
コメ価格が高騰して庶民の生活を圧迫している。これは単なる市場の気まぐれではなく農政に対する政府の長年の怠慢であると指摘するのは経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏だ。
「自由化すれば農業が崩壊する」保護派が繰り返す虚偽のナラティブ
日本の農政は半世紀近くにわたり、保護主義と統制の虜であり続けてきた。市場原理に基づく改革はことごとく骨抜きにされ、補助金と制度的温室に守られた農業構造が既得権益として温存されてきた。
こうした硬直した構造のもとで小泉進次郎氏が農林水産大臣に就任した。大臣本人は「備蓄米を放出する」との方針で短期的な市場の混乱をしのごうとしているが、これがきっかけに、政府による農家統制が終わることはなさそうだ。
農政において自由化と市場競争を導入した国々の成功は数多い。ニュージーランドは1980年代に補助金を全面廃止し、市場原理に即した農業へと転換した。その結果、畜産や園芸部門は輸出競争力を飛躍的に高めた。
同様に、チリは貿易自由化を通じて果実やワインの大規模輸出国へと成長した。こうした事例は「自由化すれば農業が崩壊する」といった日本の保護派が繰り返す虚偽のナラティブを打ち砕く。
世界銀行とOECDが共同編集した『Agricultural Trade Reform and the Doha Development Agenda』は、こうした改革の有効性を徹底的に数量化している。
最も高い経済的損失をもたらしているのは「関税」
同研究は、世界銀行とOECDの経済学者が共同執筆し、数量モデルに基づく政策評価を行った国際標準の研究である。各国の成功・失敗事例を含み、日本の農政改革にも定量的根拠として適用可能な実証的信頼性を持っている。
この分析では、関税、国内支持(政府が国内の農業生産者を支援するために行う幅広い政策の総称)、輸出補助金という三つの柱のうち、最も高い経済的損失をもたらしているのは「関税」であることがわかっている。
農業保護政策が世界全体の効率損失の63%を占めており、補助金や輸出支援はそれぞれ5%以下であると報告されている。つまり、日本のように農産物の市場アクセスを制度的に遮断している国は、他国の改革効果を享受するどころか、自ら損失を拡大させている。
つまり、おコメの関税は何かを守っているようで、実態は、日本の農家を弱体化させ、日本人の財布に損失を与えているのだ。
世界銀行による試算では、日本のような先進国が高関税・高補助の農業政策を維持した場合、農業以外の産業への資源移動が妨げられ、経済全体としての生産性向上が抑制される。
価格支持型の補助金は「見せかけの自由化」に利用される危険
加えて、価格支持制度によって消費者が支払う価格が引き上げられることも明らかになっている。たとえばOECD諸国における農業生産者支援額(PSE)は、1986~1988年に2,400億ドル、2001~2003年でもほぼ同額で推移しており、制度的な変化が乏しいことが示されている。
さらに、価格支持型の補助金は「見せかけの自由化」に利用される危険もある。OECDの報告によれば、多くの国が名目上は補助金を削減しているが、実際には支払基準や参照価格の設定を巧妙に操作し、補助の総量を維持しているという。
これは「緑の箱」政策に名を借りた制度的詐術であり、改革を妨げる最大の要因となっている。
こうした状況を前に、小泉氏によって「改革」が実施できるのか極めて疑わしい。旧来の統制構造の中で、備蓄米の放出や食料支援の名目で市場介入を行う姿勢は、過去の自民党政権と何ら変わるところがない。
農協改革を口にしながらも、政治的対立を避けるために中途半端な調整案に終始した過去の二の舞となる可能性が高い。むしろ改革を掲げながら保護主義を温存するという「看板のすり替え」が行われる危険すらある。
農業を成長産業にしたいのであれば、必要なのは補助金の額ではなく、競争環境である。
小泉氏の本気度がまだ見えない
とくに日本のように、中間流通業者に高いマージンが集中する構造は、価格の上昇を招くだけでなく、生産者の創意工夫を削ぐ原因にもなる。
農業者が市場からの価格シグナルを正確に受け取り、それに基づいて生産判断を下せる環境がなければ、どれほど新技術や機械化が進んでも競争力は生まれない。
にもかかわらず、小泉氏からはまだ「制度の土台を壊す意志」が感じられない。農業者を保護する制度を強化しながら、表層的な言葉で改革を装うのであれば、むしろ旧態依然とした利害調整型農政を継続する意思表明に等しいことになる。
小泉進次郎氏が本気で農政を「変える」つもりで農水大臣を引き受けたのであれば、まず向き合うべきなのは、日本の農業政策がどれほど経済的にムダを生んでいるかという現実である。今の農政の仕組みは、行政が価格や生産量を操作し、市場の力を抑え込んでいる。
その結果として、競争が起こらず、生産性が上がらないまま多額の税金が費やされている。この「非効率」の問題は、単なる理屈ではない。
世界銀行が行った詳細なシミュレーション分析によって、自由な農業貿易を実現すれば、世界全体で年間約2,900億ドルもの経済的な利益が得られると試算されている。
そのうち63%もの効果は「農業にかけられた関税をなくすこと」から生まれるというのである。これは先進国、つまり日本のような国にとって大きなメリットとなる。
実際の市場開放には結びつかない形が制度として固定化
この結果の背景には、農業関税に関する制度的な構造の歪みがある。日本を含む先進国においては、実際に適用されている関税率と、WTO上で約束された上限税率との間に大きな差が存在する。
平均で27%と設定されている上限税率に対し、実際に適用されている税率はおよそ14%にすぎない。この構造的な差を「バインディング・オーバーハング」と呼ぶ。
制度上は高い関税を残したまま、表面上の削減を演出する手法が温存されている。数字を動かしているように見せかけながら、実際の市場開放には結びつかない形が制度として固定化されている。
このような帳簿上の関税改革が、どれほど制度の自由化を阻害しているかについても、世界銀行の比較分析が存在する。段階的に関税を削減していく方式と、一律に同じ割合で削減する方式を比較したところ、後者でも実質的な自由化効果は十分に達成可能であるという結果が導き出されている。
農業において関税率が極端に高い品目については、例えば200%の上限を設定するという手法を併用することで、自由化の効果は大きく拡大するという試算もある。
地球環境にも、財布にもやさしくない「レジ袋有料化」
農業政策の改革を演出として終わらせないためには、数字の帳尻合わせではなく、関税制度そのものの構造を見直すことが必要である。
適用税率と上限税率の乖離を是正し、例外品目に逃げ込む余地をなくさなければ、真の意味での市場開放には到達しない。農業に特別な保護を加えることで現場を守っているという構図自体が、実は生産者の自立を妨げ、納税者の負担を増やしている。
農業を強くするという意思を持つならば、まず制度の歪みを正し、実効的な市場競争の導入に踏み込むべきである。農政における「本当の改革」は、既得権の再配分ではなく、既得権の解体に他ならない。
筆者も、政府の政策に対して意見をしてきたが、かつて農政の改革をしようとし、かつ既得権益たちにボロボロにされ頓挫した経歴を持つ小泉進次郎氏に関しては、一縷の望みを持っている。
レジ袋有料化、環境税増税の推進などロクなことをしてこなかったが、それにおいて大きな批判を受け、本人としても失地挽回の気持ちはあるのだと信じたい。
いよいよ、国民の前でうまく実績をアピールできれば総理大臣への道が現実のものとなってきたわけだが、やったことといえば「有料レジ袋」という、地球環境にも、日本人の財布にもやさしくないことが判明している実績しかない人物が、本当にコメの値段を下げることができるのだろうか。ここでまともな改革ができないなら、一生、できないだろう。
文/小倉健一