
日本にとってももはや決して対岸の火事ではない。日本以上の速度で少子高齢化が進む韓国では、「移民による混乱」「首都圏の超一極集中」といった問題に直面している。
『縮む韓国 苦悩のゆくえ 超少子高齢化、移民、一極集中』より一部抜粋・再構成してお届けする。
外国人労働者は韓国へ…「時給は500円差」嘆く日本
2024年5月、外国人労働者を受け入れ、企業に派遣している団体で働く旧知の男性と電話で話していたときのことだ。
「造船業界で、韓国のアジア人材の囲い込みがえげつない」。彼の「えげつない」という一言が、記者の印象に強く残った。
詳しく聞いてみた。8月、広島県内の造船や溶接など4社にインドネシアの10人を派遣する予定だったが、うち5人が採用を辞退したという。
のちに、韓国の造船会社にごっそりと引き抜かれたことが判明した。
「こちらが提示した時給は1200円。韓国側は1700円。持って行かれてもしょうがない。昔はこんなことなかった」。彼はそう嘆いた。
日本と韓国の間で、アジア各国からの労働者の「争奪戦」が起きているのだろうか。
ものづくりの現場で実際に確かめたい。記者は造船業が盛んな瀬戸内海の因島(広島県尾道市)に向かった。
訪れたのは、造船のほか、金属加工など13社が入る因島鉄工業団地協同組合。船体をパーツごとに分解した船体ブロックの生産量はいまでも日本一だ。団地内で働く700人弱のうち、外国人が約270人を占める。インドネシア人が最も多く、100人近い。午後5時を回ると、外国人の労働者が自転車で続々と正門から出て、帰宅していく。
翌日、工場団地内にある因島鉄工を訪ねた。船体ブロックや製缶機械をつくる工場だ。インドネシア人ら約60人の外国人の労働者は欠かせない存在となっている。最近、イスラム教が定めるお祈りの際に体の一部を水で洗う「お清め」の場を増やした。
溶接職の外国人労働者チームを束ねるスワトノさん(37)に取材した。インドネシア人で、初来日は08年。一時帰国をはさんで、技能実習生などとして計6年間、同社で働いた。23年5月、技術力の向上などが認められ、より長く滞在できる「特定技能」という在留資格を得て戻ってきた。
スワトノさんに「韓国に行くことを考えませんでしたか?」と聞いてみた。すると、滑らかな日本語で「ありません。若くないし、これから韓国語を覚えるのはしんどいです」。
一方で「韓国は残業があるから給料が高いと聞いています。最近、インドネシアから韓国に行く人が増えています」とも話した。やはり、韓国の人気が高まっているようだ。取材を進めるなかで、記者はこんな話も耳にしていた。
「情報交換しませんか」。ある日本の造船会社の幹部のもとに24年初め、韓国の大手造船所の関係者からアプローチがあった。会ってみると、「人手を確保するにはアジアのどこの国にいけばいいか」とアドバイスを求められたという。ライバルの日本企業に相談するほど、韓国の造船会社も人手不足に悩んでいる姿がにじむ。
若者はソウルへ穴を埋める外国人労働者
アジア各国の労働者の出稼ぎ先として存在感を高める韓国。背景には、世界でも異例の速さで進む「超少子化」と働き手の不足がある。
韓国では今、外国人労働者に対して永住への道も広げようとしている。「仕事がきつい」といったイメージから韓国人が敬遠しがちな造船業界に限らず、幅広い分野でアジアから労働者を引き込むことが目的だ。
韓国には04年から「雇用許可制」という仕組みがある。政府管理のもとで外国人の労働者の受け入れを進めることが特徴だ。
その雇用許可制での受け入れが急速に拡大している。毎年、上限の人数を設定しており、22年は約7万人だったが、23年は12万人に増やした。さらに24年は16万5千人まで拡大し、人口が約2倍ある日本の技能実習制度の入国者数とほぼ同規模になった。
製造業や農畜産業、建設業などに加えて、「韓国料理店の厨房補助」で24年から試験導入する飲食店や、林業などにも対象を広げつつある。
ソウル近郊で、20年以上続く肉料理の店を営む男性(60)もアジアからの外国人労働者を雇うことにした。地元の常連客らに親しまれてきたが、ここ数年はいつも店員が足りず、ネットなどに求人広告を出しても、「まったく反応が得られない」のだという。タッチパネルの注文装置を入れるなどして省力化を図っているが、限界がある。
記者の取材に対し、男性は「韓国人が働いてくれないなら、店を続けていくには外国人を雇うしかない。来てくれれば、そりゃあ助かりますよ」と語った。
雇用許可制で韓国に滞在できるのは、最長4年10カ月を2回まで。ただ、経験を積んで一定の技能を身につけるといった条件を満たせば「熟練技能人材」という別の在留資格を得られ、永住への道も開ける。
23年にはこの資格をより得やすくし、人数の上限も22年の2千人から23年は3万5千人へと大幅に増やした。人手が足りない企業からの強い要望を受けたものだ。韓国は大学進学率が7割ほどに達するなど高学歴化が進んでおり、若者がめざすのは、もっぱらソウルに本社を置く名の知られた大企業だ。
一方で中小企業や地方の工場などは人材確保に苦しんでいる。
日韓人材争奪戦で優位に立つ韓国
ソウル近郊の華城市。金属加工の「HTM」ではベトナムとインドネシアから来た計13人が働く。うち1人がファン・ティン・フェンさん(39)。工場長を務めるベトナム出身の熟練技能人材だ。
08年に韓国に来た。同社では翌年から一時帰国をはさんでもう15年働いている。「来年には永住許可を申請しようと思っている」と話す。
最高経営責任者の閔必泓さん(48)は言う。「雇用許可制がないと中小企業は生きていけない。韓国では技能を持った人材も減っている。熟練労働者には永住権を提供するのは当然でしょう」期間限定の労働者としてではなく、永住を視野に入れた受け入れを増やすとなれば、「移民政策」へと踏み込むことを意味する。23年12月に韓東勲法相はこう述べている。
「移民政策を取り入れるかどうかを悩む段階は過ぎている。取り入れなければ、国家消滅の運命は避けられない」
日本と韓国は、いずれも外国人の働き手は東南アジアからの受け入れが多い。両国に働き手を送るミャンマーとネパールの人材会社の担当者は「海外での就労を希望する若者らの間では、韓国の人気が高まっている」と口をそろえる。
理由の一つが賃金だ。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの加藤真氏によると、23年の平均月給は日本の技能実習生が21.7万円、特定技能が23.5万円。それに対して、韓国は熟練度が低い労働者でも28.5万円だった。
韓国では24年の最低賃金が全国一律の9860ウォン(約1115円)で、最近の為替レートで比べれば日本で最も高い東京を上回るほどの水準だ。言葉の面でも、漢字とひらがな、カタカナが交じる日本語に比べ、韓国語はハングルだけで習得しやすいとの声が多い。
日韓のいずれも、外国人労働者の存在が不可欠な経済・社会になりつつある。
そのなかで、どちらが働き手に「選ばれる国」になるか。人材の争奪戦が激しくなりそうだ。
取材・文/朝日新聞取材班 写真/shutterstock
『縮む韓国 苦悩のゆくえ 超少子高齢化、移民、一極集中』(朝日新聞出版)
朝日新聞取材班