
お笑いコンビ・霜降り明星の粗品の存在感がぐんぐんと増している。お笑い界はこのまま「粗品時代」に入っていきそうな気配だ。
粗品のガチ審査で会場に走った緊張感
「粗品時代到来」の説得力が増したのが、『第14回ytv漫才新人賞決定戦』(3月2日開催)での鮮烈な審査員デビューである。
ORICON NEWSの記事によると、動画視聴サービス「Tver」での生配信視聴者の数は11万7千回、見逃し配信(同時配信「追いかけ配信」含む)は3月10日までに70万回を超えているようで、いずれも例年より格段に大きな反響を集めてる。
これらはやはり審査員を務めた「粗品効果」と言って間違いないだろう。
粗品は同賞で、オープニングを除いては冗談を口にすることは一度もないガチ審査を見せた。
短いコメント時間の中で的確な言葉を選んで講評を行った上、出場7組に対して90点台を一度も付けず、100点満点で採点される近年のお笑いの賞レースではなかなか見ることができない70点台を3度も付けた。
先日、筆者は同大会に出場した漫才コンビに取材をしたが、1組目の「ぐろう」に対する粗品の採点・講評を見た瞬間、出場者だけではなく番組観覧客も背筋が伸び、空気が変わったのがはっきり分かったと明かしていた。
粗品の審査のすごさは、確固たる「漫才論」「お笑い論」を持っていることである。
これは番組を視聴していてもはっきり分かり、また粗品自身も大会同日配信のYouTubeチャンネルの動画内で語っていたのだが、出場者を相対的に見て採点するのではなく、自分の中での「90点台の漫才」「80点台の漫才」「70点台の漫才」「それ以下の漫才」の考え方に沿って点数を出していた。
そのため、ハイレベルな漫才師が集まる『M-1グランプリ』で審査員を担当することがあれば、90点台を付けることになるのではないかとも語っていた。
これは「漫才論」「お笑い論」がしっかりないとできない採点である。
また、「翠星チークダンス」がファーストステージで披露した漫才のやりとりを男女の関係性に落とし込むネタについて「これは古(いにしえ)からあるやり方で、言ってしまえばちょっとシャバいんですよ」と歴史的背景や事実、知識をもとに講評していく様子は、感覚的な言葉で述べられがちなこれまでの賞レースの審査とは一線を画すものだった。
粗品がいかに論理的にお笑いを見ているかが浮き彫りになった瞬間だ。
加えて「シャバい」など年齢が上の審査員が使わないキャッチーな言葉も交えていたところに、審査員の高齢化を常々憂いていた粗品らしさが感じられた。
司会進行でも見事だった粗品
『ytv漫才新人賞決定戦』で圧倒的な審査を見せたその6日後の、ピン芸人ナンバーワン決定戦『R-1グランプリ2025』での司会進行も見事だった。
2021年の『R-1』の司会時は進行が押してしまい、ドタバタ感が否めなかった。ただ今回の粗品の仕切りは視聴者らに落ち着きさえも与えるもので、とてもスマート。
番組序盤こそ、粗品の雰囲気が重いように受け取れたが、これは意識的に「自分」を出さないようにしていたのではないか。
中盤以降は番組の時間進行にもやや余裕が生まれたからか、出場者である「さや香」の新山がネタ中にアイテムとして使用したセンターマイクを壊したことに対し「(中田)カウス師匠が怒るぞ」とツッコミを入れ、さらに点数と順位が伸びなかったことについて「酷評ということで」と毒舌。
新山から「MCでそんなことやりだしたらあかんぞ」と猛抗議を受けるなど、ノリのいいやり取りで笑わせた。
『ytv漫才新人賞決定戦』であれだけの審査能力を発揮したことから、『R-1』でも各ネタに対して言いたいこと、指摘したいことはおそらくあったはず。
それをちゃんと堪え、司会として流れるように進めたのは、ここ数年の粗品の司会進行力の飛躍を印象付けるものだった(一方で3月10日に投稿した動画「1人賛否」での『R-1』評もやはり的確だった)。
『M-1グランプリ2018』を史上最年少で優勝し、『R-1ぐらんぷり2019』も制覇するなど、絶対的なお笑いの実力者でありながら、先輩に反抗的な姿勢を見せる噛み付き芸や毒舌のイメージが定着してしまい、芸人としてのおもしろさより、大胆な発言の数々の方がクローズアップされるようになった、近年の粗品。
しかし立て続けに見ることができた、審査員、司会進行の模様から、あらためて彼の芸人としての優秀さに気づく人も多いだろう。
特に審査に関しては、粗品の考え方がこれからのお笑いの賞レースでの「おもしろい」の判断基準になりそうなほどだ。
かつてそういった価値観を築き上げたのは松本人志(ダウンタウン)だったが、審査をさせても良い、司会をさせても良いとなると、お笑い界の実権はいよいよ粗品の手に渡ると言えるのではないか。
さらに粗品は番組制作面に口を出したり、イベント制作時も妥協を許さなかったりする姿勢で知られている。
ただこういったことはすべて、『M-1グランプリ2018』以降、時間をかけて粗品が自分をブランド化させてきた賜物である。
自らを神格化し唯一無二の存在へ
たとえば、チャンピオンであっても定番の仕事であるバラエティ番組の雛壇に座ることをしなくなった。
つまり「大勢の芸人の中の一人」になることを避けるようになったのだ。自分と「その他」に明確な線を引いた。
象徴的だったのが、2024年12月19日放送のバラエティ特番『浜田 大吉 濱家主催 ツッコミ芸人総会2024 大忘年会』への出演を拒否したエピソードだ。
同番組は、「ダウンタウン」の浜田雅功、「博多華丸・大吉」の大吉、「かまいたち」の濱家隆一をメインに据え、大勢のツッコミ芸人が集まる内容だ。
粗品は出演依頼を断った理由として、番組タイトルが『浜田 大吉 粗品』だったら…などと発言していた。
それは自分の格や見え方を意識していたからにほかならず、さらに『M-1』で下した「かまいたち」の下に見られるポジションや扱いを嫌ったのではないだろうか。
いずれにしても、自分自身で「粗品」のタレント価値を高める判断を行っていると考えられる。
的確なコメント力、『M-1』『R-1』を獲ったというおもしろさの証明、さらにYouTubeチャンネルでも成功を収めるなど、文句のつけようがない実績を背景とし、さらにあえて「腫れ物に触る感」を作ることで、粗品は自らを神格化させることに成功したのだ。
松本人志の復帰が難航し、浜田雅功も体調不安が報じられるなど、お笑い界に地殻変動が起きようとしている。
頂点に立っていたダウンタウンが“名誉会長化”しつつある中、次に訪れるのは、千鳥、かまいたちらを飛び越えて「粗品時代」であると推察する。
もしくは千鳥、かまいたちを囲む派閥と、霜降り明星や粗品の派閥できっぱり分かれる可能性も考えられる。
文/田辺ユウキ