横綱・豊昇龍と綱取りの懸かる大の里…「横綱として相応しい相撲」とは何か? 昇進の条件となる「成績要件」と「品格要件」
横綱・豊昇龍と綱取りの懸かる大の里…「横綱として相応しい相撲」とは何か? 昇進の条件となる「成績要件」と「品格要件」

大相撲5月場所が盛況だ。連日満員御礼の中、二人の関取に注目が集まる。

横綱昇進後、二場所目となる横綱・豊昇龍と、横綱昇進を懸ける大関・大の里だ。相撲ライターの西尾克洋氏が「横綱」とは何かを解説する。

5月場所で考えさせられる「横綱」の相撲とは

5月場所の話題の中心は大の里の綱取りといっていいだろう。

先場所、12勝3敗で優勝している大の里は「2場所連続優勝ないしはそれに準じた成績」という横綱昇進の内規を考慮すると、5月場所の成績次第では綱取りが懸かる非常に大事な場所である。大の里が今場所で綱取りとなれば、初土俵から所要13場所での横綱昇進となり、昭和以降で羽黒山、照国の16場所を抜き最速記録となる。

序盤戦となる4日目までに先場所で敗れた力士がすべて登場するという試練にも負けず、大の里は安定感のある取組で乗り切り、10日目まで無傷の10連勝となっている。

立ち合いに圧力をかけ、右を差して左でおっつけて素早く決めるというのが大の里の絶対的な形だが、立ち合いで先手を取られると引いて墓穴を掘るという脆さもあり、デビューから史上最速での横綱昇進は時期尚早ではないかという見方もあったほどである。

しかし、ここまでの大の里は立ち合いから自分の形を作るという取組がそれほど多くない。圧力を掛けながら攻めを受け、止めたところで反撃する。相手の動きと戦略をよく考えた相撲を取っているのだ。これにはNHKで解説を務める中村親方(元関脇・嘉風)も「大の里は今場所強く当たりに行っておらず、二の矢で攻めている」と分析している。

一方で、先場所から横綱として初めての場所を迎えた豊昇龍にも大きな注目が集まっている。というのも先場所は5勝4敗と苦戦し、横綱初場所としては1986年の双羽黒以来となる途中休場を余儀なくされたからだ。



今場所も苦戦すると横綱として苦しい立場に追い込まれる可能性もある中で、3日目から王鵬、阿炎に連敗。大の里とは対照的に序盤で窮地に追い込まれたが、そこから立て直して逆転優勝を狙える位置で踏みとどまっている。

豊昇龍は横綱昇進当初「負けない相撲」を掲げて大関の頃とは少し異なる相撲を取っていたが、昨今は立ち合いから張り差しを選択しているように、自分の相撲を強く出し攻め切る形に帰結しているように見受けられる。

綱取りを懸ける大の里がどちらかといえば「負けない相撲」を進化させ、横綱に昇進して負けない相撲を目指していた豊昇龍がかつての「攻めの相撲」をしているというのは興味深いところだ。

そんな二人を見ていると、横綱に求められる相撲とは何かを考えさせられる。

「横綱として相応しくない相撲がある」

というのも、豊昇龍が勝った時の取組内容や取組後のふるまいに対して「横綱に相応しい品格ではない」という批判を解説者や好角家から受けることが少なからずあるからだ。

強い相撲の例えとして「横綱相撲」という表現があるが、実際の大相撲においてそれは果たしてどのようなものなのだろうか。

素晴らしい横綱相撲として称賛されるのは、相手の相撲を受け止めてそれを上回るというスタイルではないかと思う。これに該当するのはかつての大横綱である双葉山、大鵬、貴乃花、そして年間86勝4敗という記録を2年連続で残した時の白鵬だろう。

横綱として相手に攻めさせ、技術と経験、そして力で上回る。その姿には気品があり、そして美しさもあることは間違いない。白鵬も双葉山の相撲を研究する中で「後の先」というキーワードを口にしていた時期もあった。

これは相手より一瞬遅れて立つものの、その分、相手をよく見て自分が先手を取って攻めかかる立ち合いのことで、強い力士の一つのスタイルといって差し支えないのではないかと思う。



ただ、このような相撲は誰もが取れるものではない。

国民栄誉賞も受賞した元横綱・千代の富士は体格に恵まれていなかったこともあり、頭を付けての速攻と、「ウルフスペシャル」と呼ばれる豪快な投げが一つのスタイルだったし、朝青龍は曙や武蔵丸などハワイ勢に代表される巨漢力士の時代にスピードで革命をもたらした。

このようにそれぞれに合った相撲があるのだが、横綱は勝って当たり前、負けると批判を受けるという特殊な地位でもあり、ただ勝つこと以上のものが求められる。

「横綱として相応しくない相撲がある」

そうした言葉とともに、特に相手の動きを立ち合いから止める張り差しやかち上げ、虚を突くための変化を繰り出すと、どうしても批判の声は大きくなってしまう。

大相撲のルールで、これらは特に制限されるものではない。現に小兵や下位の力士が格上の力士を相手にこうした相撲を取ると非常に盛り上がることもある。

「成績要件」と「品格要件」

これについては「ルールで問題ないのだから、批判されるのはお門違いだ」という人もいるが、横綱昇進の内規には「成績要件」と「品格要件」があるのだ。

品格については豊昇龍が取組前に厳しい表情を作ることに関して、今場所8日目のトークショーで元大乃国の芝田山親方(元横綱・大乃国)は「相手に一点集中するのはいいけど、横綱なんだから淡々と仕切ってほしい。(相手を)睨んだりするのは、横綱としての品位を欠くものではないかと。そこははっきり言わせてもらう」と指摘している。

これは、かつて元横綱・朝青龍が相次ぐ不祥事の際に批判されたことでクローズアップされたこともあり、以降の横綱については品格をそれまで以上に求められたため、土俵外の態度についてはもちろん、相撲内容に対しても厳しく見られるようになったと感じる。

横綱に対する批判について違和感を感じたり、反論があることもある。



しかし、横綱は強くて当然。
さらに、横綱としての相撲と品格が求められる。
そういうものなのだ。

求められる横綱像に寄り添いながら愛される横綱に豊昇龍はなれるのか。そして、大の里は今場所の綱取りで世間の求める横綱相撲を習得し、品格も含めて条件を満たすことが出来るのだろうか。

取材・文/西尾克洋

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