このままでは中世の封建制が再来しかねない…世界の見え方が変わる「テクノ封建制」の概念とは?
このままでは中世の封建制が再来しかねない…世界の見え方が変わる「テクノ封建制」の概念とは?

「テクノ封建制」という言葉を知っているだろうか? GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などの巨大テック企業が私たちからサービス料や手数料などをピンハネすることで富を集積し、きわめて強力な存在として君臨するようになった経済システムである。

東京大学の名誉教授で社会学に詳しい石田英敬氏に、グローバルミノタウロスと称されるアメリカ経済の発展と「テクノ封建制」の概念について解説してもらった。

『テクノ封建制』との出会いとバルファキスへの関心

――石田さんはどういうきっかけで本書を手に取ったのでしょうか。

石田  たしか、原書が出たのは2023年ですよね。僕はX(旧Twitter)で、著者のヤニス・バルファキスをフォローしているので、そこから知りました。

バルファキスは経済学者として、いわゆるオルタナティブな経済思想の旗手でもありますし、同時に現実の政治にも深く関わっています。ヨーロッパには主流派の経済学者も多くいますが、彼はその対極にいる、左派寄りの立場から「もう一つの世界」を模索し続けている人物です。

それに、2015年のギリシャ経済危機の際には、実際に財務大臣という政治的アクターとして発言し、重要な役割も果たしました。そのキャリアも含めて、彼は「今この見通しの立たない世界の中で、地図を描ける数少ない人物」のひとりだと思っています。

――最初に英語版の原書を読まれたときの率直なご感想をお聞かせください。

石田 とにかく語りがうまい。僕自身がもともと文学研究の出身ということもあって、語りの構成力にはとても敏感なんです。今回の本も、とてもよくできていると思いました。

この本は、自分のお父さんに語りかける形式で書かれていますよね。以前には娘さんに向けて書かれた『父が娘に語る 美しく、壮大で、深く、とんでもなくわかりやすい経済の話。

』という本もありましたが、今回は世代を遡って、お父さんに語る。

第二次世界大戦中にギリシャはナチスドイツの占領を受けましたが、バルファキスのお父さんは、それにつづく形で1946年から49年まで戦われたギリシャ内戦ではギリシャ民主軍の側で戦った元闘士で、戦後の独裁政権下では政治犯として強制収容所に入れられた経験を持つ化学者です。

テオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記録』(1975年公開)とか『エレニの旅』(2004年公開)といった映画作品を観たことがありますか。あそこに描かれている時代です。

また、軍事政権の崩壊後は、知識を活かして鉄鋼業を興し、ギリシャ最大の鉄鋼会社を経営していた人物でもあります。科学と技術の深い知識をもち、戦争と独裁の歴史を経験し、社会主義者としての理想を掲げて戦後のギリシャの産業を興すという波瀾万丈の人生だったようです。

この本を読むと、お母さんも科学に深い知識をもつインテリだったようですね。そういった家族の物語が背景になって、本書の語りに深みを与えています。

半世紀ほど前のギリシャという国がどういうところだったのか。僕のような世代からすると、例えばコスタ=ガヴラスという映画監督を思い出すんです。

2世代にわたる記憶や思想をしっかり組み込んだ構成

――ギリシャ出身で、フランスで活躍している映画監督ですね。

石田 はい。『Z』(1969年公開)という映画がありますね。

実在のギリシャの学者で国会議員である人物をモデルにした民主運動家が主人公で、政治的な抵抗運動を描いた作品です。主演はイヴ・モンタンでした。

僕は1970年代にフランスで修行をしていたのですが、当時のギリシャは長い間、軍事独裁政権が続いていて、フランスにはギリシャ人の亡命者がたくさんいました。ソルボンヌのクラスメートにも、ギリシャ出身だけれど国には帰れない学生はたくさんいました。

イヴ・モンタンといえば「枯葉」などで知られるシャンソン歌手として有名ですけど、あの映画をきっかけに、知識人としての存在感を高めていくんです。政治的な役割も果たすようになっていきます。そういう時代背景の中で、僕はギリシャという国に関心を持ちました。

バルファキスのお父さんは、ちょうどその時代より少し上の世代です。軍政下のギリシャで投獄された経験をバネにして、新しい社会を描いていたようです。バルファキス自身は1961年生まれなので、まさにそういう先行世代の経験との断絶や連続を体験してきているわけです。

理想を掲げた父の世代に向けて、現代の世界の仕組みを語り直しながら、マルクス主義や社会主義がかつてどう語られていたか、それが今とどう違っているのか。この本は、そういった問いを往復させながら、物語を編んでいくんですね。



つまり、2世代にわたる記憶や思想をしっかり組み込んだ構成になっていて、とても読みごたえがありました。しかも、非常にわかりやすい。

それから、彼が以前に書いた『世界牛魔人――グローバル・ミノタウロス』という著作と同様に、ギリシャ神話を引き合いに出して語るスタイルがとても印象的でした。

教養のあるギリシャ人は本当に、文字通りギリシャ神話を“自分たちの語り”として血肉化しているんだなととても感心しました。そういうところも含めて、読み物として本当に面白い本だと思います。

『テクノ封建制』の読みどころは

――ヨーロッパの左派的な理想とか、進歩主義的な考え方って、日本人にはちょっとわかりづらいところがありますよね。でもこの本の「お父さんへの語り」を読むと、彼らの挫折感や苦悩がよくわかります。

石田 本書の根本にある経済学の枠組みはマルクス主義ですが、いわゆる公式的なマルクス主義という感じではなくて、彼ら自身がつくり上げた独自の教養や経験に根ざしたものになっている。それがとても魅力的です。

――本書の中で特に面白かった部分、読みどころだと感じた点について教えてください。

石田 僕がまず注目したのは、今回が初出ではないのですが「グローバル・ミノタウロス」という概念ですね。

グローバル・ミノタウロスとは、アメリカが世界中から資金を吸い上げる構造のことです。1970年代の「ニクソンショック」以後、アメリカは赤字国家でありながらも、ドルを基軸通貨とすることで、日本のような貿易黒字国からドル建てで富を吸収し、それを再びウォール街へと還流させる、という経済システムを確立しました。

バルファキスはこの怪物的な構造を、貢ぎ物を受け取る神話の怪物であるミノタウロスに喩えているわけです。

このシステムは2008年の世界金融危機まで続き、いま私たちが目撃している、トランプによる関税問題とかのこれまた大きな経済的な変動は、まさにこの構造がいま大きな曲がり角を迎えていることを示している。

グローバル・ミノタウロスという枠組みは、戦後約80年のグローバル経済の構造が、どんな基盤の上に成り立っていたのかを説明する重要な見取り図になっています。この本を読むと、いまトランプの登場で起こっているグローバル経済の大変な混乱とはどのようなことなのか、その正体がとてもよく分かりますよ。

僕がこれまでやってきたのは、メディア文化や文化産業に代表されるような、第二次世界大戦後の消費社会がどう形成されて発達してきたのかを分析するような領域なんです。

それを資本主義全体の歴史の中でどう位置づけるか。何がその基盤になっていて、どんな資本の動きがそれを支えていたのか。そうしたことが、本書では非常に明快に説明されています。

読むと世界の見え方がガラッと変わる!

――本書のタイトルにもなっている「テクノ封建制」という概念は、どのように受け止めていますか。

石田 これはふたつの観点からお答えしたいと思います。ひとつ目は、そもそもテクノ封建制という概念が、資本主義についての理解の枠組みを根本的に変えてしまうのかという問題があるわけです。

この本では「資本主義は終わった」と語られているんですが、それに対しては経済理論の立場からさまざまな見解があるのでしょう。僕にとっては、そこは少し専門外なので、はっきりとした判断は留保したいと考えています。

例えば、ハーバード・ビジネススクールの名誉教授、シャショナ・ズボフが書いた『監視資本主義』という本がありますよね。あれは本当にアメリカ人にしか書けないような、緻密な取材と調査によって成り立っている優れた書物で、日本でもすでに重要なレファレンスになっています。僕も講演などで「あの本は皆さんご存じですよね」という形で話をすることがあります。

ただ、ズボフ自身は「テクノ封建制」という言い方には否定的で、「それは違う」と明言していたりもする(笑)。だから、専門的な領域ではいろいろな論争があると思います。そこは僕の判断が及ばない部分ですね。これがひとつ目の答えです。

でも二つ目の観点として、「実際に世界が封建制みたいになってきている」という実感は、多くの人にじっさいにあると思うんですよ。トランプのような人物が登場して、独裁や権威主義といったものが堂々と前面に出てくるようになった。そういう時代の空気を、本書は鋭く捉えていると感じました。

だから理論的に厳密に専門家たちが考えた時にどうなのかはさておき、直感的には「確かにそうだ」と思える。これはきっと僕だけではなく、みんなが感じていることだと思うんですよね。



資本主義という枠組みについては、僕の周囲でもさまざまな意見があります。監視資本主義だという人もいるし、いやプラットフォーム資本主義だという人もいる。

でも、こうした議論は、資本主義の変種であることが前提になっているんですよね。それに対してバルファキスは、「いや、これはもう資本主義の終わりで、むしろ封建制に戻っているのではないか」という、かなりラディカルな見方を提示している。

その見方によって、世界の見え方がガラッと変わる。そして一度そのレンズで見ると、さまざまな現象が説明できてしまう。直感に訴える力も強くて、本当に“目から鱗”のような体験になると思います。

資本主義がどう変容したのかというのは、専門家がさらに深く掘り下げてくれればよい。でも、僕たち一般の読者にとっては「今、どんな地図を持って世界を読めばいいのか」を示してくれることが大事で、そうした見取り図を提供してくれる本書の意義は非常に大きいと思います。

問題の争点を明確に示し、読者に「これは考えなければいけない」と思わせる力を持った本なので、「ぜひ読んでみてください」と言いたくなるんです。

構成/斎藤哲也

テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。

著者:ヤニス・バルファキス、解説:斎藤 幸平、訳者:関 美和
このままでは中世の封建制が再来しかねない…世界の見え方が変わる「テクノ封建制」の概念とは?
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
2025年2月26日発売1,980円(税込)四六判/320ページISBN: 978-4-08-737008-9

◆テック富豪が世界の「領主」に。
◆99%の私たちを不幸にする「身分制経済」
◆トランプ&イーロン・マスク体制を読み解くための必読書

グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まった!
彼らはデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化したユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取るとともに、無償労働をさせて莫大な利益を収奪しているのだ。
このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の大転換を看破した、世界的ベストセラー。

【各界から絶賛の声、続々!】
米大統領就任式で、ずらりと並んでいたテック富豪たちの姿に「引っかかり」を感じた人はみんな読むべき。
――ブレイディみかこ氏

テクノロジーの発展がもたらす身分制社会。その恐ろしさを教えてくれる名著。
――佐藤優氏

これは冗談でも比喩でもない! 資本主義はすでに死に、私たちは皆、農奴になっていた!
――大澤真幸氏

私たちがプレイしている「世界ゲーム」の仕組みを、これほど明快に説明している本はない。
――山口周氏

世界はGAFAMの食い物にされる。これは21世紀の『資本論』だ。
――斎藤幸平氏

目次
第一章 ヘシオドスのぼやき
第二章 資本主義のメタモルフォーゼ
第三章 クラウド資本
第四章 クラウド領主の登場と利潤の終焉
第五章 ひとことで言い表すと?
第六章 新たな冷戦――テクノ封建制のグローバルなインパクト
第七章 テクノ封建制からの脱却
解説 日本はデジタル植民地になる(斎藤幸平)

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