが、左方向への打球に追いついてジャンピングスローで一塁に送球するとか、ダイビングキャッチをしたあと、立ち上がらずに送球するとか、そういうプレーに日米の差を感じます。

ただこれも、体格や体力の差ということではないのかもしれません。現実に大谷翔平という選手が現れた今、体力や体格もクリアできる問題です。

むしろ、日本ではそういう独創的なプレーは重視されず、基本に忠実な確実なプレーが良しとされていました。価値観が変わってくれば、日本人プレーヤーもできることだと思います。

ただ、大谷が「特別すぎる」のは事実ですね。あんな選手がどんどん出てくるはずがないとは思います。

ただ「ゼロ」だった時代は「あり得ない」としか言えませんでしたが、現実に「ひとり」存在したあとでは、いつかまた大谷のような選手が現れるだろうと言えるようになりました。これはとても大きいことだと思います。

以前は、日本に来る外国人選手は、メジャーの枠から漏れた選手、落ちてしまった選手が主でした。もちろん現在もそういう選手もいますが、むしろ、これからメジャーに上昇したいという選手がステップアップする場として日本のプロ野球が考えられるようになってきました。

メジャー未経験の選手、あるいはほんの少しだけメジャー経験はあるけれど、定着はできなかったという若い選手が日本で結果を出し、MLBで大活躍するケースが非常に多くなりました。

ひとつには、先ほども触れたように、中南米の選手たちが「世界進出」していることがあるでしょう。

彼らにとってNPBは、MLBの次にハイグレードなステージです。

ちょうどいいレベルで経験が積めるというのもあるでしょうが、日本野球のコーチングや教育の部分、あるいは配球やその読みといったソフトウェアの部分が優れているという証明だと思います。

以前、広島がドミニカでカープアカデミーを開校して成果をあげたこともあったように、他国と比べると、日本には選手の実力を引き上げるノウハウがあると言っていいのでしょう。

今後はMLBを目指す日本人選手も増えるでしょうし、NPBを目指す外国人選手も増えるでしょう。

国際化のあり方も変わっていくと思います。

なぜ日本のピッチャーの球速がアップしたか

日米の差が最も小さいのは、ピッチャーだとは言えるでしょう。

もともと日本ではきれいなフォーシームを投げる技術が優れていました。歩幅を大きく取って、下半身の粘りを使って、全身の力を縫い目にかかった指先に乗せる投げ方を練習します。基本的にこの真っすぐを軸にしたピッチングが世界でも通用するということなのでしょう。

特に最近、日本人投手のスピードが上がってきているのを感じます。150キロは当たり前、逆にマックスが140キロ台だと「速くない」と言われるほどです。

なぜ速い球を投げられるようになったか。これはいろいろな原因が複層的に重なった結果でしょう。

大きいのは「情報」ではないでしょうか。食生活、トレーニング方法、休息やケアの方法など、科学的な根拠のある情報が広まったのがあります。体のつくりもだいぶ変わってきたと思います。

日本からMLBに行く選手が増えて、本場アメリカの最新情報がすごく取りやすくなってきたのは大きいと思います。

しかも、昔のプロ野球界だとどんな些細なことでも自分が有利になる情報なら「企業秘密」として隠したものですが、今はみんなオープンです。いや、本当に情報というものは手に入らなかったのです。

ところが、今はネットで調べれば、たいていの情報にアクセスできます。

自分はこういうトレーニングをしているとか、この変化球を投げるときはこういう握りをしていると、選手たちが普通に発信する時代になりました。しかも動画まであって、本当にわかりやすい。

小さいときから、そういうわかりやすい情報を得た上で練習を重ねているので、できることが増えるし、上達も早い。

昔は指導者の言うことが絶対ですから、それ以外の情報は不要だったですし、そもそも役立つ情報自体があまりありませんでした。

他人に頼らず、個人的にさまざまなことが学べる時代になったという部分はありますよね。

逆に言うと、指導者はやりづらい時代です。

日本の2番打者像は常識とともに変わっていく

MLBでは、2番の打順に強打者を置くのが通例になっていますが、NPBの場合は、2番に強打者を置くケースと、バントや右打ちがうまい「小技系」の打者を置くケースの両方が見られます。傾向としては、強打者を置くケースが少しずつ増えているでしょうか。

計算上、打順がたくさん回る1番打者や2番打者に、たとえ小技ができるからといって打撃の劣る打者を置くのは割に合わないとはじき出されるのですが、おそらくNPBでの実際の得点力を集計すると、その計算どおりの答えにならないということが普通にあり得るはずです。

なぜかというと、MLBとNPBとでは打者の飛距離や打球速度が違いすぎるというのがあります。

そのため、価値観が違ってきます。MLBでは犠打の1アウトがもったいない。NPBではフライアウトで進塁できないのがもったいない、あるいは併殺がもったいない。

NPBでは1点が重いので、走者が二塁にいることで投手が重圧を感じて、あるいは投球のリズムが変わって、投げミスをしやすくなるというのもあります。

そのため、常識的に考えれば大量点ではなく、1点を取りにいくつもりで選択した無死一塁での送りバントが、結果的に大量点に結び付くということが意外とあります。

こうなってくると、計算上とか理論上といったものではなく、心理的影響という目に見えないものになるため、証明が難しくなります。

しかし、野球が「心理スポーツ」だというのは、選手としても監督としても実際にやっていた身からすれば実感できるものであり、そうなると「信じていること」が起きやすくなったりもします。

たとえそれが「迷信」であろうとも、そう思い込んでいることによって迷いがなくなり、成功率が高くなれば、それが正解になることもあります。

だから「MLBの常識」が「NPBの非常識」になることは、ごく普通にあることなのです。

そういう意味では、今の子どもたちは大谷翔平とドジャースを見て育っています。当然、憧れる野球も、信じる野球も私たちの子どもの頃とは変わってきます。そうすると、きっとNPBの常識も大きく変わっていくのだと思います。

写真/shutterstock

黄金時代のつくり方 - あの頃の西武はなぜ強かったのか

伊東勤
なぜ日本のピッチャーの球速はアップしているのか? 2番打者は本当にバントがうまい選手がいい?…WBCで世界一をとった日本野球はこう変わっていく
黄金時代のつくり方 - あの頃の西武はなぜ強かったのか
2025/2/101,045円(税込)192ページISBN: 978-4847067136

80~90年代、「最強軍団」と称された黄金時代の西武ライオンズで正捕手を務めた著者が、直に見てきたチームが強くなっていく過程を語る一冊。

・今となっては感謝しきりの「広岡管理野球」
・捕手としての「本当の師匠」は誰なのか
・他チームの監督になって初めて受けた衝撃

など、プロ野球ファン必読エピソードが多数!

監督としても西武を日本一に導いた後、ロッテや中日など他チームでも監督・コーチを務めたことで見えてきた「あの頃の西武」の強さが今、明らかに。

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