
名勝負の舞台裏、さまざまな感情が交差する人間関係……。グラウンドの外でも見る者を楽しませる野球は、数多くの優れたノンフィクション作品を生み出してきた。
時を経た「清原本」2作
―中溝さんは、清原和博さんのノンフィクション2作品を挙げられていますね。
中溝 山際淳司さんの『ルーキー』(毎日新聞社 87年)と、鈴木忠平さんの『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』(文藝春秋 16年)です。この2冊を併せて読むと、清原和博という人間の奥深い魅力をたっぷりと味わうことができます。
『ルーキー』は、西武1年目(86年)の清原を追った作品で、その前年に甲子園で戦った同学年のライバルたちの心情が描かれています。
一方、『清原和博への告白』は、あの甲子園から30年後、清原さんと戦い、散っていったライバルたちが、敗北の記憶とともにその後どんな人生を歩んだかを綴っています。この本が出版されたのは、清原さんが覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた約半年後。それでもライバルたちはあえて口を開き、清原さんへの思いを打ち明けています。
ふたつの作品には共通して登場する人物も多く、彼らの証言から浮かび上がるのは、誰よりも輝いていた「ルーキー清原」と、堕ちた「英雄キヨハラ」の鮮烈な対比です。『ルーキー』に登場する19歳のライバルたちの言葉からは、西武1年目の清原の活躍に対する嫉妬や、素直に喜べない複雑な感情が伝わります。そして30年後、すっかり中年になった彼らは、『清原和博への告白』で、甲子園での戦いを青春の一ページとして語りつつ、取材中にこんな言葉を著者に残したそうです。
「清原はこの30年間、どうだったんですかね? 孤独だったのかな」
この一言に、清原さんが持つ人間的な魅力が詰まっているように感じました。
田崎 『ルーキー』はぼくも読みましたが、清原さんって、どうしてもベタつくんですよね。
中溝 それはなぜでしょうか?
田崎 伊良部さんは「俺はヤンキースに行きたい」と堂々と公言していました。一方、清原さんは巨人軍というドメスティックな球団を目指した。ぼくはヤンキースタジアムに行ったとき、野球選手だったら、ここを目指すだろうなと思いました。プロとして卓越した力があるなら、世界に挑戦したいと思うのが当然でしょう。
中溝 わかる気はします。清原さんって、「とんぼ」の世界というか、長渕剛っぽいところがあるんですよね。そこに魅力があるんですが(笑)。
長渕派か、矢沢派か
田崎 そう、活字野球にも〝長渕派〟か〝矢沢派〟かっていう側面があって。言ってしまえば、同じバカでもぼくは矢沢派ですから、ポジティブなバカに惹かれるんです(笑)。
ぼくはアメリカ文学が好きで、中高生の頃にはアーネスト・ヘミングウェイやポール・オースターらの著作を夢中で読みました。その根底にあったのはニューヨークへの憧れです。
当時のぼくにとって、とりわけ50~60年代のニューヨークはカッコよく映っていました。その空気感を見事に描き出している作品が、デヴィッド・ハルバースタムの『男たちの大リーグ』(JICC出版局 93年)。ぼくが素直に「好きだ」と言える数少ない作品のひとつです。
中溝 なるほど。田崎さんが清原さんに惹かれない理由が、少しわかった気がします(笑)。僕も何年か前に『男たちの大リーグ』を教科書的に読んだのですが、村上春樹さんの初期作品のような乾いた文体が、ちょっと馴染めなかったんですよね……。
田崎 ハルバースタムは、50年代のアメリカ社会を多角的に描いたノンフィクション『ザ・フィフティーズ』など数々の話題作を手がけた作家で、ピューリッツァー賞を受賞した報道記者でもありました。そんな彼が、ジョー・ディマジオ率いるヤンキースと、テッド・ウィリアムズ率いるレッドソックスが優勝争いを繰り広げた49年のアメリカン・リーグの戦いを克明に描いたのが、この作品です。想像や思い入れを極力排し、取材で見聞きした選手たちの性格や発言、振る舞いから、それぞれの個性をドライに描写しました。
たとえば、後に監督にもなる捕手のヨギ・ベラがポテン・ヒットを打ったとき全力で走らなかった。
〈その回の攻撃が終わってベラがプロテクターをつけていると、チャーリー・ケラーがそばにやってきて「ヨギ、具合でも悪いのか?」と尋ねた。
「いや、別にどこも」とベラは答えた。
「じゃあ、なんで全力で走らなかったんだ?」とケラーは問い詰めた。無駄口をきかないケラーの口から出た言葉だけに、厳しいものがあった。リンデルもさっそくケラーといっしょになってベラを責める。ベラは助けを求めるようにディマジオの方を見た。何と言っても、同じイタリア系というよしみがある。しかし、ディマジオは、そのベラを、ぞっとするような冷たい目で見つめ返した〉
勝負にこだわるヤンキースの選手たちの雰囲気を無駄な言葉を使わず、見事に描写しています。
珠玉のネタが満載の名著たち
中溝 永谷脩さんの『プロ野球歳時記 グラウンドにこんな奴らがいた』(04年)も活字野球の魅力がぎっしり詰まった一冊です。雑誌『Number』に連載されていた、1200字程度の短いコラムを集めたもので、余計なものをそぎ落とした渾身のネタのみ。シンプルな文体も読んでいて心地いいです。
―印象的だったネタを教えてください。
中溝 例えば、93年の日本シリーズで「(西武の)辻(発彦)一人にやられた」と思ったヤクルト・野村監督が、彼の弱点を探ろうと『出身県で分かる日本人診断』という本まで探し出して調べていた、とか。あるいは、落合さんが中日の選手時代に、監督の星野仙一さんに対して一歩も引かず、チームでただ一人、年賀状を出さなかったとか(笑)。永谷さんは長編も面白いですが、短編でこそ魅力が際立ちますね。
田崎 永谷さんは、ぼくが編集者だった頃に親交があった方で、よく飲みに連れていってもらっていました。ある晩、永谷さん宅のソファで寝ていると、「イチローもそこで寝ることがあるんだからヨダレ垂らすなよ」と言われたことがありました。取材に同行すると、どこの球場でも用具係や球団職員から「永谷さーん!」と声をかけられ、横浜ベイスターズの権藤博監督(当時)も、リーグ優勝直後に囲み取材をスルーして、永谷さんとバーで飲んでいました。
野球への愛情が深く、温かい方でしたから、いろんな人と関係を築き、選手や監督の懐に入り込んで貴重な証言を引き出せる。だからこそ、彼が繰り出すネタは最高に面白いんです。
ここ10年でぼくが読んだ野球ノンフィクションのなかで「これが一番」と思わせられたのは、中村計さんの『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(17年)です。
―田中将大投手を擁し、史上初の甲子園三連覇まであと一勝と迫りながら、〝ハンカチ王子〟斎藤佑樹の早稲田実業に敗れた駒大苫小牧高・香田誉士史監督の実像に迫ったノンフィクションですね。
田崎 初優勝、連覇と栄光を重ねるほどに、香田監督の張りつめた感情がひしひしと伝わってきました。もともと「陽気な青年」だった香田監督が、初優勝を境に「温かな部分が雲散霧消」し、「むき出しになった神経のように過敏な男」に変貌していく様が克明に描かれています。
取材対象者としてどんどん扱いづらくなっていく香田監督に対し、著者が粘り強く、丁寧に、ときに執念深くアプローチしていく様には圧倒されましたね。
―飛行機に乗るときウンコをもらしたシーンを記事にしていいかと著者が確認した際の、香田監督の反応は読者の笑いを誘いつつ、ふたりの関係性をよく表している気がしました。
長嶋茂雄氏が言った「ケンちゃん」とは?
中溝 ディテールの面白さという点では、鷲田康さんの『10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』(文藝春秋 13年)も外せません。94年セ・リーグ最終戦で同率首位の両チームが直接対決をした〝国民的行事〟ですが、細部の描写がたまらないんです。
巨人ナインが東京駅から名古屋駅へ向かう新幹線で、「いつもは漫画を読む落合さんが、目をつむってじっと瞑想していた」と証言したのは松井秀喜でした。
決戦前夜、ホテルの一室で桑田真澄は長嶋茂雄監督と二人きり。電話が鳴り、監督が受話器を取ってテンション高く話し終えたあと、「ケンちゃんが頑張れってお前に言ってたぞ」と桑田に告げました。
誰のことかわからず、「志村……けんさんですか?」と戸惑う桑田に、「ケンちゃんと言ったら、高倉の健ちゃんだろ!」とツッコむ長嶋監督。こんなコントのようなやりとりも、長嶋監督をベタ付きで取材していた鷲田さんだからこそ描けたシーンです。
田崎 最後に、かなり変化球ではありますが、MLB選手組合の初代委員長、マービン・ミラー氏の『FAへの死闘 大リーガーたちの権利獲得闘争記』(ベースボール・マガジン社 93年)を挙げます。
中溝 タイトルからして重厚ですが、内容はそれ以上に重量級ですね。なぜ、この作品を?
田崎 60年代のMLBには、ハンク・アーロンやミッキー・マントルといったスター選手がいましたが、彼らの年俸はその実力に見合ったものではなく、移籍の自由もありませんでした。
この作品は、労働法の弁護士でもあったミラー氏が選手の権利を守るために、コミッショナーや球団オーナーと戦い、フリーエージェント権を勝ち取るまでの過程を詳細に描いています。
日本のプロ野球界でも、選手会が勝ち取ってきた権利はあるし、ミラー氏のような存在がいたはずです。ただ、日本ではそうした人物があまり取り上げられず、『FAへの死闘』のような資料も記録も乏しい。
その結果、歴史が忘れ去られつつあるのではないかと危惧しています。佐々木朗希選手は選手会を退会し、今年にポスティング制度を使ってドジャースに移籍しました。
それを美談とするのもいいですが、選手たちがいま享受している権利やルールが、どのように形作られてきたのかという歴史を、選手自身も知るべきですし、ジャーナリズムの中ではもっと語り継いでいかなければいけないと思っています。
中溝 佐々木選手の件もそうですが、日本ハムからポスティングでメジャー移籍した上沢直之投手がわずか1年で帰国し、ソフトバンク入りするという物議を醸した一件もあります。『FAへの死闘』は、制度見直しの必要性が叫ばれている今こそ、読む価値のある一冊だと思います。
取材・文=興山英雄 撮影=タイコウクニヨシ
(集英社クオータリー コトバ 2025年春号より)
kotoba 2025年 春号
コトバ編集室
特集
野球の言葉
野球は単なるスポーツの枠に収まりません。
ノンフィクションや小説、漫画、選手や監督たちの本を通じて、
数々の名場面が語り継がれてきました。
本特集では、野球と言葉の深い結びつきにスポットを当て、
どのように野球は描かれ、語られ、物語として紡がれてきたのかを探ります。
スタジアムを越えて広がり続ける「野球の言葉」。
kotobaならではの角度で、野球の魅力をお届けします。
Part1野球と本の幸福な関係
柴田元幸 アメリカ文学と野球の深い関係
鈴木忠平×早見和真×クロマツテツロウ 野球の物語が生まれるとき
ツクイヨシヒサ 野球マンガを変えた名セリフ
田崎健太×中溝康隆 野球ノンフィクションの名著
生島 淳 ロジャー・エンジェルの思い出
Part2野球から生まれる言葉
高橋源一郎 優美で感動的なアメリカ野球
石田雄太 大谷翔平、イチローの言葉
生島 淳 野村語録を考える
池松 舞 野球の力、短歌の力
スージー鈴木 野球音楽ベストナイン
丸屋九兵衛 なぜラッパーは野球帽をかぶるのか?――ヒップホップとMLBの邂逅
Part3野球がつなぐ人と言葉
野嶋 剛 「棒球」が「野球」に追いついた日
木村元彦 中畑清、古田敦也、新井貴浩……歴代会長が語る「プロ野球選手会」の闘う言葉
友成晋也 アフリカで花開くベースボーラーシップ®
ピエール瀧 野球とニューウェーブと甲子園と
加藤ジャンプ 球場酒
【対談】
犬山紙子×今西洋介 子どもを性被害から守る言葉
【インタビュー】
福岡伸一 ボルネオで出会った環境と生物の動的平衡
【連載】
大岡 玲 写真を読む
山下裕二 美を凝視する
石戸 諭 21世紀のノンフィクション論
大野和基 未来を見る人
橋本幸士 物理学者のすごい日記
宇都宮徹壱 法獣医学教室の事件簿
鵜飼秀徳 ルポ 寺院消滅――コロナ後の危機
赤川 学 なぜ人は猫を飼うのか?
阿川佐和子 吾も老の花
木村英昭 月報を読む 世界における原発の現在
木村元彦 言葉を持つ
おほしんたろう おほことば
【kotobaの森】
著者インタビュー 小西公大 『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』
マーク・ピーターセン 英語で考えるコトバ
大村次郷 悠久のコトバ
吉川浩満 問う人
町山智浩 映画の台詞