
マイクロソフトのビル・ゲイツ、アマゾンのジェフ・ベゾス、メタ社のマーク・ザッカーバーグ、オラクル創業者のラリー・エリソン、ブルームバーグのマイケル・ブルームバーグ……彼らを筆頭とする世界でもっとも富裕な8名の個人資産を合わせると、約48兆6000億円。これは世界人口の36億7500万人分の資産の合計と同じ額だという。
内田樹氏の書籍『沈む祖国を救うには』より一部を抜粋・再構成し「テック・ジャイアント」というリスクについて解説する。
「テック・ジャイアント」というリスク
公共の空洞化を加速しているのは、グローバル企業のうちでもとりわけ「テック・ジャイアント(Tech-Giants)」と呼ばれる巨大IT企業である。
カール・ロイズ『「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』(東洋経済新報社)、ジョエル・コトキン『新しい封建制がやってくるグローバル中流階級への警告』(東洋経済新報社)などの書物は、テック・ジャイアントがウェストファリア・システム(※主権国家同士が協力して世界の平和を維持するシステム)と民主政にもたらすリスクについて警鐘を鳴らしている。
テック・ジャイアントはすでに中規模国の国家予算に匹敵する資産を有している。GAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)の純資産の合計はフランスのGDPと変わらない。
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスの個人資産は2080億ドル(約33兆2800億円)、テスラのCEOイーロン・マスクの個人資産は1870億ドル(29兆9200億円)。
少し前に世界で最も富裕な8人の個人資産は、下位の36億人の所得と同じという驚くべき統計が示された。世界の富の大半が超富裕層に排他的に蓄積されるという傾向はますます加速している。
そればかりではない。テック・ジャイアントの先端技術には現在の世界秩序を根底から揺るがすリスクがある。
AI搭載兵器は戦争の形態を一変させるかも知れない。
ディープフェイクと国民監視システムは民主政を破壊するかも知れない。
技術革新は大規模な雇用喪失をもたらすかも知れない。
どの場合でも、テクノロジーの進化がもたらすメリットよりもそれがもたらすリスクの方が大きい。
テクノロジーの進化は自然過程であり、誰にも止められないとこれまでは考えられてきた。楽観的な進歩史観が科学技術については信じられてきた。けれども、それを信じない人たちが登場してきた。この傾向は「テクノ・プルデンシャリズム」(techno-prudentialism/技術的慎重主義)と呼ばれる。
テクノロジーの進化がもたらすリスクの大きさ
「人類にもたらす被害が大きい可能性がある技術については、その野放図な進歩を止めるべきだ」というものである。「その科学技術が人類にもたらすベネフィットよりも、それがもたらすリスクの方が大きいテクノロジー」については開発に抑制的であるべきだというのは当然のことである。
それでも、人類が生き延びるためにはテクノロジーの進化を一時停止させて、少し冷静になった方がいいということを当のテクノロジー先進国の人々が言い出したということには、少し驚いた方がいい。そこまでテクノロジーは暴走してきているのである。
では、どうやってリスクの高いテクノロジーの開発を抑制できるのか。問題はそこである。
だから、技術の進歩を抑止するためにもし国際会議を開催する必要が生じた場合には、テック・ジャイアントのメンバーを会議の席に列国政府と同じステイタスで招かざるを得ない。
彼らの協力がなければもう現行の国際秩序を維持することができない以上、テック・ジャイアントのCEOや開発責任者を他国の大統領や首相と同格の政治プレーヤーとして遇するしかない。
皮肉な話だが、「人類にとって危険なテクノロジー」の開発者はその「功績」によって、国際会議では、一国の元首のような扱いを受けることになるのである。
テック・ジャイアントが民主政にとってのリスクである理由はそれだけではない。もう一つのリスクは超富裕層が民主国家の仕事を代行するかも知れないということである。
「別に民主制なんて要らない」という話になる
ビル・ゲイツ、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグらの大富豪は2010年から大規模な社会貢献キャンペーンを始め、気候変動・教育・貧困対策などに関わるプロジェクトのために数千億ドル(数十兆円)を供出した。
今どきの超富裕層は「意識が高く(woke)」、貧困や疾病に苦しむ人々対しても同情的な「政治的に正しい」ふるまいを選好するらしい。
これまでの民主政であれば、市民は自分たちの代表者を議会に送り、法律をつくり、政府がそれを実行するという手間暇をかけなければならなかった。
だが、テック・ジャイアントたちを「領主」として頂く「新しい封建制」なら、「領主」さまに直接請願して、「いいよ」と言ってもらうとたちまち望みがかなう。
民主主義の煩瑣な手続きを踏むよりも、テック・ジャイアントから「富のおこぼれ」を恵んでもらう方が話が早い。
だったら、「別に民主制なんて要らない」という話になる。
民主政を迂回するより、「領主」さまの膝にとりすがって「ご主人さまの食卓から落ちてくるパンくず」(カール・ロイズ)を当てにする方が現実的だということになる。
民主政の主権者としてふるまうより、無力な平民として「心優しい領主」のお慈悲を乞う方がはやく幸福になれる。そんな考え方が広がれば、民主政は終わる。コトキンが「新しい封建制」と呼んだのは、このような未来社会のことである。
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沈む祖国を救うには
内田樹
なぜ日本はこんなにも「冷たい国」になったのだろう――
物価上昇にステルス増税、政財界の癒着、そしてマスメディアの機能不全……
激動の国際社会の中で、沈みゆく「祖国」に未来はあるか!?
ウチダ流「救国論」最新刊!!
ここ数年で、加速度的に「冷たい国」になってしまった日本。
混迷を極める永田町、拡大する経済格差、税の不均衡、レベルが落ちた教育界など問題が山積となっている。
また、アメリカの新大統領がトランプに決まり、国際情勢も先行きが不安定である。
生活苦しい国民に手を差し伸べることのない冷たい国で、生き抜いていくためにはどうしたらいいのか……。
この「沈みゆく国」で、どう自分らしく生きるかを模索する一冊!
<項目>
★「観光立国」という安全保障
★「最終学歴がアメリカ」を誇る、残念な人々
★ 加速する「新聞」の落日
★「食糧自給率」が低い――その思想的な要因
★ 第二期トランプ政権誕生の「最悪のシナリオ」
★ 民主政の「未熟なかたち」と「成熟したかたち」
★「自民党一強」の終焉
★ 80年後に残る都市は「東京」と福岡のみ
★ 今、中高生に伝えたいこと ……etc.
<本文より>
今の日本は「泥舟」状態です。一日ごとに沈んでいるし、沈む速度がしだいに加速している。
もちろん、どんな国にも盛衰の周期はあります。勢いのよいときもあるし、あまりぱっとしないときもある。それは仕方がありません。
勢いのいいときに「どうしてわが国はこんなに国力が向上しているのだろう」と沈思黙考する人はいません。そんなことを考えている暇があったら、自分のやりたいことをどんどんやればいい。でも、国運が衰えてきたときには、「どうしてこんなことになったのか?」という問いを少なくとも、その国の「大人」たちは自分に向けなければいけません。【中略】 読者の中には、読んでいるうちに「自分こそが祖国に救いの手を差し伸べる『大人』にならないといけないのかな……」と思って、唇をかみしめるというようなリアクションをする人が出て来るような気がします。そういうふうに救国の使命感をおのれの双肩に感じる読者を一人でも見出すために僕はこれらの文章を書いたのかも知れません。 ――「まえがき」一部抜粋