「法を犯しても処罰されず、裏金も課税されず、失政をしてもメディアから追及されない」日本は「縁故主義」と「部族民主主義」によって「三流独裁国」に転落してしまうのか
「法を犯しても処罰されず、裏金も課税されず、失政をしてもメディアから追及されない」日本は「縁故主義」と「部族民主主義」によって「三流独裁国」に転落してしまうのか

「法を犯しても処罰されず、裏金も課税されず、失政をしてもメディアから追及されない」これはどこぞの後進国の話でなはい。ここ十数年、一部の自民党員たちが享受してきた特権である。

なぜこんなにも日本の政治は没落し続けているのだろうか?

 

思想家の内田樹氏の最新著者『沈む祖国を救うには』より一部を抜粋・再構成し、三流独裁国に成り下がり始めている日本の未来を憂う。

「三流独裁国」に転落しつつある日本

日本は「縁故主義」と「部族民主主義」によって、今や「三流独裁国」に転落しつつある。自民党の世襲議員たちは縁故がらみの部族を形成して、国民から供託された公権力を私利のために用い、公金を私物化している。

そんな無法ができるのは、エスタブリッシュメントのメンバーたちがお互いに融通を図り、連携を密にして、相互扶助ネットワークを形成しているからである。

エスタブリッシュメントは緊密に連帯している。一方、貧しい国民は「自己責任」を求められ、分断し孤立している。奇妙な話だが、そうなのだ。

歴史を顧みても、富裕層、権力者はつねに相互扶助の仕組みを作り、その恩恵を享受している。

それに対して、貧しい大衆は「世の中に連帯などというものはない。全員が自己利益の最大化をめざして競争しているのだ」というイデオロギーを吹き込まれ、それを信じて、苛烈な競争に投じられ、お互いの足を引っ張り合い、公共財の分配に与ることができず、政治的に無力な状態に釘付けにされる。

勘違いしている人が多いが、今の日本社会は全員が弱肉強食の競争に投じられているわけではない。

エスタブリッシュメントはメンバー同士の相互扶助ネットワークを形成して、その政治的・経済的リスクをカバーするという共同作業を愚直に行っている。そのおかげで、エスタブリッシュメントのメンバーに登録されれば、法を犯しても処罰されず、裏金を懐に入れても課税されず、どれほど失政をしてもメディアは報道しない……という特権を享受できる。

一方、貧しく無力な大衆たちには「勝った者が総取りして、負けたものは自己責任で路頭で野垂れ死にするしかない」という新自由主義イデオロギーが選択的にアナウンスされる。

エスタブリッシュメントは「新自由主義」イデオロギーを宣布しているけれども、自分自身はそれを信じていない。これは貧乏人向けのイデオロギーなのである。

貧乏人たちが決してその階層を離脱して、社会的上昇を遂げることができないように、貧乏人を無力な地位にとどめおくためにきわめて効果的なイデオロギーなのである。

エスタブリッシュメントにももちろんその特権に引き換えに義務は課されている。彼らには職業選択の自由も、移動の自由も、言論の自由もない。

自分の部族に忠誠を誓い、部族から命じられた役割を忠実に演じ、その代償として権力と富の分配に与っているからである。だが、その恩恵があまりに豊かなので、彼らは自分たちの自由を犠牲にしても、彼らの「小さな公共」に忠誠を誓っているのである。

国民の多数が貧しく、政治的に無力な状態

ブルジョワジーは連帯し、プロレタリアは孤立している。昔からそれは変わらない。だから、マルクスは「万国のプロレタリア、連帯せよ」と『共産党宣言』の最後で獅子吼したのである。

ブルジョワジーは国境を越えて連帯しているのに、プロレタリアは国境線で分断されている。マルクスはそのことを指摘したのである。



今の日本のように国民の多数が貧しく、政治的に無力な状態に置かれていれば、統治コストは安く上がる。

支配層が公共財を私物化しても、公権力を私事に利用しても、異議を申し立てる人がいない。エスタブリッシュメントにしてみたら、まことに暮らしやすい社会である。問題は、そんな社会からはもう「新しいもの」は何も生まれてこないということである。

支配層が公共財をひたすら私財に付け替えているうちに、その集団の公共財はどんどん乏しくなってゆく。

ある集団の貧富を決定するのは、その集団の最も豊かな者の私財の額ではない。集団全員がアクセスできる公共財(コモン)の多寡である。

1%の富裕層が天文学的な個人資産を持ち、残りの99%が貧困である社会を「豊かな社会」とは呼ばない。集団の貧富を決定するのは、その集団の資産総額ではない。その資産のうちどれほどが公共に供託されているかである。

まだ日本にはいくらでも「売れるもの」がある

ヨーロッパ中世にあった「コモン」というのは村落共同体の共有地のことだが、そこで村人たちは自由に放牧をしたり、狩猟や漁撈をしたり、果実や野草を採取する権利があった。

だから、たとえ個人資産が乏しくても、コモンが豊かであれば、生活に窮することはなかった。

けれども、「囲い込み(enclosure)」によって、富裕な人々が共有地を買い上げて、彼らの私有地とすると同時に村落共同体は解体し、村人たちは貧困化して、都市に流入して、「労働力の他に売るものを持たない」プロレタリアというものになった。



日本人もコモンを失い続けている。それが日本が貧しくなっているということの実相である。

このような体制が続けば、日本の国力はどこまでも失われてゆく。でも、エスタブリッシュメントはそんなことは別に気にしていない。彼らにしてみたら「国」なんてどうなってもよいのである。

まだ日本にはいくらでも「売れるもの」がある。

土地も売れるし、観光資源も売れるし、水も売れるし、社会的インフラも売れる。

それを外資に売り払って、私財に付け替えていれば、日本が沈む時に、自分たちだけはハワイでもシンガポールでもカナダでも逃げ出して、日本を売った代価で孫の代くらいまでなら優雅に暮らせる。

だから、彼らははやばやと資産を海外に移し、海外に家を買い、海外でビジネスを展開して、「泥船」から逃げ出す準備だけはしっかり済ませている。

それでもぎりぎりまで「泥船」に踏みとどまるのは、まだまだ持ち出せる「宝」が日本列島には山のように残っているからである。それを洗いざらい持ち出した後に、自分たち専用の「救命ボート」で逃げ出すつもりでいる。

「愛国心」はプロパガンダで生まれるものではない

もう「日本」という政治単位そのものの土台が崩れようとしている。排外主義の亢進(こうしん)は「国が壊れる」ことへの恐怖心が生み出したものなのだが、別に移民や外国人が日本を壊していると彼らだって思っているわけではない。

日本を壊しているのは日本人自身であるということはレイシストだってだってわかっている。

中国脅威論や移民亡国論のような排外主義的な言説がこれからますます猖獗(しょうけつ)を極めると思うけれども、国を壊している当の自民党が国民に向かって「愛国心を持て」などと口走っている。いったい、どの口が言うのか。

本当に愛国心を涵養(かんよう)したいのなら、「世界のどの国にも住みたくない。何がなんでもこの国で暮らしたい」と全国民が思えるほど居心地のよい国をつくればいい。

それなら国民は自分の国を守るためになら何でもしようと思うだろう。税金だって喜んで払うし、国旗にも敬意を示すだろう。愛国心はプロパガンダで生まれるものではない。

それに日本はまだまだ捨てたものではない。各地で、「小さな公共」を手作りしている人たちがいる。

私が個人的に存じ上げている中にも、北九州で「抱樸」というホームレス支援活動をしている奥田知志牧師や、関西で「D×P」という10代の少年少女を支援している今井紀明さんのように身銭を切って「公共」を立ち上げ、孤立した貧しい人たちを相互支援ネットワークに包摂するために活動している人たちがいる。

私は彼らの運動と組織を高く評価するけれど、それは何よりも彼らが「公共」を再構築しようとしているからである。

小さな公共を創り出そうとしているからである。

これらの小さな運動を少しずつ広げ、つなげて、全国に広がるゆるやかなネットワークを創り出すこと、近代の復興のために私が思いつけるのはそれくらいである。日本の未来はたしかに明るくはないけれど、希望がまったくないわけではない。(2024年7月11日)

写真/shutterstock

沈む祖国を救うには

内田樹
「法を犯しても処罰されず、裏金も課税されず、失政をしてもメディアから追及されない」日本は「縁故主義」と「部族民主主義」によって「三流独裁国」に転落してしまうのか
沈む祖国を救うには
2025/3/271,100円(税込)208ページISBN: 978-4838775293

なぜ日本はこんなにも「冷たい国」になったのだろう――
物価上昇にステルス増税、政財界の癒着、そしてマスメディアの機能不全……
激動の国際社会の中で、沈みゆく「祖国」に未来はあるか!?
ウチダ流「救国論」最新刊!!


ここ数年で、加速度的に「冷たい国」になってしまった日本。
混迷を極める永田町、拡大する経済格差、税の不均衡、レベルが落ちた教育界など問題が山積となっている。
また、アメリカの新大統領がトランプに決まり、国際情勢も先行きが不安定である。
生活苦しい国民に手を差し伸べることのない冷たい国で、生き抜いていくためにはどうしたらいいのか……。
この「沈みゆく国」で、どう自分らしく生きるかを模索する一冊!

<項目>
★「観光立国」という安全保障
★「最終学歴がアメリカ」を誇る、残念な人々
★ 加速する「新聞」の落日
★「食糧自給率」が低い――その思想的な要因
★ 第二期トランプ政権誕生の「最悪のシナリオ」
★ 民主政の「未熟なかたち」と「成熟したかたち」
★「自民党一強」の終焉
★ 80年後に残る都市は「東京」と福岡のみ
★ 今、中高生に伝えたいこと ……etc.

<本文より>
今の日本は「泥舟」状態です。一日ごとに沈んでいるし、沈む速度がしだいに加速している。
もちろん、どんな国にも盛衰の周期はあります。勢いのよいときもあるし、あまりぱっとしないときもある。それは仕方がありません。

国の勢いというのは、無数のファクターの複合的な効果として現れる集団的な現象ですから、個人の努力や工夫では簡単には方向転換することはできません。歴史的趨勢にはなかなか抗えない。
勢いのいいときに「どうしてわが国はこんなに国力が向上しているのだろう」と沈思黙考する人はいません。そんなことを考えている暇があったら、自分のやりたいことをどんどんやればいい。でも、国運が衰えてきたときには、「どうしてこんなことになったのか?」という問いを少なくとも、その国の「大人」たちは自分に向けなければいけません。【中略】 読者の中には、読んでいるうちに「自分こそが祖国に救いの手を差し伸べる『大人』にならないといけないのかな……」と思って、唇をかみしめるというようなリアクションをする人が出て来るような気がします。そういうふうに救国の使命感をおのれの双肩に感じる読者を一人でも見出すために僕はこれらの文章を書いたのかも知れません。 ――「まえがき」一部抜粋

<目次>
第1部 冷たい国の課題
 第1章 衰退国家の現在地
 第2章 世界の中を彷徨う日本
 第3章 温かい国への道程
第2部 冷たい国からの脱却
 第4章 社会資本を豊かにするために
 第5章 教育と自由

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