
欧米と日本の働き方にはなぜこれほど大きな違いがあるのか。職能等級制度や年功序列の給与体系から「雇用のカリスマ」が紐解く。
『静かな退職という働き方』より一部抜粋・再構成してお届けする。
日本は「ポストが無限大に発生する」仕組み
日本の正社員の年収は若年時に低く、シニアになると高くなる。だとすると、シニアの高年収には年齢以外の「理由」が必要となります。その理由として機能してきたのが職能等級制度であり、それにより「能力が高い(だから給与も高い)」となったわけです。
この職能等級というものは、実に不思議な制度です。たとえば学級委員というのは、クラスに1人と決まっています。クラスのまとめ役であり、このポストは1人です。これならば、適任者を選んでそれで終わりとなり、多くの人は、たとえ有能で人望が厚くてもなれません。これが「ポストを基本にした人事」です。
ところが、これを「学級委員にふさわしい能力がある人」という制度に変えたらどうでしょう。1つのクラスに何人でも「学級委員相応」の人が現れてしまうでしょう。そして、その「相応者」を決めるのが、選挙ではなく「先生の評価」だったらどうでしょう?
学級委員になりたい人は、先生の覚えを良くしようと必死になりますよね。
職能等級制度はこれと似ています。
昇級するからキャリアの危機が訪れる
職能等級が上がると、その「高い」と認定された能力にふさわしい仕事が任されることになります。等級が高くとも、「課長」など目に見えるポストがない場合は、「課長相応」「スペシャリスト」として、部下の指導や課長の補佐など1つ格上の仕事が任されるようになっていく。
そうするとどうでしょう? 末端の実務からはだんだん離れていくわけです。それが、すなわち、キャリアの危機を引き起こすことにつながります。
まず、日常的にこなす実務は減る。営業なら売上活動、内勤なら事務作業という「明らかに会社に実利をもたらしている」業務が少なくなっていくでしょう。その結果、不況で仕事が減った時など、「大して実務をしていないのに、高給なシニアは要らない」という話が出る。だから日本では、シニアが真っ先にリストラの対象となるのです。
また、今の世の中、テクノロジーの進歩が速まり、法律や倫理規定なども頻繁に更新されるため、随時、新たな知識が必要となります。事務ならもちろんのこと、営業でも利用していたガジェットやツールが刷新されることはままあるでしょう。
ただ、そうした進化・変化も、日々の単位に落としてみれば、ほんの小さな業務変更であり、それが積み重なることで、気づくと仕事風景が大きく変わっています。
そうなると、「自分はもう現場には戻れない」というプレッシャーが生まれ、会社にしがみつく気持ちが強まるのです。
それでも、首筋に冷たさを感じると、転職も視野に入れざるを得なくなり出します。そうした時に、転職エージェントを訪ねれば、「実務能力が低い」「アウトプットの割に年収が高すぎる」という厳しい評価を間違いなく受けることになるでしょう。
結果はますます会社にしがみつくことになる。これが職能等級に沿って昇級・昇給を繰り返したシニアの行く末です。
欧米ではシニアは歓迎され、若者が苦しむ
年収が「上がらない」欧米の一般労働者には、こうした「シニアのキャリア危機」は全く見られません。彼らは、年収が上がらない分、役職定年や定年再雇用などで年収が下がることもなく、安定した生活を送り続けられます。
そして、「若者と大差ない安い賃金で働いてくれて、教育投資も不要で、危なっかしいこともしないから、リスク管理も少なくて済む」ということで、欧米ではシニア労働者が優遇されているのです。こうした長期勤続者優遇を「シニオリティ(先任権)」と呼び、内規・協約などに明記している企業や国も多く、法律にして、解雇時の保護を謳っている国さえ少なくありません。
つまり、日本と真逆なのですね。
新卒未経験者など職にありつけない欧州
日本の正社員の「上がり続ける給料」という仕組みは、逆に言えば、若年者の年収を抑えられるということにもなります。そのため、日本では「安い」若年労働者を欲しがる企業が多く、それが、新卒大量採用という、これまた世にも稀な慣行を維持させる原動力となっています。
未経験で何の熟練もない大学新卒者が歓迎されること自体、欧州では「珍しい」ことなのです。
欧州の場合だと、大学時代に授業の合間や休暇を利用して、長時間×長期間の企業実習を何回もこなしながら腕を磨き、その延長で「職を得る」のが基本となります。
フランスの場合、在学中(欧州の大学は3年制)の企業実習期間は平均で14カ月!それでも職が見つからない場合は、公的職業(見習い)訓練を受けるのですが、この場合、訓練とは名ばかりで、企業に派遣されてかなり粗く「こき使われ」ながら、仕事を覚えることになります。
どちらの場合も、極めて低い賃金しかもらえません。たとえばフランスだと在学中の企業実習は最低賃金の1/3、公的職業訓練は21歳以上でも最低賃金の53%、ドイツのデュアルシステムでは最低賃金の45%となっています。
ちなみに、こうした職業訓練の期間は、独仏ともに2~3年のケースが多くなっています。最低賃金が欧州の場合、時給2000円ほどと高いのですが、それでも、フルタイムワーク(年1500時間)した場合の年収は、フランスなら160万円弱、ドイツだと135万円にしかなりません。
あの物価のバカ高い欧州で、日本の初任給の半額ももらえないのです。まさに、欧州は若者に冷たいと言えるでしょう。
文/海老原嗣生 写真/shutterstock
『静かな退職という働き方』(PHP研究所)
海老原嗣生
「静かな退職」――アメリカのキャリアコーチが発信し始めた「Quiet Quitting」の和訳で、企業を辞めるつもりはないものの、出世を目指してがむしゃらに働きはせず、最低限やるべき業務をやるだけの状態である。
「働いてはいるけれど、積極的に仕事の意義を見出していない」のだから、退職と同じという意味で「静かな退職」なのだ。
・言われた仕事はやるが、会社への過剰な奉仕はしたくない。
・社内の面倒くさい付き合いは可能な限り断る。
・上司や顧客の不合理な要望は受け入れない。
・残業は最小限にとどめ、有給休暇もしっかり取る。
こんな社員に対して、旧来の働き方に慣れたミドルは納得がいかず、軋轢が増えていると言われる。会社へのエンゲージメントが下がれば、生産性が下がり、会社としての目標数値の達成もおぼつかなくなるから当然である。
そこで著者は、「静かな退職」が生まれた社会の構造変化を解説するとともに、管理職、企業側はどのように対処すればよいのかを述べる。また「静かな退職」を選択したビジネスパーソンの行動指針、収入を含めたライフプランを提案する。
また「静かな退職」が、少子高齢化や男女共同参画といった政府が直面する課題にどのような影響をもたらすかも著す。
「静かな退職」は、非難されるべき働き方なのか、それともビジネスパーソンの「忙しい毎日」を変える福音となるのか――「雇用のカリスマ」が解き明かす。
◎手を抜けば抜くほど「労働生産性」は上がる
◎業績に関係ない努力が信奉される異常
◎日本型賞与も「忙しい毎日」の保全ツール
◎副業は残業割り増しを超えなければ意味がない
◎ヒラ社員でも高すぎるミドルの年収
◎「静かな退職」コースを軟着陸させるには