
年間11兆を超え、これからも年々増え続けることが見込まれている介護費用。その大部分は、40歳以上が負担する介護保険料と公費で賄われている。
甚野博則著『衝撃ルポ 介護大崩壊』から抜粋・再構成して解説する。
ウソをついて介護保険の不正受給をする高齢者も
11兆5139億円─。これは厚生労働省が2024年9月に公表した、2023年度の介護費用だ。介護費用は、介護保険からの給付や利用者の負担を含めた額で、2023年度は前年度と比べて2.9%増え、過去最高を更新した。この額がどれほど大きいかといえば、2023年度の日本の国家予算が約114兆4000億円であったことを考えると、その10%近くにもなるのだ。
また2024年度の防衛費の予算が約7.9兆円という規模であることからも、介護費用がいかに巨額かイメージできる。今後も介護費用は増加していくと見られており、もはや介護費といわれる公費が出ていくことに歯止めがかからない状況だ。
私の手元に2分弱の動画がある。動画には、ピンク色の介護服を着た女性介護職員と、初老の男性がカラオケをしている様子が録画されている。これはある介護施設で録画され、施設の関係者が私に提供してくれたものだ。
「この動画はうちの施設にあるカラオケルームで録画したものです。男性は、こんなにお元気なのに要介護3なんです。
そう関係者が言うように、グレーのセーターを着た初老の男性は、小川知子と谷村新司のデュエット曲「忘れていいの」を熱唱していた。男性はリズムに合わせて身体を左右に揺らし、デュエット相手の女性職員と見つめ合う場面も。とにかく男性は気持ちよさそうだ。食事、排泄、入浴、移動などの日常生活の動作について、頻繁に介助を必要とする「要介護3」の状態にはとても見えないのである。
「この方は認知症もなくカラオケが大好きで、カラオケをしたいがために週5日、うちのデイサービスに通っていました。要介護3から介護度を下げられてしまうと、週5日通えなくなってしまうため、ケアマネから、『介護認定の調査では、歩けないと言いなさい』『送迎車の乗降は一人で歩いてできないと言いなさい』『トイレには行けず、ベッドの中で尿瓶を使っていると言いなさい』と指導されたと聞きました。嘘の申告をして、介護保険を不正受給してる疑いがあります。こんなことを放置していいのでしょうか」
関係者は怒りを込めて、こう続ける。
「重度の要介護の方が、実は健康で海外旅行に出かけたケースもあります。介助できる子どもがたくさんいるにもかかわらず、介護保険サービスを使って自宅にヘルパーを呼ぶ人など、介護保険が不正に使われている例はたくさんありますよ」
こうした人たちがどれほどいるか正確な数字は不明だが、約11兆5000億円もかかる介護費用のなかには、不正をしている人の費用も含まれている現状がある。
不正請求、虚偽答弁、虚偽申請、人員基準違反が横行
不正請求とは、実際には提供していない介護サービスを提供したと偽り、介護報酬を不正に請求する行為を指す。例えば、訪問介護の現場でヘルパーが実際には訪問していないにもかかわらず、サービスを提供したと虚偽の記録を作成して報酬を請求する事例が代表的である。また、提供されたサービスの時間や内容を誇張し、過剰に請求する「過剰請求」も広く行われている。
虚偽答弁は、監査や調査に対して事業者が意図的に虚偽の情報を提供する行為だ。これは不正を隠蔽するために行われ、介護サービスの適正な運営を妨げる。例えば、監査時に「すべてのサービスが適切に実施されている」と虚偽の説明をし、実際には基準に達していないサービスが提供されていたことが後から発覚するケースもある。
また虚偽申請とは、事業所が介護保険の認可や補助金を申請する際に、実際の状況と異なる内容を記載して申請を行うことである。これにより本来受け取るべきではない介護報酬や補助金を不正に取得する。例えば、介護施設が必要な人員基準を満たしていないにもかかわらず、基準を満たしていると虚偽の申請を行う事例が報告されている。
そして人員基準違反とは、介護サービスを提供する上で必要な最低限の人員を確保せずに運営を続ける行為である。介護施設では、看護師や介護職員が法令で定められた人数に達していないにもかかわらず、サービスを提供し続けることが少なくない。これは、サービスの質を著しく低下させ、高齢者の安全を脅かす重大な違反である。
厚労省の2022年度の報告によれば、1335件の監査が実施され、そのうち487件で改善報告が求められ、288件で改善勧告が行われた。しかし、これらの数字はあくまで監査が実施された事業所に限ったものであり、実際には監査すら行われていない事業所が多く存在する。とくに、全国の自治体のうち、約50.1%しか集団指導を実施していない現状を鑑みると、不正が行われている可能性がある施設はさらに多いのは言うまでもない。
デイサービスでも不正が
また、会計検査院が内閣に送付した「令和4年度決算検査報告」によると、介護保険に関する費用が本来よりも多く支払われていた事例が複数明らかになっている。全国各地の市区町村で、国から支払われる介護給付費や負担金の交付額が過大となっており、その総額は1億4844万円に達していた。この過剰な支出は、税金を使った国の支援制度の不備を浮き彫りにするもので、介護保険制度の問題点が改めて浮き彫りになった。
介護保険制度における費用は、利用者の保険料と税金で賄われる。具体的には、「介護給付費」として介護サービスの提供にかかる費用のうち、利用者の自己負担分を除いた部分を国と地方自治体が負担する。国の負担は25%、都道府県と市区町村がそれぞれ12.5%を負担し、残りの50%を介護保険料で賄う。
ところが、一部の市区町村では、介護給付費を計算する際に「施設介護」と「在宅介護」の区分を誤るケースがあった。これは本来、国の負担割合が低い施設介護サービスを、負担割合が高い在宅介護サービスとして計上したものであり、会計検査院の調査によってその実態が明らかになっている。
例えば、千葉県香取郡神崎町では、2016年度から19年度にかけて、施設介護の費用をすべて在宅介護として計上し、その結果、国からの負担金が483万円も過大に支払われていた。
また、通所介護(デイサービス)においても不正な加算が行われていたことが明らかになっている。18の事業者が基準を満たしていないにもかかわらず、理学療法士や看護職員が十分に配置されていない状態で加算を行い、その結果、75の市区町村で5722万円の過大支払いが発生した。このうち1653万円は国からの不正支出であった。
このような会計検査院の報告は、介護保険制度の運用において地方自治体や介護事業者が正確な処理を行っていないことを浮き彫りにしている。
文/甚野博則
『介護大崩壊』(宝島社新書)
甚野博則
「団塊の世代」必読! 知っておかないと「地獄」を見る、介護保険と介護現場のリアル。
絶望的な人手不足、高齢化する介護職員、虐待を放置する悪徳施設、介護保険と介護ビジネスを食い物にする輩――「団塊の世代」が全員75歳以上になる2025年は、「介護崩壊元年」とされるが、現場ではすでに崩壊は始まっている。介護する側も、される側も「地獄」状態なのが今の日本の介護システムである。大手メディアが報じないタブーな現場を徹底レポートする。