
2024年の「これから子どもにやらせたいスポーツランキング」で1位となったのは水泳だった。基礎体力と筋力をバランスよく鍛えられるため、水難事故を防ぐためというのが保護者側のおもな動機となっている。
書籍『野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える』より一部を抜粋・再構成し、子どものスポーツ選びのヒントを紹介する。
自分の可能性を知るために
スポーツを始めるにあたり、はじめに何をすべきか。特に競技スポーツにおいて、種目の選択は重要である。私はサッカーが、私は野球が好きだから、その種目を始める。それもよいと思われる。
だが、競技スポーツは競い合うためにあり、結果は勝敗や記録となって表れる。いわば優劣がつくのである。こうなると、誰もが「勝ちたい」、あるいは「自己の記録を更新したい」と思うのは当然のことであろう。
そこで考えなければならないのは、「自分にとって、より向上していく(伸びていく)スポーツは何か」ということだ。個々の素質によって、向上していく種目とそうでない種目があるからだ。その素質を「体型」「感覚」の2つから考えていく。
体型
体型も各種スポーツのパフォーマンスに大きく影響する。体型は身長や体重だけでなく、細身、ガッチリ、肥満などの体質も考慮に入れる。
スポーツを始める前に、自分の体型についてもよく知っておかなければならないが、発育発達を考えると、幼少のころにはまだわからない。身長はおよそ中学生か高校生のときに決まる。骨の成長に合わせて身長が決まるためである。このころ、成長痛の起こることが多い。
余談であるが、息子の広治も中学3年生の夏に176㎝だったのが、わずか半年で184㎝になり、成長痛も起きた。レントゲン写真を見ると、脚・首の骨が太い。外科医に、運動はしばらく行なわないようにと言われた。
そして高校のとき、現在の188㎝となったが、特に骨の成長期に厳しいトレーニングは禁物である。このため息子には、成長痛が治まった後も3~4年は厳しいトレーニングを行なわせなかった。高校時代のウェイトトレーニングは、ごく軽いもので形を指導し、ジャンプ、ダッシュなども量を少なくして行なわせた。
それでも高校時代のハンマー投げで、広治は信じられないような記録を出した。
大学に入ってからは、ウェイトトレーニングも本格的に行なわせるつもりだったが、ヘルニアになったため、1年間ほとんどウェイトトレーニングはできなかった。ヘルニアが治って、少しずつウェイトトレーニングやジャンプ、そしてダッシュが行なえるようになった。
広治が大学3年生で72m台を投げたときの体重は、76~77㎏しかなく、この体型ではさすがに世界へ出ていくことは難しいと思った。しかし予想に反して、大学を卒業して4年目で、広治の記録はなんと80mを超えた。
このときの体重も90㎏程度で、世界のハンマー投げ関係者は、その細い体型で80mを投げたことに驚いていた。その後も広治は、オリンピックや世界選手権で優勝するが、あの体型なら、ハンマー投げ以外でも、世界の一線で活躍できた種目は多くあったように思う。
体操選手とバスケットボール選手の体型は違う
娘の由佳も、体型面で息子以上に不向きな投擲種目を選んだ。170㎝で65㎏弱。身長はまだしも、体重が少な過ぎる。重いものを投げる投擲種目では、体重が少ないということは、筋力が不足していることになるからだ。
それでもオリンピックや世界選手権に出場できたということは、由佳もジャンプ力やダッシュ力、そして技術力が優れていたためである。
ほかの競技では、たとえば体操選手とバスケットボール選手の体型は、明らかに異なりを見せる。
これらのことからも、それぞれの種目において、強い選手はどのような体型をしているかを調べておく必要がある。世界を狙うのであれば、世界の選手の、その種目の体型を調べる。
だが体型は、成長期前にはわからない。そのためにも、成長する前に多くの種目を行なって、どのような種目に向いているかを知っておく必要がある。
だが私の息子や娘のように、投擲種目に向いていないと思っていても、オリンピックや世界選手権で優勝、そして出場することもあるので、体型のみで推し量ることはできない。
感覚
赤ちゃんがハイハイを始め、つかまり立ちをして歩くまでの動作は、先天的な運動感覚によるものと思われる。その後は随意に行動していく中で運動感覚は身につく。この随意の運動は後天的と言える。
また運動感覚の多くは、いったん覚えてしまうと忘れない。たとえば自転車に乗ることができると、何年乗っていなくともその感覚が残っているため、また乗ることができる。
このため、それまで経験したことのない運動をできるだけ取り入れて行なうことにより、異なる感覚が増えて、動きの幅は広がる。
運動のパターンは、大きくは並進運動と回転運動に分けられ、そしてそのふたつをミックスした運動ということになる。
たとえば各種球技や陸上競技各種目、水泳、飛び込み、器械体操各種目、スケート、スキーなど、挙げればきりがないが、自らが経験していない運動を行なうことで、運動感覚の幅を広げておく。
さらにリズムに対する身体表現力(ダンスなど)や、動きの優れた選手の模倣、さらにトランポリンのような空間での身のこなしなども重要と思われる。これらの多様な感覚を身につけることにより、前後・左右・上下と立体的に、あらゆる方向に動いていける感覚を持つことになる。
どんなスポーツをやるにしても何らかのプラスがある。父兄の方々においても、子どもの育成のために是非検討していただきたい。多くの場合、最初から野球やサッカーだけでは、その感覚のみに終わってしまう。
競技者としての「動作の土台となる多くの感覚」というものがある。「身体の素養」と言ってもいいが、それを持っていないと、技術面の土台となる動作の発展を止めてしまうことになる。
投げひとつをとってもオーバーハンド、サイドスロー、そして、下から上に持って投げたり横に振ったりして投げる、突き出すといった具合に、投げ方はいろいろある。
それらに一通り習熟していることも「底辺となる感覚」の一部である。陸上の女子でやり投げの日本記録を持っていた、海老原有希という選手がいるが、彼女も小さいころ野球をやっていたようだ。オーバーハンドで投げる感覚が、やり投げにも生かされている好例である。
3,4歳から始めるのがよい
体力、体型が同じであったら、基本的な運動センスが豊富な人のほうが伸びてくると、私は思っている。そのために子どものうちに、身体を使ったいろいろな遊びをやらせてほしい。
遊び程度でよく、本格的にやらなくていい。感覚を覚えるための練習と考えてほしい。
またこれらの感覚づくりは、トレーニングではないので疲労感を伴わない。むしろ遊び感覚で行なうほうがよいと思われる。
感覚づくりは、専門種目を始める前に行なうことが望ましい。となると3、4歳くらいから始め、中学校に入学するまで、10年間の長きにわたり行なうことになる。
どうして私がその年代にこだわるかというと、私自身、子どものころにそのような感覚が備わっていなかったからである。
ハンマー投げの選手となってから、大きなスランプに遭遇したのもそのためであろう。もちろん、ハンマー投げという競技が、技術の難しい種目であったことも事実である。
私は大きなスランプに遭遇したときも、ハンマー投げの技術の研究と実践を繰り返すことで、乗り越えてきた。
さらに、専門以外の知識も必要だと思う。専門家は自分の専門だけ知っていればいいわけではなくて、世の中のいろいろなことを知る中で応用が利いてくる。
私も物理学という学問は専門外であるが、自分のやってきた投擲を見直すときに、物理の本を読んでマクロたる法則を見つけることができた。
現在も私はハンマー投げの指導をしているが、教えることの難しさは感じている。それは、選手に「ハンマーを遠くに飛ばすための感覚」が備わっていないことにある。
そのため、感覚養成のドリルを考案して行なわせるが、それでもできないことが多い。そこでさらに、新たなドリルを考える。しかしそれもうまくいく確率は低い。選手たちにもそれぞれ個性があるため、問題点もそれぞれ異なる。
写真/shutterstock
野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える
室伏重信
「アスリートから芸術家まで。今、困難を乗り越えて、何かを獲得しようとしている人々にとって示唆に富む本」室伏広治氏
◆内容◆
陸上競技ハンマー投げ選手としてアジア競技大会5連覇を達成し、「アジアの鉄人」と呼ばれた著者。競技者としてだけではなく、長男でアテネ五輪金メダリストの室伏広治をはじめ多くのアスリートを指導してきた。
著者は世界の強豪に比べれば決して恵まれた体格ではなかったと言うが、太い骨格に大きな手を備えた自身の肉体の特徴に「ネアンデルタール人」の面影を感じていたという。
そんな「ネアンデルタール人」の末裔(まつえい)として、今も指導する選手を通じ、会心の一投を追究する男が明かす競技人生とスポーツ哲学。
自他の才能を引き出す、究極のコーチングとは? 室伏広治との特別対談も収録。