「コーヒーを1滴でも飲むと動悸がして…」ズブの素人から運送業を始めた元K-1王者・卜部弘嵩…ストレスで不眠に陥ったときに支えとなったもの
「コーヒーを1滴でも飲むと動悸がして…」ズブの素人から運送業を始めた元K-1王者・卜部弘嵩…ストレスで不眠に陥ったときに支えとなったもの

7歳で空手を始め、18歳でプロキックボクサーに。26歳で『K-1 WORLD GP』('18年)スーパー・フェザー級世界王者となった卜部弘嵩(36)。

3年前に現役を引退し、現在は『マルト便運輸倉庫』の代表取締役として物流業界で奔走している。その挑戦を支える家族の存在について話を聞いた。(前後編の後編) 

妻・高橋ユウとの運命的な出会い

モデルで女優の妻・高橋ユウが、卜部の勇姿に一目惚れしたのは『K-1 WORLD GP 2017 JAPAN ~初代ライト級王座決定トーナメント~』('17年2月)。姉・高橋メアリージュンに連れられて初めて観戦したK-1だった。

「まさかっていう感じでしたね。自分も、好きな女性のタイプには“高橋ユウ”を挙げていましたから」

少女漫画のような運命的な出会いから、二人は交際へ。翌年には『行列のできる法律相談所』で公開プロポーズ。

「メディアに出ることが好きとかいうわけでもないんですが。ただ、『行列のできる法律相談所』でプロポーズなんて、普通はできない貴重な経験じゃないですか。恥ずかしいというより、チャンスをもらえたと思いました。結婚後に『新婚さんいらっしゃい!』に出演したのは、家族の思い出のひとつとして形に残ればいいなと思ったんです」

ふたりの息子に恵まれ、社長業の傍ら父親としても奮闘している。

高橋ユウのYouTube『ユウちゃんねる』では、ワンオペでの1日子育ての様子も公開。慣れた様子で5歳の禅清(ぜんせい)君&2歳の倫壽(りんじゅ)君の面倒をみている。

「いや、もうめっちゃ大変ですよ。YouTubeでは強がったことを言ってますけど。子どものことを見ながらの料理、洗濯、掃除。全然できないし、まったく自分に使う時間がない。改めて、世の中のお母さんたちは本当にすごいなと思っています」

とにこやかに話すが、ワンオペ育児を引き受け、こなせる夫はそう多くはないだろう。

「でも、年に数回ですよ。それに、子どものことを全部妻に任せっきりってわけにもいかない。ウチにはウチの家族の形があるので。僕も妻もお互い、仕事を頑張っているので、バランスを見ながら。妻が地方に行くような仕事のときは、スケジュールがわりと事前にわかるので、そこはすぐ僕のほうで調整します」

かつて卜部はブログで、“「我が子には格闘家の道に進んでほしくない」とその親心を明かしていた。

「やはり怪我が多い競技なので。でも息子の成長とともに、どこかでやらせたい気持ちも沸いてきて、葛藤しています(笑)。

今、空手を少し教えているんですが、ケンカに使うのではなく、武道から礼節や礼儀を学んでくれたらいいなと思っています」

「家族がいなかったら、絶対に頑張れなかった」

現在は、現役を引退し、自身が立ち上げた物流業に力を注いでいる卜部だが、我が子に会社を継いで欲しいと思うのだろうか。

「それはまったく思ってないですね。自分の好きなことを職業に選んで欲しいなと思ってます」

そもそも、卜部がセカンドキャリアに物流業を選んだとき、妻の高橋ユウはどんな反応をしたのだろう?

「相談したとき、妻は間違いなく不安に思ったはずですが、応援してくれました。僕にとって家族はいちばん信用している人たちで、いろんな意味で心を許せる人。実の親や弟に対するものとも違うし、それ以上。それを超えた信頼が妻と僕の子どもにはあります」

そして、会社設立3年目の苦境を振り返る。

「すごく苦しい局面がたくさんあって。ここ乗り切らないと、本当に会社はやばいなと思っていました。ストレスと重圧がのしかかり、突然コーヒーが飲めなくなりました。今でも1滴でも飲むと動悸がして、手が震えちゃうんですけど。

その時期はやっぱり、眠れなかったです。やっと眠っても、悪夢を見たかのようにパッと夜中に起きてしまう。

そんなとき、横では子どもと妻がスヤスヤと寝ていて。その姿を見ると“負けるわけにはいかない”“悲しい思いをさせちゃいけない”って心底思いました。家族がいなかったら、絶対に頑張れなかった」

自分ひとりでは出せない強いパワーが、家族のためであれば生み出せる。背負うことで強くなれたと卜部はしみじみ語る。社長として、夫として、父親として、今後どうありたいと思っているのだろう?

「物流の世界での僕は、格闘技で言うなら1戦目、2戦目くらいの新人ファイターです。まだランキングにも入れていないですけど、ここから頑張って、いずれは業界を盛り上げられるようになれたらと頑張ってます。そして僕に関わる人が幸せになったらいいなと思います。やっぱりウチの会社に入ってくれたからには、他社よりも絶対に幸せだと実感してほしい。

父親としては、そうですね。子どもって、僕が言ったことをすごく覚えている。5歳でも、しっかり考えているんでしょうね。僕はもっと言葉で伝えたいし、言ったことをちゃんと実行している姿、頑張っている姿を父親として見せ続けたいですね、絶対に」

そう言って、目尻を下げた。

格闘家ではなくなった今も、卜部は戦い続けている。

前編はこちら

取材・文/池谷百合子 撮影/廣瀬靖士

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