
日々、夜の紛争とも言える事件が起きる新宿・歌舞伎町。ナイトビジネスを中心にさまざまなトラブルで窮地に陥ったときの駆け込み寺として「歌舞伎町弁護士」がいる。
これまで3000件以上の風俗トラブルを担当し、歌舞伎町ならではの依頼も数多く解決してきた弁護士が、「弁護士バッジ」越しに見た“日本一の歓楽街”で起きた法律相談について『歌舞伎町弁護士』を著した若林翔弁護士に話を聞いた。(前後編の前編)
「弁護士は、べつに正義の味方じゃない」
――歌舞伎町バヤシ先生のデビュー作『歌舞伎町弁護士』(小学館)、歌舞伎町で実際に起きた耳を疑うようなトラブルの連続を解決していく様が、めちゃくちゃ面白かったです。
若林翔(以下同) よかったです。
――「あざっす」とか、そういう風には軽いノリではないんですね。
キャバクラならまだしも。いちおう社会人なので(苦笑)
――でも、著書では〈弁護士は、べつに正義の味方じゃない〉なんて書いてしまって、そういうのは大丈夫なんですか。
まあ、事実ですからね。本にも書きましたが、「正義を行う者の味方」ではないことが、イコール「悪の味方」になるというわけでもありません。人にはそれぞれの見方や主張があり、たとえ世間から「悪いと思われている人物」であっても、法に定められた手続きにのっとり、その主張や見方の正当性を審理される権利を持っています。それを守るのが弁護士です。
――民主主義国家においては形式上、国民が「最大の権力者」とされていますが、その運用の実際をつぶさに見てみると、現場における最大の権力者はじつは警察機構なんじゃないか、という指摘には頷きました。本書には悪い刑事の話もいっぱい出てきますしね。
もちろん、真面目に職務を遂行している刑事さんたちもたくさんいますよ。
――われわれ市民の感覚からすれば、刑事は全員が善良でなきゃ困ります。
私はこれまで数百人の警察官とやり取りしてきましたが、問題を抱えている者は少なくありません。
標的となった“若き風俗王”
――著書の第5章『若き風俗王の肖像』に登場する警視庁の刑事なんて、本当にひどい。家宅捜索と逮捕劇をマスコミにリークして、テレビ放映で全国にさらし者にしたあげく、最後は不起訴ですもんね。
逮捕劇をニュースにしたテレビ局は、その被疑者が不起訴になったとき、同じだけの時間をかけて事実関係を上書きするニュースを流すべきですよね。
あの報道のせいで、浅野謙信(デリヘル『贅沢なひと時』創業者)さんは友人や知人を失い、ビジネスでも大きな風評被害を受けたのに、でっちあげをしようとした刑事たちは何の処分も受けず、浅野さんに謝罪もせず、のうのうと暮らしています。
――無理やり「自白」させようとする刑事とのリアルなやり取りには恐怖を感じたし、毎日8時間近く行なわれる取り調べを乗り越えるために、浅野さんが思い付いた黙秘のコツとして「無限ループ虚無モード」のアイディアにも驚かされました。
警視庁は20日間にわたって浅野さんを勾留し、再逮捕でさらに10日間勾留しましたが、検察は起訴できませんでした。当たり前です。職業安定法に違反するスカウト行為を彼はやっていないんですから。
それなのに、担当の刑事は、浅野さんにこう言ったそうですよ。「(違法なスカウト活動なんて)もうするなよ」って。
早稲田・医大を中退して高級デリヘルを創業
――著書には、警察に対する見方が揺らぐ話がてんこ盛りですが、それ以上に取り締まられる側の、ナイトビジネスに関わる人たちのキャラクターが面白過ぎます。他人の不幸を心の支えにするスカウトマン、ホスト崩れのセラピストを陥れる女性向け性風俗店のお客さんとか……まあ、しかし、図抜けて面白いのは浅野さんですが。
私と浅野さんは、じつは同窓生なんです。
――若林さんは慶應義塾のOBですよね。
私は早稲田大学を出て、慶應の法科大学院ですね。
――浅野さんは早稲田を中退して、医大ですか。
早稲田を休学して、たった1年で医大に合格するなんて凄すぎますけどね。
――おまけにその医大もまた中退して、高級デリバリーヘルス『贅沢なひと時』を創業してしまう。波瀾万丈としか表現できない人生です。
でも歌舞伎町って、浅野さんみたいな人ばかりなんですよ。性風俗産業は「世間の底辺」とか「誰にでもできる」とか、そんな風に言われることも多いですが、私は全然そうは思いません。経営者もキャストも誰にも似ていない、誰にも真似できない人生を歩んできた人たちなんです。
性風俗産業を取り巻く最大の問題
――若林さんは弁護士として、ナイトビジネスに襲いかかる「法の嵐」に対して「法の櫂」を提供したいとおっしゃっていますが、著書で触れられている「売春を合法化する必要性」についての議論も「法の嵐」を切り抜けるための手段の一環ということになるのでしょうか。
性風俗産業を取り巻く最大の問題は、その産業が「法によって管理されている」のではなく、逆に「法から見捨てられた領域」になってしまっていることです。いわゆる風営法は、キャバクラやホストクラブといった「接待飲食店営業」のカテゴリーと、デリバリーヘルスなどの「性風俗関連特殊営業」のカテゴリーに分かれています。
このふたつのカテゴリーはどちらが「許可制」で、どちらが「届出制」だと思いますか?
――手や口で性器に触れたり、かなりの程度の身体的な接触があるので、厳しい審査が求められる「許可制」は「性風俗関連特殊営業」のほうじゃないですか。キャバクラは会話を楽しんだり、ゲームをするだけですから「届出制」でも問題ないように思います。
正直、それが一般的な市民感覚だと思いますが、現状はまったく「逆」です。従業員が個室で客の性器に触れるなど、細心の注意が必要な身体的接触を伴うデリヘルなどの性風俗産業はなぜか審査の緩い「届出制」にとどまっていて、逆にキャバクラやホストクラブなどは審査の厳しい「許可制」になっています。デリヘルなどの性風俗産業は審査の緩い「届出制」にとどまっています。
――奇妙ですよね。
「国は、性風俗産業を認めてはいませんよ」というパフォーマンスのために、こうした倒錯が生じているのだと思います。「許可」という言葉には、許可の要件を満たした者に対して、国(正確には、各都道府県の公安委員会)がその営業を認めて推奨するかのようなイメージがともないます。それを嫌っているのでしょう。
警察や行政の事情で摘発される店舗
――職業に貴賤はないはずなのにおかしいですね。しかし「許可制」ではなく、「届出制」にすることで、どうして国家権力のイメージが守られることになるのですか。
実際、行政(警察および公安委員会)は「届出を受けるだけ」という建前に安住して、性風俗店を管理・監督する責任を曖昧にしているように見えます。
――たしかに、著書では性風俗産業の現場で、現行の法律で禁じられている「売春」が、しばしば行なわれていることが指摘されています。
一介の弁護士である私ですら知っているのに、世界に誇る日本の警察機構や行政機関が実態を把握していないはずがありません。
――警察による「見せしめ的な摘発」(風営法に違反している店舗をすべて摘発するのではなく、一部の店舗を見せしめとして摘発する行為)では効果がない、と。
効果の有無というより、そうした運用は「法の下の平等」という原則をまったく無視している可能性が否定できない、ということです。逮捕されたり、刑事罰を受けることは、その対象者の人生に多大な不利益を与えます。
だからこそ、国家権力は恣意的に行使されてはなりません。明確に基準を示し、平等な規制を行なった上で、違反した者は「誰であれ」等しく罰を受けるべきです。
ところが、性風俗産業に対して、国や警察、行政は――摘発できるにもかかわらず、大多数を放置し――警察の指導に従わない店や、警察が摘発したスカウトグループと付き合いのある店、警察が欲しい情報を持っていそうな店など――本来的な「売春の問題」をかかえる店舗ではなく、警察や行政側の事情で、恣意的に性風俗店の摘発を行なっていると指摘する声は少なくありません。
売春禁止か合法化の二択
――そうした、曖昧で恣意的な摘発の在り方を改善するためには、どうすればよいのでしょうか。
二択しかないでしょう。「禁止を徹底して、平等に売春を取り締まる」か、「売春を合法化する」か。
――歴史的な経緯に鑑みると「売春禁止の徹底」は難しそうですね。なにしろ、「世界最古の職業」のひとつです。
そうだとすれば、やはり「売春が頻発している現状」を認め、その状況のもとでセックスワーカーを含む「労働者の安全」と「透明性の高い経営」を両立させ、客の安心を向上させるためには「売春を合法化」して、警察(公安委員会)の管理監督下で「許可制」として運用するのが適当ではないかと考えます。
取材・文/山田傘
歌舞伎町弁護士
若林 翔