「目的をもって、無理せず、繰り返す」一流アスリートが実践するトレーニングの原則が仕事にも活かせる単純な理由
「目的をもって、無理せず、繰り返す」一流アスリートが実践するトレーニングの原則が仕事にも活かせる単純な理由

アジア人として初めてハンマー投げ種目でオリンピック金メダルを獲得した室伏広治氏。広治氏の父で、現在も日本大学で指導を行う「アジアの鉄人」こと室伏重信氏はその生涯を通じて数多くのアスリートたちを指導してきた。

スポーツのみならず仕事にも活かせるその哲学とは?

多くのアスリートたちとのやり取りを通じて氏が確信したトレーニングに必要な原則を、『野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える』から一部抜粋・再構成しお届けする。

意識性の原則

私が長きにわたり指導をしてきた中で、多くの選手に欠けるものが、この「意識性」であるように思う。

目的を持ち、意識的にトレーニングをしている者と、漠然とトレーニングをしている者とでは、将来大きな差が生まれる。

私がかつて長いスランプを乗り越えられたのも、「考える(意識する)」ことを始めたからである。心・技・体・調(調整・コンディショニング)の大局から、細かい動きまで、ハンマー投げのパフォーマンスを高めるために考えて、そのアイディアを実践してきた。

そして指導者として今も、選手たちの向上のために考え続けている。これは、ハンマー投げが特に、難解な技術を要する競技だからであろうか。

そして、この「意識性の原則」は、指導者より選手自身が守るべきものである。これができない選手の多くは、既成概念が邪魔をしている場合が多い。

「虚心坦懐」という言葉があるように、先入観を捨てて柔軟な考え方を持つことである。選手自らが殻を破り、新たなものに挑戦していくクリエイターとならなければならない。

これを簡単な図式にしてみる。

意識して実践→成功または失敗→回路ができる→その回路が多いほど正確性は高まる

まずは自分の課題や目的を意識して、実践してみる。

すると、そこに「成功」または「失敗」という結果が出る。ここで失敗はダメかというと、そうではない。

失敗も成功もひとつの「回路」として残る。

成功そして失敗の回路を増やしていく。この回路が多くなればなるほど、技術の幅が広がり、成功の確率が増える。このような考え方で実践していくことが、意識そのもののレベルアップにつながる。

ハンマー投げだけでなく、ほかの多くの分野での成功においても、この「意識性の原則」は当てはまるはずだ。

漸進性(ぜんしんせい)の原則

「漸進性の原則」とは、無理せず焦らず、少しずつ進めなさいということである。「遅れを早く挽回したい」「より強くなりたい」と思う気持ちが引き金となって、この「漸進性の原則」を無視してしまうことが多い。

本来であれば、自らのペースで強化していくべきところを、故障あるいは病気でトレーニングを中断せざるを得ず、気持ちに余裕がなくなり、従来行なってきた以上のトレーニングを行なってしまう。

はじめはこなせても、病みあがりや故障後の身体は、一気に疲労感や倦怠感に襲われて体調を崩す。また病気や故障でなくとも、自己の記録を更新したい一心で、普段より質・量共に多いトレーニングをしてしまう。

一気にトレーニング量を増やすことによって、疲労困憊となり、逆にパフォーマンスを低下させる。

このようなときには、余裕を持ったトレーニングで慣らしていく。私もかつて、息子や娘にもそうさせた。腹八分目どころか、さらに練習量を少なくさせる。本人たちも心配になるほどに。

「漸進性の原則」は、日常生活のリハビリについても同じことが当てはまる。リハビリと同じように焦らず、少しずつ心と身体に弱い刺激をかけて、復帰していくことである。

反復性の原則

反復は「繰り返す」という意味である。トレーニングにおいての反復は、継続していくことの重要性を示す場合が多い。「トレーニングを継続するか、中止するか」ということになると、継続していくほうが成果はあるかもしれない。

しかし単なる継続であっては、心身における「極限までの高まり」には至らない。

肉体または精神に刺激を与える。その刺激に適応させるために反復はある。そして適応したならば、反復は終了である。

しかし適応したものを維持するには、反復を続けなければならない。またその上をめざすのであれば、さらに強い刺激に適応させるための反復を行なう。

また異なる種類の刺激にも適応させるために反復する。私の場合、競技力を高めるため、何種類もの刺激や強度を増し反復させた。またそれを1日のトレーニングの中で行なうこともあった。

この「反復性の原則」は一般社会でも多く活用されている。その多くは、その人を新たな刺激に適応させるためにある。語学のリスニングやシャドーイングなども「刺激への対応」にあたるだろう。

もちろん、「今、自分に適応させようとしているものは何か?」をよく知って、行なうことが重要となる。

これらのトレーニングの原則は、スポーツのみならず、あらゆる分野に効果をもたらす。そしてこれら「意識性の原則」「漸進性の原則」「反復性の原則」は、そのときの自分の目的を達成させるためのツールなのである。

写真/shutterstock

野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える

室伏重信
「目的をもって、無理せず、繰り返す」一流アスリートが実践するトレーニングの原則が仕事にも活かせる単純な理由
野性のスポーツ哲学 「ネアンデルタール人」はこう考える
2025年3月17日発売1,045円(税込)新書判/208ページISBN: 978-4-08-721356-0

「アスリートから芸術家まで。

今、困難を乗り越えて、何かを獲得しようとしている人々にとって示唆に富む本」室伏広治氏

◆内容◆
陸上競技ハンマー投げ選手としてアジア競技大会5連覇を達成し、「アジアの鉄人」と呼ばれた著者。競技者としてだけではなく、長男でアテネ五輪金メダリストの室伏広治をはじめ多くのアスリートを指導してきた。
著者は世界の強豪に比べれば決して恵まれた体格ではなかったと言うが、太い骨格に大きな手を備えた自身の肉体の特徴に「ネアンデルタール人」の面影を感じていたという。
そんな「ネアンデルタール人」の末裔(まつえい)として、今も指導する選手を通じ、会心の一投を追究する男が明かす競技人生とスポーツ哲学。
自他の才能を引き出す、究極のコーチングとは? 室伏広治との特別対談も収録。

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