
「東大卒」と聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか? 近年は、YouTuberグループ・QuizKnockやミュージシャン・キタニタツヤなど、多才な「東大卒」像が世に広まっている。ただ、ブランドの裏側には、世帯収入・出身高校・ジェンダーの偏りといった、格差問題も存在している。
「東大卒」から見える、日本社会全体の問題
「東大卒の分析を通じて、社会全体の話をすることが、この本の試みです」
『「東大卒」の研究』は、2022年度に本田由紀氏らが実施した質問紙調査がベースとなっている。集まった回答をもとに、本田氏を含む5名の、教育学・社会学を専攻とした研究者が論考を執筆した。
印象的なのが、本文で繰り返される「学歴エリート」という言葉だ。エリートは、高度な能力や資質により特権的なポジションにつく人々を指す言葉だが、「学歴エリート」には、実際の知的能力や教養よりも、一度獲得した「学歴」が既得権益として機能するという、えも言われぬニュアンスが含まれているように感じる。
「世界的には“academic elite”という言葉もあるんです。ただ、日本では大学名が世界全体に比してすごく重みを持っているので、 “学歴エリート”のほうがしっくりきますよね。日本全体に通底する“学歴エリート”という構造の一端が、純粋な形で見えてくる装置が東京大学だ、と思っています」(本田由紀氏、以下同)
ベースとなった回答は、2437名分。卒業生を対象とした調査は過去に前例がなく、過去最大と言っていい規模だ。
編著者である本田氏には長年、ジェンダーやダイバーシティをテーマとした研究に取り組んできた実績があり、本書にも、東大卒女性にフォーカスを当てた分析が多く見られる。
例えば、久保京子氏による「『地方出身東大女性』という困難」。
「地方から来た学生、とくに女子は、親や地元の空気に抗って東大を選んでいるという傾向がみられます。
学力的に東大に合格できる女子は、各地のトップ校にたくさんいるんですが、“決意”がないと、東大を受けるに至らない。『えっ、○○ちゃん東大なんか行くの? なんか楽しくなさそう』とか言われるんですよ。
人と違うことをしようとする女性を絡めとる空気というのは、日本社会全体の問題です」
また、「東大卒」にまつわる俗説に「女なのに東大なんて行くと結婚できない」というものがあり、これが女性たちの「東大避け」を生んでいるという懸念もある。だが、この俗説は、今回の調査で、真っ向から否定されたという。
2020年の国勢調査での大卒女性の生涯未婚率が27パーセントだったのに対して、東大卒女性の生涯未婚率は17パーセントだったのだ。
「東大卒女性の結婚状況を知ることは、今回の調査のきっかけの一つでしたね。以前、大学院の授業で、学歴同類婚や上方婚について取り上げたものを読んだんです。『上方』がなかなかないのが東大卒女性ですので、その実態は気になりました。やはり東大卒男性と結婚しやすく、同類婚の傾向は強かったです。
とはいえ、男性同様『東大卒』のブランドを持っていても、女性の方は、子供を持つと家庭の引力に引きずられる。同じ東大卒でも、女性の方が仕事に邁進することが、男性に比べて難しいというのがわかりました」
いつまで「東大卒」を売り物にするのか?
そのほかにも、両親が大学学位を持っていない学生を指す「大学第一世代」に関する論考が収録されている。
「『大学第一世代』を取り上げられたのもよかったです。アメリカでは、“first-generation”は議論され、エリート大学に行けば行くほど、家庭環境などで周囲とのギャップで孤立するという研究結果が出ています。
でも日本ではまだ語られていなかった。東大に入った時点で“勝ち組”とみなされ見えなくなってしまう困難に光を当て、言語化した、とても重要な論考です」
たしかに、東大と「マイノリティ」という言葉は容易に結びつかない。「第二章 東大生の学生生活――『大学第一世代』であるとはどういうことか」担当した近藤千洋氏は、両親とも大卒ではなく、慶應義塾大学を経て東大の大学院に進学。慶應を経てもなお、東大でのカルチャーショックは大きかったのだという。
「東大卒というのは、全然一括りにできない」と本田氏は強調する。それにもかかわらず、社会で「東大卒」のイメージが一人歩きをしていくことへの懸念が、インタビューの間、終始感じられた。
「いつまでも東大卒であることだけを売り物にして生きている人が、メディアでは目立ちます。記憶力やパフォーマンスが“芸”として消費されている。でも、それって知性を何に使っているんでしょうか。
あとは政治家や経営者でも、自分の立場を盤石にするための資本として東大卒を使う、利己的な方がいますよね。汚職した政治家の学歴をつい調べちゃうんですけど、そこで東京大学って書いてあると本当に怒りが湧きます」
大学受験を通じて、社会を平等にするには?
本田氏が語ったのは東大生への「叱咤」だけではない。同時に「激励」の想いも、強く滲み出ていた。
「高校生に対する進学意識の調査なども行なっているのですが、進学校の男子ほど、“東大卒”=コスパ・タイパを生かしたスマートな勝ち組というイメージを持っていて、自分もそうなりたいという話をしてきます。
ただ、東大卒であっても、それだけで“勝ち組”でいる人なんて、本当に少ない。東大卒のブランドに一生寄りかかってのうのうと生きていけるなんてことはありません。資格を取ったり、転職を重ねたりして、一生懸命、人生を模索しながら生きていることは、他の大学生と変わりないんですね」
また、東大卒というと総合的に要領がいいイメージを持たれがちだが、専門職、資格職についている人が多い結果になったという。
このことを、ライフステージの変化を想定して、専門職志向の強い傾向にある女子学生たちにもっとアピールしたい、とも本田氏は強調した。
「日本って、どんどん不平等な社会になっていて、それが世代を超えて再生産されています。社会全体で対処するには、教育や選抜の仕組みも変えていく必要がある。上から点数順に選んでいくやり方だと、家庭環境が有利な人たちが絶対に有利になりますね。
理想的には、一定ラインの習熟性を確認する認定試験のようなものをやったあと、専攻したい学問への関心や適性を見るようなやり方のほうが、機会的な平等を保てるのではないか、と思っています。
そもそも大学や高校が、こんなにも序列化されているのが大問題。でもスイッチ一個で是正するようなことは無理なので、もがきながらやっていくしかないですね」
東大に関わる人々だけでなく、日本社会を叱咤激励しようと生まれた『「東大卒」の研究』は、立場にかかわらず、「自分が社会に果たすべき責任」について考えさせられる。
取材・文/ひらりさ 写真/Shutterstock
〈プロフィール〉
本田由紀(ほんだ・ゆき)
1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。著書に『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマー新書)、『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)など。
「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート
本田由紀 , 久保京子 , 近藤千洋 , 中野円佳 , 九鬼成美