
『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと、その妻・暢(のぶ)の夫婦をモデルに描く2025年度前期の朝ドラ『あんぱん』。初回放送では地元・高知地区で総合視聴率41.6%をたたき出すほどの注目度の高さを誇った。
豪華キャストに加え、アンパンマンキャラが反映された登場人物やサブタイトルの意味など、SNSでも話題にあがるテーマや今後の展開を脚本家・中園ミホ氏に聞いた。(前後編の後編)
豪華なキャスト陣の印象は?
――今回、放送100年とあって、とても豪華なキャスト陣が揃っていますが、嵩の父親・清役の二宮和也さんは回想シーンのみ、ヒロイン・のぶの父親・結太郎役の加瀬亮さんもわずか4話で旅立たれるなど、「贅沢な出演の仕方」がSNSでも話題になっています。
中園ミホ(以下、同) 通常キャストの希望を伝えても叶わないことの方が多いんですが、今回は次々決まっていって、私もびっくりしました。
みなさんの本当に素晴らしい演技と、さまざまなプロの手が加わることで、私の想像していた世界が何十倍にも広がり、毎回驚いています。
――のぶを演じる今田美桜さんの印象はいかがですか。
今田さんとはドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日)でもご一緒して、とても素直で性格のいい方。
「はちきん(土佐弁で男勝りの意味)おのぶ」は、気が強くて、演じる女優さんによっては少しうっとうしいと思われそうな役柄ですが、今田さんだからこそ信頼して書いています。
――嵩(たかし)を演じる北村匠海さんの印象はいかがでしょうか。
第1回の冒頭シーンを見たとき、「えっ、これやなせさんじゃない?」って鳥肌が立ちました。若い北村さんがどうやって役作りをされたのか分かりませんが、中年のやなせさんが乗り移ったみたいに、気配がやなせさんそのもので、とても驚きました。
2人の演技が素晴らしく、どんどん映像が豊かになっていますし、ずっと見ていたいです。
「アンパンマン」キャラ反映の配役が話題
――ドキンちゃんのモデルは妻・暢さんと言われていますが、回を重ねるごとに嵩(たかし)の母・登美子さん(松嶋菜々子)にもドキンちゃん要素が入っているように感じられますが、いかがでしょうか。
やなせさんの生前の発言から、ドキンちゃんのモデルは「お母さん」説と、「暢さん」説があって、バタコさんのモデルも「暢さん」ということをおっしゃっています。
女の人って、ドキンちゃんみたいに好奇心旺盛でわがままな面と、バタコさんみたいにいつもニコニコ優しく支えてくれる面と、いろんな面を持っていますよね。
やなせさんのお母さんと、妻の暢さんは似ていたのかもしれませんね。暢さんはバタコさんの要素もある方だったんじゃないでしょうか。
――のぶの母・羽多子(江口のりこ)が「バタコさん」、パン職人の屋村草吉(阿倍サダヲ)が「ジャムおじさん」と、アンパンマンのキャラが反映された配役が話題となっていますが、今後もこうした登場人物が続々と登場するのでしょうか。
最近はネット上で話題になっているそうですが、私の初稿にはどんな小さな役柄でも全部、アンパンマンのキャラクターを当てはめて書いているんです。
「この人はロールパンナちゃん」「この3人はてんどんまん、カツドンマン、かまめしどん」とか(笑)。朝ドラの執筆はとにかくきついので、そうやって楽しみを作って一生懸命書いています。
――ズバリ、中園さんの好きな「アンパンマン」のキャラクターは?
ドキンちゃんですね。欲望に正直で我が道を行くところや、周囲を振り回す感じが好きです。あとは「いつもお腹空いた~」って言っているところも、私と似ていて共感します。
今は、キャラクターに気持ちがどんどん入ってしまっている状態で、ロールパンナちゃんを見ただけで涙腺が緩んでしまいます(笑)。
「やなせたかしを描くことは、戦争を描くこと」
――史実では、やなせ夫妻は戦後の高知新聞で出会いますが、2人を幼馴染の設定にしたのは何か理由があるのでしょうか。
やなせさんに子ども時代のことを聞いたことがあるのですが、「気が弱くて、男の子っぽい遊びはしてなくて、いつも女の子と遊んでいた」とおっしゃっていたのが、強烈に私の中に残っていたんです。
やなせさん自身、早くに父親を亡くし、複雑な生い立ちなので、幼少期はとても寂しかったんじゃないかと思うのです。二人を幼馴染の設定にしたのは、やなせさんの傍には、元気で明るい女の子がいてくれたらいいな、という私の願望も入っています。
――嵩とのぶが幼馴染から恋愛関係に発展していく様子を描くうえで、心がけたことはありますか。
2人の間では、きっとこういう会話がされていたんじゃないかなと創造を膨らませて書いていたら、自然と恋に落ちました。そこは自信があります(笑)。本来、ラブストーリーを書くのは大好きなので、久々に大恋愛物を書きました。見どころです。
――アンパンマン誕生の背景にもなった第二次世界大戦のシーンはどのように描くのか。そこに込めた想いをお聞かせください。
今年は戦後80年でもあり、やなせさんの人生を描くことは、戦争を描くことでもあります。やなせさん自身、激しい戦闘に巻き込まれたわけではありませんが、それでも生前「戦争は大っ嫌いだ」と言い続けた方でした。
そして飢えることがいかに辛いことかをいろんな作品で残しています。
――第一週が「人間なんてさみしいね」、第二週が「フシアワセさん今日は」と、従来の朝ドラらしからぬサブタイトルでしたが、どういう意図があったのでしょうか。
何も失わない人生ってないですよね。のぶも嵩もお父さんを早くに亡くし、いろんな別れを経験しています。何度も大切なものを失い、深い悲しみを乗り越えてきたからアンパンマンが生まれたんです。
やなせさんはすごく明るくて冗談が好きな方でした。そして、人生は辛いことがあるから、楽しい物語や音楽が必要だということを誰よりも感じていた方だと、私は思います。
深い悲しみを味わわなければ、喜びも幸せも分からない。それがやなせさんの作風であり、人生だと思うのです。その精神を大切に今後も書いています。
――最後に物語全体の見どころを教えてください。
“正義は逆転する”という重いテーマでもありますが、青春や恋愛などいろんな要素が入っています。
物語が進むにつれ、どんどん史実に忠実になっていくので、アンパンマンがどのように生まれたのか、そこも楽しんでほしいですね。多くの人にやなせさんの精神そのものを知ってもらいたいと願っています。
取材・文/木下未希