
希望すれば結婚後も夫婦それぞれが出生時の名字を維持できる「選択的夫婦別姓」の導入を巡る議論が、今国会の焦点の一つとなっている。自民党の小泉進次郎元環境相は3月9日、導入の法案を提出すべきという考えを示し、「国会で法案を審議し、国民の理解を深めるべき」と語るなど、長い間、棚上げされてきた問題がいよいよ本格的に動き出しそうだ。
小泉氏「党議拘束をかけるべきではない」
「選択的夫婦別姓」の導入を巡る議論がいよいよ本格的に動き出しそうだ。
自民党の小泉進次郎元環境相は9日、都内で開かれた自民党大会後、記者団から選択的夫婦別姓制度について聞かれると、「昨年、総裁選で訴えた思いと全く変わりはない」と導入への意欲を強調し、「国会で法案を審議して国民の理解を深めるべきだ」と考えを示した。
そのうえで、
「仮に採決となれば、党議拘束はかけるべきではない。党で縛るのではなくて、一人一人の考え方、価値観に委ねるべきではないか」
と述べた。
「選択的夫婦別姓」の発端は、1898年に旧民法が制定されたときの「家制度」導入までさかのぼる。同制度では結婚後、男性側の姓で夫婦が同じ名字にすることが義務付けられた。戦後の民法改正により、男女どちらかの姓を選択できるようにはなったが、夫婦同姓は義務付けられたままだった。
議論が本格化したのは1985年の「女子差別撤廃条約」の批准や、1986年の「男女雇用機会均等法」の施行がきっかけだった。1996年には、法制審議会が、選択的夫婦別姓制度を盛り込んだ民法改正要綱を作成。政府は要綱に沿った民法改正案を準備し、国会提出を目指したものの、自民党内の反対が相次いだことで断念した。
しかし、その後も導入を求める声は根強く、訴訟にも発展。2015年に夫婦別姓を認めない民法などについて最高裁が「合憲」と判断するも、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」と議論を促していた。
さらに昨年の総裁選で小泉氏の選択的夫婦別姓制度の導入を目指す発言や、国連の女子差別撤廃委員会からの勧告もあり、さらに大きな議論を巻き起こすこととなった。
『家制度』vs『個人の尊厳』
議論が進む今、「選択的夫婦別姓」の導入が実現した際、どんなメリットとデメリットがあるのか。
法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治学専攻)に話を聞いた。
「メリットのマクロな面では、出生時から使用してきた姓を変えるというアイデンティティの喪失を回避することができ、ミクロな部分では姓の変更により、パスポートや運転免許など煩雑な公的書類を書き換える必要から解放されることが大きいでしょう。
また改姓によって、戸籍名にひも付けられた学位や実績が分断されるなど、キャリアの中断や再構築の必要性も軽減することができます」(白鳥教授、以下同)
さらに昨今は夫婦別姓を保持する観点から事実婚やパートナーシップ制度を選択する夫婦もおり、多様な夫婦の在り方が広がってきている。
「夫婦別姓だと、事実婚もパートナー制度も結婚も外形的にはあまり変わらないので、よりカジュアルな結婚が増えるかもしれませんね。それが日本社会で問題になっている婚姻数や出生率にどう影響するかは正直分かりませんが…」
その一方で、導入によるデメリットも聞いてみた。
「別姓による懸念点としては、家制度の象徴であるお墓の問題と、子どもの名字の二つでしょう。
日本の墓は個人より『〇〇家之墓』というように旧来の家制度を背景に維持している側面が強いです。氏が複数になると墓の承継時に混乱が生じる可能性もありますし、ファミリーネームの消失による共同体感覚の欠如から、お墓の手入れや維持にも何かしらの影響は生じるのではと考えます」
さらにもう一つデメリットが、夫婦が別姓を“選択”できたとしても、子どもはどちらかの親との別姓を“強制”させられるという点だ。
「それぞれ自らの姓にこだわりや愛着があって別姓を選んだ夫婦ですから、産まれてきた子どもの姓を選ぶにあたってトラブルも発生しかねない。夫婦で決めることができず、双方の実家が介入したり、金銭や裁判沙汰になる可能性もある。
また子どもの姓を無事選択できたとしても、保育園の送迎時などに本当の親かどうかを確認するのに手間がかかったり、実の親子なのに誘拐と勘違いされるケースも起こりうるでしょう。
夫婦別姓採用は95カ国・地域
選択的夫婦別姓の導入を求める集団訴訟の弁護団が今年2月に公表した調査結果によると、姓の制度内容を確認できた95カ国・地域すべてで、夫婦別姓を導入していたことがわかった。
内訳は、95カ国のうちフランスや韓国、中国などの33カ国は夫婦別姓を原則としており、残りの62カ国は夫婦同姓と別姓、どちらでも選択ができるという。
特に女性差別に関する意識が高まった1970年代以降、別姓を認める国が増えていき、アメリカでは1976年に夫婦同姓を義務付けていた最後の州・ハワイ州が別姓の選択が可能となった。
その後もスウェーデン(1983年)、フィンランド(1985年)、ドイツ(1994年)、タイ(2005年)、オーストリア(2013年)、トルコ(2015年)など続々と別姓の選択が可能になり、夫婦同姓を義務付けているのは現在、日本だけという状況となった。
弁護団は「日本は世界から取り残されている。婚姻前の姓を保持することは、自己決定権の一つであり、国際的には人権として確立されている。選択的夫婦別姓は世界的な潮流であり、日本でも早期に実現すべきだ」と訴えている。
しかし、導入を巡り障壁となっているのが、日本古来からの家制度だ。
「日本の保守層の一部には、明治以来の日本の『家制度』への固執もあり、夫婦別姓に対して違和感を覚える人も多いです。別姓制度導入の言及を控えることは、保守層から集票を行なう政治的な意図もあるでしょう。実際、昨年の総裁選で小泉氏が敗れたのも、選択的夫婦別姓の導入を訴えたことで、地方票が取れなかったことが大きいという見方もできます」
では、導入が実現するために必要な課題とは何なのか。
「地域によっては、いまだ男尊女卑的な慣習を持っているところもあります。
現在の日本では、婚姻した夫婦の9割以上が夫の姓を選択している。古来の家制度を守るべきか、個人の尊厳を重視すべきか、十分に議論を重ねる必要があるだろう。
取材・文/集英社オンライン編集部