
年々深刻化する「転売ヤー」問題。なかでも厄介なのが、現行の法律ではすべてを裁けない点にあると弁護士の中村真氏は指摘する。
さまざまな法律の不可解な点をユーモラスに解説した『世にもふしぎな法律図鑑』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全2回のうち2回目〉
目にあまる転売行為の横行
【特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律】(チケット不正転売禁止法)
(目的)
第1条 この法律は、特定興行入場券の不正転売を禁止するとともに、その防止等に関する措置等を定めることにより、興行入場券の適正な流通を確保し、もって興行の振興を通じた文化及びスポーツの振興並びに国民の消費生活の安定に寄与するとともに、心豊かな国民生活の実現に資することを目的とする。
注目の新製品が発表されたけれども、ネットの販売予約サイトでは秒で売り切れ、発売日前から定価の2~3倍もの高額の転売商品がECサイト、フリマサイトに溢れ返る、そうしたおぞましい光景は今では全く珍しくなくなりました。
映画やコンサートのチケット以外の転売は多くの場合、法律で特に規制されていません。古物営業法やチケット不正転売禁止法などは、ごく限られた商品や取引態様を規制の対象にしており、スニーカーや人気のフィギュア、限定版の本などの多くの商品転売は規制の外です。
その結果、転売ヤーと呼ばれる一部の者が人気商品をウェブスクリプトを使って即時かつ大量に買い占めることで一般消費者の購入機会を奪い、市場の公平性を損ね、価格を不当に高騰させる問題を引き起こしています。
チケット以外の転売行為は野放し?
購入した物品を仕入れ値よりも高い額で他に売却して利益を得る行為は商取引の基本であり、ほとんど全ての販売業に存在する要素です。これを規制するとなると、卸売りも仕入れ販売も否定することになってしまうため、転売行為それ自体を広範に処罰の対象とすることができないという問題があります。また、法律という形で転売の主体や方法、価格などで切り分けて規制すべきラインを適切に設定することが難しいという事情もあります。
このため、従来は、チケットや乗車券など販売数が限られているものを不特定の人に転売するために、誰かに呼びかけたり、つきまとったりするダフ屋行為に限って、自治体の定める迷惑防止条例で禁じられる程度でした(街の金券ショップも買い取ったチケットを不特定の客に転売していますが、その態様上、こうしたダフ屋行為には当たらないので処罰されません)。
ところが、映画や演劇、音楽などの芸術、スポーツの興行においては、興行の期間やチケット購入の機会が限られているという特殊性もあり、チケット転売行為が放置されることによって、アーティストや主催者が設定した価格の数倍~数十倍の値段でなければ本当にほしいファンがチケットを手にできないという状況に陥っていました。
これは、商業的な問題だけでなく、文化の衰退につながりうるという点で、ファンとアーティストの双方にとって深刻な状況でした。
また、興行のチケットは購入時の情報と入場時の本人確認情報とを対照することで不正転売の把握が比較的容易であるという特殊性もあります。
そのため、平成30年に通称「チケット不正転売禁止法」が制定され、令和元年6月より施行されたのです。同法では興行主の事前の同意を得ずにその販売価格を超える価格で映画・演劇・芸能・スポーツ等のチケットの有償譲渡を業として行う行為を「不正転売」として規制しています。
もっとも、興行のチケットのケースを除いて、不正転売行為に関する抜本的な法規制はいまだなされていません。
そうした中、最近になって「本当にほしい人に商品・サービスが渡らない」問題の深刻さに気づいた事業者の自主的な対策が講じられる例も見られるようになりました。
例えば、買い占めが困難なほどの供給量を用意する、購入希望者に製品知識を問う質問を投げかけて正しく答えられた者、あるいは一定の期間・頻度で取引の実績のある顧客にだけ販売するというように、創意工夫・企業努力で転売ヤー対策に取り組み、健全な需要を守ろうとしているメーカー・小売店も出てきています。
転売ヤー対策を考えてみよう
転売自体が違法でないのに、横行する転売行為が社会で歓迎されていないように見えるのは、昔から市場に見られた卸や取次と異なり物流の促進や販売コストの価格への転嫁の防止といったメリットが一切ないだけでなく、むしろ人気商品を買い占めて不当な高値で販売することによって商取引を阻害する方向に働いているためです。
本来、商品・サービスを提供する側にとっても、転売ヤーの跳梁によって有効需要の原理が機能せず、自社商品の適正な市場形成も難しくなるという意味で好ましからざる状況のはずです。ところが、中には転売ヤーの買い占めを安定需要であるかのように捉えて全く何らの手立ても講じようとしない事業者もいるくらいです。
では、その打開策はあるのでしょうか。先に見たように、転売行為自体はもともと違法ではなく、不当とそうでないものとの切り分けも難しいので、効果的な法の網を編むのはなかなか難しそうです。
やはり、メーカーや小売事業者自体が販売上のフィルターを設けること、消費者が転売品の購入を避けることが遠回りに見えて実は最も近道なのかもしれません。
なお、転売ヤーは転売活動に熱心になる余り、つい所得の申告がおろそかになってしまう傾向があり、これには国税当局の皆さんも心を痛めているはずです。
例えば「人気商品を発売日前からECサイトで転売商品として紹介している」「発売直後から正規の値段の数倍の価格で販売している」「そうした転売行為を繰り返している」という出品者や売主については、転売行為の忙しさに追われてうっかり期限内の確定申告や所得の計上を忘れているおそれがあり、不注意とはいえ本人にとっても心苦しい状況のはずです。
国税庁はそうした申告忘れを手当する趣旨で、課税及び徴収漏れに関する個別・具体的な情報を随時受け付けているので、以上のような挙動を見せる転売ヤーについて「おかしいな」と思ったら国税庁ウェブサイトの情報提供フォームからどしどし応募しておきましょう(通報した結果、実際には適切に申告がなされていたというのであればそれはそれで結構なことです)。
#1 はこちら
文/中村真 写真/Shutterstock
世にもふしぎな法律図鑑
中村真
【内容紹介】
飲酒運転にならないようにするためには、どれに乗って帰るべき?
Aラクダ Bそり Cベビーカー →正解は本書の中に!
◇ お坊さんの説教に茶々を入れたら有罪!?
◇ 近所で捕まえたザリガニやヒキガエル、逃がしたら罰金300万円!?
◇ 選挙ではみかんとまんじゅうは配ってもいいのに、チョコは配っちゃダメ!?
◇「訴状が届いてないからコメントできない」って言い訳じゃないの!?
◇ いつの間にか新しい法律ができていた……「ステルス改正」はなぜ起こる?
――日常に潜むふしぎで理不尽な法律の正体、こっそり教えます。
ビジネスの現場、学校、町中……私たちが過ごす日常には、さまざまな法律があふれています。本書では、日常に潜む「ふしぎな法律」をピックアップ。現役弁護士がゆるいイラストを添えてその趣旨を解き明かします。
つい誰かに話したくなるちょっと変わった法律はもちろん、近時のニュースやビジネスをより深く理解するためのヒントになる法律も紹介。SNS上で議論の生じたトピックにも、法律の専門家の目線からわかりやすく解説を加えます。
ぜひ肩の力を抜いて、あなたの隣の「ふしぎな法律」の世界をのぞいてみてください。
【目次】
はじめに
ふしぎなのは、法律か。それとも私たちか。
Chapter01 暮らしにひそむふしぎな法律
ラクダ、そり、ベビーカー。この中で飲酒運転になるのは?
ザリガニやヒキガエルを逃がしたら罰金300万円!?
部長! あなたの水割りは作れません!?
誕生日を暗証番号にしてはいけない本当の理由
解読できる? 法律用語ってもはや異言語
スピード違反の取り締まり。
まるで「ステルス改正」? 電動キックボードの謎
大麻の所持は違法だけど「使用」は罰せられないって本当!?
「はじめてのおつかい」で肉じゃがの材料はそろわない!
Chapter02 町中で出会うふしぎな法律
お風呂代、スーパー銭湯は高いのに近所の銭湯はなぜ格安?
なぜ京都のコンビニはシックなカラーなのか?
トンチを駆使して24時間営業! ネットカフェのカラクリ
ライブハウスは実質、居酒屋
推しの現場で迷惑なオタ芸。訴えられる?
宅配便に入れたそのお手紙、違法です
AEDで誰かを助けても訴えられる可能性があるって本当?
「そこ、私の席ですけど(怒)」を防ぐための法律がある
カッターナイフの持ち歩きでも銃刀法違反になる?
4月1日に生まれた人はお兄さんお姉さんの学年に!
もしかして違法営業!? 今も煙草が吸えるお店の謎
Chapter03 家族と冠婚葬祭にまつわるふしぎな法律
富めるときも貧しきときも支払おう、著作権使用料
合法キラキラネーム、違法キラキラネーム
「 亡くなったあの人との子を産みたいのです。」
お坊さんの説教に茶々を入れたら罰金10万円
婚約破棄したら結納は倍返し?
不貞はお咎めなしなのに、重婚は懲役刑?
家事労働の値段はいくら?
戸籍と住民票。似たもの同士、その正体は?
小さな怪獣25人、一人で相手にできますか?
Chapter04 おカネと税のふしぎな法律
1円玉をつぶしたら有罪、1万円札を破いても無罪
ふるさとは遠きにありて払うもの
「この中に、祖父母と養子縁組している方はいませんか?」
「この中に、4年落ちの中古車をローンで買った方はいませんか?」
賄賂をもらっちゃダメなのは公務員だけ?
大ケガの「賠償金」。さすがに税務署も見逃して?
借金を返しても税金が減らないわけ。
年末に何を調整しているの?
契約書にペタッと貼る謎の紙は何?
「税金は勝手にとられる」って思ってません?
Chapter05 ビジネスと社会のふしぎな法律
訴状が届いてなくてもコメントしろよ!
選挙で、みかんは配れるけどチョコレートは配れない?
悲しい立法者あるある「思ってたんと違う」
なぜ火事を出した人の責任は軽減される?
労働事件で会社がほぼほぼ負けるワケ
結局、第三者委員会って信頼できるの?
ギグワーカーは「労働者」だけど「労働者」じゃない?
超人気ゲーム会社同士が合併! ワクワクしない人は誰?
転売ヤーはなんで野放しなの?
正社員だけ社食ランチを安く食べられるのは違法?
法律家が美容整形を絶対おススメできない理由