「2軍キャンプの初日に『これは無理だ!』」と思いました」元DeNA・高森勇旗、セカンドキャリアで成功の背景にプロでの“地獄の6年間”
「2軍キャンプの初日に『これは無理だ!』」と思いました」元DeNA・高森勇旗、セカンドキャリアで成功の背景にプロでの“地獄の6年間”

現在、企業のコンサルタントとして活躍する元プロ野球選手の高森勇旗氏。彼がビジネスシーンで生き抜くその礎をつくったのは、紛れもなくプロアスリートとして過ごした6年間の日々だった。

万年最下位だった横浜DeNAベイスターズの2軍生活とは。そして、彼が思うプロ野球選手のセカンドキャリアの“正解”を聞いた。〈前後編の後編〉 

2軍キャンプ初日で「これは無理だ!」

157名の選手が現役引退・戦力外通告となった昨シーズンのプロ野球界。そのうち、現役続行、コーチといったチームスタッフ、球団職員など、NPBやその他野球関係の進路を選んだのは123名だった。

その他21名が未定・不明で、残りの13名が一般企業への就職、起業、進学。つまり戦力外を受けた約10%が野球とは関係のない道を歩んでいる。

「野球しかやってこなかったのに大丈夫なの?」

そう思う人もいるだろう。もちろん、厳しい現実をつきつけられる元選手もいるかもしれない。しかし、プロの世界でしのぎを削った経験は間違いなく社会生活でも活きる。

それを証明したひとりが2012年にDeNAから戦力外通告を受けた高森勇旗氏だ。コンサル業で成功を収めた彼に、“地獄だった”選手生活について聞いた。

――2006年に高校生ドラフト4巡目で当時の横浜ベイスターズに入団。高校生からプロに入った選手は2軍ですらハイレベルすぎて自信を喪失するというのはよく聞きます。

高森さんも同じような経験を?

高森勇旗(以下、同) そうですね。僕はキャッチャーで入団したんですけど、2軍キャンプ初日で「この世界でやっていけるのかな……」ではなく、「これは無理だ!」と思いました(笑)。

――いったい何が……?

当時のベイスターズは万年最下位で2軍の選手なんて知らない人ばかり。なのに、僕の前で並んでいた先輩キャッチャーの(齋藤)俊雄さんや黒羽根(利規)さんから見たことのないセカンド送球が放たれて。

(ホームからセカンドまで)約38メートルもあるのにあまりにも球が伸びすぎるから、セカンドに入ってた同じく高卒ルーキーのカジ(梶谷隆幸)が捕れずに手首に当ててましたからね。

キャンプ後の(2軍本拠地の)横須賀では、調整の遅れた石井琢朗さんとブレイクスルー直前の内川(聖一)さんが打撃練習をしていたんですが、考えられない弾道で右へ左へすべてホームラン。ふたりともホームランバッターではないのにですよ。

「これがプロなんだ……」と絶望したのを覚えています。

 なぜスポーツエリートは大企業に就職できるのか

――すさまじい世界……。しかし、高森さんも2年目に2軍でサイクルヒットを達成すると、3年目には最多安打やビッグホープ賞を獲得。1軍の試合に初出場するなど、着実にステップアップしていました。

地獄のような毎日を過ごしてましたから。

600球くらい全力のフリーバッティングをやって、特守の後には1200球のティーバッティング。

その後にランニング、ロープ登り、懸垂、ウェイトやって夕食後に夜間練習……比喩ではなく、毎日、手が血だらけになってぶっ倒れてました

そんな毎日を送っていると、3か月で高校生がプロ野球選手になるんですよ。今でも当時のコーチたちに「こんなに練習したやつを知らない」って言われます。

――しかし、努力もむなしく2012年に戦力外通告を受けてしまいます。

2010年には同じ左打者のゴウ(筒香嘉智)が入ってきたりで2軍でも出番が減ってきて……。後から考えれば、もう少しで上(1軍)に呼ばれるという立場で運用上、仕方がなかったんですが、干されてると思って完全に気持ちが切れてしまい、そこから巻き返すのはもうムリでした。

――球界からは戦力外となりましたが、いまやビジネスシーンの第一線で活躍中。キャリアや人格形成に、6年間のプロ野球生活はどのような影響を与えたのでしょうか?

一言で言うなら挫折を味わえたことです。「あなたを必要としていません」とあれほどわかりやすく失格の烙印を押されて、それが新聞に載って全国に晒されるみたいな経験ってふつうの会社じゃありえないじゃないですか。

そこから第二の人生が始まるわけですから、ある種、ダメな自分を受け入れないとダメですよね。

――まさに高森さんの著書『降伏論 「できない自分」を受け入れる』ですね。大手広告代理店や商社などは、大学のスポーツエリートを採用するケースが多いようです。彼らもある種、プロになれなかった挫折組ですよね。

ある程度のレベルでスポーツをやっていた人って、世の中が不条理であることを知ってるんですよ。どんなに努力をしても生まれ持ったものを埋めることはできない。いくら平等とか公平とか言われていても、現実は違う。

そんな“無能”な自分を受け入れることが社会人としての第一歩だと思うんです。元アスリートはそのあたりがベースとしてインストールされているから、企業から重宝されるのかもしれませんね。

マー君とハンカチ王子、それぞれのセカンドキャリア

――高森さんは中高ともに成績はほぼオール5で勉学の道を志す選択もあった中でプロ野球選手になりました。その意味では野球の道を選んで正解だった?

それはわからないです。野球をやらずに学者として何か世界的な発見をして、ノーベル賞とか受賞してれば、「野球を選ばなくてよかった~」ってなってたかもしれない(笑)。

――プロ野球選手の中では珍しく学業が優秀ということで、他の選手と会話が噛み合わなかったりしなかったんですか?

プロ野球選手の言語って「スゴイ」「ヤバイ」「エグイ」の3つしかないんです(笑)。僕が相手投手の球筋を聞かれて「釣り糸で後ろから引っ張ったようなチェンジアップです」と言っても「お前の言ってることはよくわからん」となってしまう。そういう意味でのギャップはありましたよね。

ただ、彼らは言語で表現できないだけで、自分の頭の中にある映像のストックから球筋をイメージして、その球に対してどう身体を動かせばいいか……というのがすぐに体現できる特殊な感覚を持っています。

だからその感覚を言語化できるOBの方の解説は聞いていて非常におもしろい。桑田真澄さんとか工藤公康さんとかがそうですね。

――なるほど。

いずれにしても、高校卒業後にプロとして過ごした6年間は絶対ムダではなかったです。高卒からの6年ってちょうど大学と大学院を経て社会へ出ていく人たちと一緒。でもそういう人たちではまず得られないであろう経験はできましたから。

――高森さんはいわゆる“ハンカチ世代”。同級生にはいまだ現役の田中将大投手と、現在実業家として活躍する斎藤佑樹さんがいます。今やまったく別の道を歩むふたりですが、ボロボロになるまでやるのか、それともスパッと見切りをつけるのか、高森さんはどちらが正解だと思われますか?

どちらが正解なんてわかりません。ただ、野球選手ってやっぱりかっこいいなと思います。小さい頃から野球に膨大な時間を費やして、プロになっても身体がボロボロになりながら歯を食いしばって試合で結果を残す。結果が残せなければ何万人ものファンから誹謗中傷を浴びる。

お金を稼ぐことだけを考えたらこんなに非効率な仕事はないわけですよ。それでもスタジアムで名前をコールされてマウンドや打席に向かっていく後ろ姿を見ると、命が輝いてるなって。

ビジネスシーンで大金稼いでいても、命が腐ってる人っていっぱいいますからね。田中や斎藤もそれぞれの分野で命を燃やせばいいと思います。

昨シーズン引退・戦力外通告を受けた157名のプロ野球平均在籍年数は6.3年。高森氏もそれと同じ時間を過ごして社会へと羽ばたいた。命を燃やした経験がある彼らが、一般社会でも結果を残すのは、至極当然のように思えてくる。

前編はこちら

取材・文/武松佑季 撮影/矢島泰輔

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