
介護施設で繰り返される不正と虐待……しかし、その告発を受けても行政が動かないケースもあるという。そして、行政処分を受けたとしても、悪徳業者はさまざまな方法を使って容易に復活できるというのだ。
その実態を、甚野博則著『衝撃ルポ 介護大崩壊』から抜粋・再構成して解説する。
不正の告発があっても動かない自治体も
奥歯にものが挟まったような言い方だが、行政は情報提供者に確たる証拠を持ち込んでもらわないと何もできないのが実態だろう。さらに別の市に勤務する介護職は、「証拠を持って行っても、担当者も面倒だと思うのか、不正を見て見ぬふりをする担当者もいます」と私に話していたことがあった。
関東地方に勤務する元介護職員は、こう話す。
「私が以前いた施設では、退職した職員を働いていることにして、1カ月間タイムカードを押し続けていました。社長の指示で当時の職員が行っていたのですが、明らかに不正行為です。私は職場を離れた後、こうした不正を市に内部告発しました。ことの経緯をまとめたメモと、退職した職員のタイムカードのコピー、それに担当税理士の連絡先まで市に提供しています。市の担当者は、証拠書類は受け取ったものの、その後どういう調査を行い、どうなったのかは一切明かしてくれませんでした」
この施設に行政処分が下った形跡はないため、結局、告発はうやむやにされたと思われる。調査をしたかさえも疑わしい。
さらに別の介護施設で働いていた元介護職員も、職場の不正を市に相談したが、担当者は平然と「今、手が回らない」と言い、そのまま放置されていると語っていた。
関西にある老人ホームでは、何者かに爆破予告をされたことがあった。施設の元スタッフはこう話す。
「施設のスタッフが市の介護担当部署の窓口に行って、爆破予告があったと聞いたが市として事実関係を把握しているのかと訊ねたそうです。すると事情を把握していなかった市の担当者が驚きのあまり立ち上がって、『えーっ!』とのけ反ってしまったそうです」
もちろん、きっちりと情報収集を行って対応している行政もあるのだろうが、こんな有様では、不正を行う施設はやりたい放題である。
告発を無視するのは論外だといえるが、問題が指摘されてから実際に監査が行われるまでにも時間がかかり、その間に証拠が消されてしまうことも少なくないのだ。
行政は介護施設に対して定期的に形式的な監査を行ってはいるものの、その実施率は驚くほど低い傾向にあるのが実情だ。
例えば、長崎県では2023年度の監査対象施設3434のうち、実際に監査が行われた施設は全体の約28.5%にとどまっており、多くの施設が対象外となっていた。このような状況では、実際にどれだけの不正が横行しているか把握することは難しい。監査が入らない施設は、そのまま問題が見過ごされ、不正が常態化するリスクが高いだろう。
現状では、情報提供によって監査が行われる場合がほとんどであり、内部告発やライバル業者の告発がなければ、多くの不正は見過ごされる可能性が高いといえる。行政の監査体制の弱点が、業界全体の透明性を損なわせている一因ともいえるのだ。
虐待が放置され続けている!
施設内で起こる虐待についても、こんな例があった。
九州地方のある施設で、長年にわたって虐待が続いていると明かすのは、この施設で働く林田雅之さん(仮名)だ。
この施設では、平日の午前中に1時間だけ介護が行われるものの、それ以外の時間はほとんど何の支援も行われていないという。例えば、入浴時間中も手が空いている職員が利用者に積極的に関わることはほとんどなく、建物は施錠され、利用者は外に出ることができない状況だと林田さんは語った。
さらに、この施設ではこんな状況が日常的にあったと林田さんは明かす。「浴槽から利用者さんを出す際に、声かけに応じないと髪を引っ張って移動させる場面や、シャワーで冷水を浴びせる職員がいたこともありました」
また、朝起きてこない利用者に対して大声で叱責する場面も見たことがあると打ち明けた。施設内部では尿臭が漂う居室が放置されたままだといい、利用者が1~2センチも大きい靴を履いていても放置していたという。転倒の危険があっても知らん顔をしていたのだ。
林田さんは2020年に、他の事業所からこの施設に移動してきたが、当時から虐待が日常化していたという。
「施設内で行われている虐待は誰も止めようとせず、上層部に報告しても取りあってもらえなかった」
他に、どのような虐待が行われてきたのかと訊ねると、利用者が職員の指示に従わない場合、頭部や腹部を殴ったり、食事介助の際、声かけに応じない利用者に対して、頭部や体を叩き、食事を破棄したこともあったと明かした。就寝時におむつを触る利用者に対しては、防水シーツを巻いて眠らせることもある。さらに起床が遅い利用者に対して、こう叱責したこともあるそうだ。
「いつになったら起きてくるのか? お前だけだぞ、まだ寝ているのは」
また、林田さんが直接見たわけではないが、過去には利用者を羽交い絞めにして倒すような行為もあったと別の職員から聞いたことがあるという。
このような虐待が行われている事実は、林田さんによって施設長にも報告された。だが、具体的な改善策は取られなかった。そこで、匿名で市役所に相談。
「調査といっても文書での報告にとどまり、聞き取り調査や立ち入り調査は行われませんでした」
林田さんによると、現在は目立った虐待は減ったものの、この施設における虐待問題はまだ解決されていないという。
このケースでは、林田さんによる告発で虐待が表面化している。ただ、施設内で入居者が被害に遭っても、その声が施設側に届かないというケースも多々あるのだ。多くの高齢者は、病気や高齢のため、不適切な対応をされても仕返しを恐れて声を上げることができない状況にある。
そのため、施設での問題が家族から指摘されても改善されることがなく、問題が継続してしまうケースもある。施設内で何が起こっているのかが外部に知らされないままの現実が、入居者や家族にとって大きなストレスとなっているのだ。
さらに先に記した例のように、市の高齢者支援課や保健所に苦情を伝えた場合でも、どのような対応をしたのかが家族や告発者に報告されることはあまりない。行政は、こうした運用を続けていてよいのだろうか。
行政処分を受けた「悪徳施設」が復活するカラクリ
「不正が発覚して行政処分を受けた施設や、問題が噴出して行政に目を付けられている施設は、計画倒産をしたり、代表者と法人名を変え、平然と事業を再開させるというのが常套手段になっています」
そう話すのは、大阪市の介護事業所の経営者だ。
法人名や代表者を変更して事業を再開することは、形式的には可能であるが、容易ではない。介護事業者が行政処分を受けた場合、単に法人名や代表者を変更するだけでは過去の処分を回避することはできないような運用をされていることが多いからだ。
介護事業者は、都道府県や市町村などから介護保険法に基づいて介護事業者としての指定を受けるために申請を行う必要がある。
もしなんらかの問題を起こすと、ペナルティーとして指定が取り消されることもあり、そうなると介護報酬を受け取れず、事実上、事業が成り立たなくなる。過去に行政処分を受けた法人が、法人名や代表者を変更しただけでは、本来は行政側から厳しくチェックされ、指定を受けられないはずだ。
介護保険法第115条にも、事業者指定の要件や取り消しに関する規定が明記されている。これに基づき、過去に処分を受けた法人や代表者が再指定を受けるには、その経営体制や運営の適正性が厳密に審査されるのである。さらに、厚労省の指導指針では、事業者の信用性や利用者への適正なサービス提供が重要視されており、過去の問題を引きずる事業者には厳しい監視が行われることになっている。
ところが、実態としては、制度の隙間を突いた手法で事業を再開するケースもあるのだ。
先の大阪市の介護事業所経営者が続ける。
「例えば、処分を受けた代表者が、配偶者や友人を新たな代表者に据え、表向きには全く別の法人として事業を開始するケースをよく聞きます。表向きは、問題を起こした人物が経営に関わっていないということになっていますが、実質的な経営者は同じ。このような手法は、行政の監視の目をすり抜け、再び事業を始める手段としてよく使われている手口です」
実際に私が過去に取材した問題のある事業所は、もともと株式会社だったが新たにNPO法人を立ち上げ、代表者を問題があった社長の知人にしている。
こうした手口を行政も知らないはずはない。前出の経営者が言う。
「もちろん市も知っています。ただ、書類の上では全くの別法人になっていることもあり、どうすることもできないと市の担当者が言っていました」
そうした情報を知らされることもなく、名前を変えた元悪徳施設に入居してくる利用者もいるのだ。
文/甚野博則
『介護大崩壊』(宝島社新書)
甚野博則
「団塊の世代」必読! 知っておかないと「地獄」を見る、介護保険と介護現場のリアル。
絶望的な人手不足、高齢化する介護職員、虐待を放置する悪徳施設、介護保険と介護ビジネスを食い物にする輩――「団塊の世代」が全員75歳以上になる2025年は、「介護崩壊元年」とされるが、現場ではすでに崩壊は始まっている。介護する側も、される側も「地獄」状態なのが今の日本の介護システムである。大手メディアが報じないタブーな現場を徹底レポートする。