〈東京都で初の赤ちゃんポスト設置〉大都市での運用開始、そのメリットと懸念点…全国初の熊本では17年間で179人が利用
〈東京都で初の赤ちゃんポスト設置〉大都市での運用開始、そのメリットと懸念点…全国初の熊本では17年間で179人が利用

東京都墨田区の社会福祉法人「賛育会」は、親が育てられない子どもを匿名で預かる「赤ちゃんポスト」の運用を2025年3月末から開始した。さらに妊婦が医療機関以外に身元を明かさずに出産する「内密出産」も同時に始め、いずれも熊本につづき、全国で2例目となる。

地方ではなく都心部で「赤ちゃんポスト」を運用することのメリットや課題とは。

東京・墨田区で「赤ちゃんポスト」設置

東京都墨田区の社会福祉法人「賛育会」は、区内にある「賛育会病院」内に「赤ちゃんポスト」を設置し、2025年3月31日から運用を開始した。

「赤ちゃんポスト」とは、親が育てられない子どもを匿名で預かる場所。賛育会の通称「ベビーバスケット」では、24時間出入りが可能な入院棟の1階に専用の部屋を設け、赤ちゃん用のベッドも設置。

対象は生後4週間以内の新生児で、病院は赤ちゃんを保護した後、一定期間預かったのち、児童相談所が中心となって乳児院や里親につなぐ流れとなっている。

さらに「賛育会」では、予期せぬ妊娠などで子どもを育てることが難しい女性が、医療機関以外に身元を明かさずに出産する「内密出産」の事業も同時に開始。「赤ちゃんポスト」と「内密出産」の同時運用は、2007年に熊本市の慈恵病院が開始したのにつづき、全国で2例目となる。設置した賛育会病院の賀藤均院長はその意図を話す。

「赤ちゃんの遺棄や虐待死など痛ましい事件が後を絶ちません。こうした事態を回避するための緊急、かつ最終的な手段として、また行政機関や民間の関係団体と連携して、ゆくゆくはこのプロジェクトを必要としない社会を目指し、職員一同取り組んでいきたい」

全国で2例目となった「赤ちゃんポスト」だが、熊本の慈恵病院とは異なり、大都市・東京で運用することへのメリットや課題について、近畿大学総合社会学部の齋藤曉子准教授に話を聞いた。 

都心での運用上の課題

「最も大きなメリットは、施設へのアクセシビリティの向上です。利便性のある場所に設立されることで、ニーズがありつつも施設が遠いために利用できなかった未成年や経済的に困窮している女性たちが利用しやすくなることが期待できます」

熊本の慈恵病院では運用開始から昨年3月末までの17年間で、179人の子どもが預けられ、このうち29人の子どもが関東地方在住の人によって預けられたことが分かっている。一方、アクセス面の向上により、懸念点も想定されている。

「事業規模を超える利用者拡大の可能性があり、東京のような人口の多い地域で利用者の匿名性を担保する運用は、地方よりも配慮が必要となるでしょう」

「賛育会病院」のベビーバスケットに近い出入り口には、場所を知らせるための緑のランプが常時、点灯しているが、夜間も人通りが多い都心部にあるため、SNSなどによって個人が特定されるトラブルにつながりかねないなど、懸念の声もあがっている。

実際に、先駆者である熊本の慈恵病院は開設後、運営上でどのような課題に直面したのか。

「最も大きな課題は、『赤ちゃんポスト』『内密出産』が、ニーズがあり、非常に公共性が高く、母子の生存に関わる取り組みであるにもかかわらず、いち医療法人に個人情報の取り扱いや費用負担を委ねているという点です」

本来は公的な支援で対応するべき取り組みを、民間が「緊急避難」として応じている状況のため、法律や行政に関わる課題の面で困難が生じているという。

「親の匿名性を守る一方で、子ども自身が自らの“出自を知る権利”がどこまで保障されるのかが課題となっています。法務省の『内密出産のガイドライン』で個人情報の開示が前提とされていますが、赤ちゃんポストを利用する緊急時の妊婦には困難であることから、慈恵病院と熊本市が共同で作った検討会で、新たな法整備が必要だと指摘されています」

求められる国の対応

 慈恵病院が直面する運営上の課題は、東京の賛育会にも共通している。賛育会は母子の個人情報の取り扱いについて「東京都と協議しながら進めていく」とのことだが、法整備に関わる問題は、自治体レベルでの抜本的な対応は困難とみられる。

「本来、『親の状況にかかわらず、産まれた子どもたちが安全に育つ最低限の環境を保証する』役割は国にあり、少数の民間法人や特定の地方自治体の対応では限界があります。痛ましい乳児の遺棄事件が後を絶たず、逼迫した問題をかかえる妊婦が全国にいることを考えると、国レベルでの対応が必要でしょう」

具体的に母子を守るため、国に求められることとは何なのか。

「一つ目は、実態に見合った母子の個人情報の取り扱い方針の策定です。子どもたちが安全に産まれることを最優先しつつ、日本の先駆的な事例を参考にしながら、慎重な議論のもとにより現実的なガイドラインを策定することが望まれます。

二つ目は、内密出産の制度化の検討です。病院は事業の委託先として、公的に制度設計を行ない負担を担保することで、全国での対応施設が増加し、児童養護施設との接続が容易にもなり、困窮する母親への福祉サービスの提供が可能になるなど、支援の幅が拡大すると考えられます」

さらに齋藤准教授は、出産以前の相談支援の重要性について訴える。

「実際に、慈恵病院には妊娠中の女性からの問い合わせもよせられています。

全国に1600か所以上配置されているドイツの妊娠相談所のように、相談窓口が身近な地域に設けられることが望ましいです。

『赤ちゃんポスト』や『内密出産』を利用する女性は、複合的な問題をかかえ社会的に孤立しているケースもあり、地域の包括的な支援を通じていち早く福祉・医療サービスにつなげる必要があります。そのことにより、彼女たちの出産だけでなく産まれてくる子どもたちのリスクを減らすことができるのではないでしょうか」

熊本につづき、運用が始まった東京・墨田区の「赤ちゃんポスト」と「内密出産」の取り組み。母子の安全や個人情報を守るため、民間だけでなく、行政、国との三位一体の連携が求められてくる。

取材・文/集英社オンライン編集部

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