
毎年、「異常気象」といわれるような台風や豪雨、大雪などが頻発している中、防災情報の伝え方がますます重要になっている。今年6月は、東京気象台(気象庁の前身)が気象業務を開始してから150年。
どのように防災情報を使ってもらうか
長谷川直之(以下、長谷川) 荒木さんの著書で私が最近読んだのは、『雲を愛する技術』(光文社新書)です。本当に「雲」のことが好きで好きでたまらない様子がよく伝わってきました。
荒木健太郎(以下、荒木) 恐縮です。
長谷川 より多くの人に雲を好きになってほしいという気持ちを感じさせるとともに、防災にも触れられているのが素晴らしいですよね。つまり、「雲ってきれいでしょ?」「面白いでしょ?」と関心を引きつけながら、防災の大切さを伝えるというアプローチもされている。
荒木 ありがとうございます。書籍もそうですが、SNSなどのツールを用いながら、自分なりに雲の魅力と防災をセットでお伝えするよう意識しています。
長谷川 荒木さんのSNSでの発信は、気象庁の職員にもよく知られていると思います。SNSを上手に活かして、防災について情報発信をしているというのはありがたいことです。
荒木 長谷川さんの新刊、『天気予報はなぜ当たるようになったのか』(集英社インターナショナル)を拝読しました。私は日頃、気象の実態解明の研究に取り組んでいます。そうした研究を通じて、防災情報の高度化に貢献したいと思っているんですが、やはり一般の方にどのように情報を使ってもらうのか、それが重要だと、この本を拝読してあらためて感じました。
長谷川 ありがとうございます。
荒木 過去に、ある自治体で教育委員会や中学生を対象に講演させてもらったのですが、講演後にその地域が水害に見舞われて浸水したことがありました。「災害はどこでも起こり得るから、ハザードマップや気象情報をうまく使ってくださいね」といつも講演などでは伝えるのですが、話を聞いた皆さんは、その直後こそ防災の意識が高まっても、日常的にそれを維持してもらうのはすごく難しいことなんですよね。
長谷川 わかります。われわれとしては、いろいろな手段で警鐘を鳴らし続けるしかありません。こうして本やSNSなどで発信を続けるのも、その一環ですよね。荒木さんの最新刊『すごすぎる天気の図鑑 防災の超図鑑』(KADOKAWA)は、まさにそのあたりに詳しく踏み込んでおられました。
荒木 もともと、防災というテーマをやりたいと思っていたんです。以前は気象庁でまとめられた資料を使って発信していたのですが、多種多様な災害や被災がある中で、なかなかそれぞれの場面ごとに適した素材がないのがネックでした。
そこで五年前から防災や災害情報の専門家有志が集まって、「SNSでつながる防災アクションガイド」という画像を交えた素材を作り始めました。『防災の超図鑑』では、それらを一部参考にしながら、具体的な災害への備え方をまとめています。
長谷川 なるほど。
荒木 私自身は防災の専門家ではないので、いろんな識者の方のご意見を聞きながらやっています。
「AI予報」で気象庁はどうなる?
荒木 ところで、長谷川さんは新著の中で、気象庁で天気予報に関する業務を行う「予報官」について、非常に手厚く書いていますよね。私も含め、気象庁の現場の人間は本当に喜んでいると思います。
長谷川 予報官は時代の流れの中で苦労してきた立場ですからね。
荒木 確かに私がやっていたときはよく、ガイダンス予報官と揶揄されました。コンピューターからの情報(ガイダンス)をそのまま伝えるだけだから、誰にでもできるのではないか、と。
長谷川 おそらく、ガイダンスを作る側としては、それを目指していると思うんですよ。そのまま読み上げればしっかり伝わるものに仕上げよう、と。しかし実際には、いろんな判断が必要だから全自動でやるわけにはいかないし、天気予報を当てることだけが予報官の仕事でもないわけです。このあたり、今後、AIの導入で変わること、変わらないことがありそうですね。
荒木 長谷川さんは本の中で「物理的な気象学の知見を使って、なぜAIが天気を予報できるのかを突き止めれば、それを新たな知見とすることで気象の理解、予測につながっていく」といったご意見を述べられています。
長谷川 よかった、荒木さんに賛同していただけて(笑)。
荒木 でも実際、予報だけならAIにすべてやってもらってもいいのかもしれないですけど、今後はAIの発達によって、いまの物理学を用いた「数値予報モデル」では予測できないことが表現できるようになるかもしれません。そのメカニズムがどうなっているのか、という点を調べるためのツールとして、AIを活用する選択肢だってあると思います。
長谷川 そうですね。現場の人間としては、AIなんかに渡したくない領域というのもあるのでしょうけど、それを言い出すと進歩を止めることにもなるから、そこはいったん受け止める必要があると私は思います。最後は結局、AIと人間の役割分担といった構図になるのではないでしょうか。
荒木 同感です。解説とか情報伝達という点は、人間同士のコミュニケーションから生まれるものが多いでしょうし。例えば、避難のための情報などは、機械的に伝えるよりも、人間が背景も含めて伝えることで情報の受け手の感情が動いて危機感が増し、結果的に行動につながることはあると思います。
長谷川 私は運転中カーナビに頼ってばかりだと面白くないと感じるタイプの人間なので、なおさらですよ。やはり、なぜカーナビがこの道を推奨するのか、という理由がわかって初めて指示に従いたいです。
荒木 そうですね。「1時間で100ミリの雨が降ります」と言われたところで、それがどのくらい危険なことなのかを伝えることは、人間にしかできないのではないでしょうか。防災において、いかに感情を動かすかは非常に重要です。
長谷川 私もそう思います。逆に言うと、ちゃんと言葉で危機感を伝えるためには、やはり日頃から予報官がそれなりの説得力を持っていなければいけません。人々に「あなたの言うことよりも、AIのほうが信用できそうだ」などと思われていては、人間社会が良いものにならないと思うので、そこは予報官にとって頑張りどころでしょう。
構成=友清 哲 撮影=村上庄吾
(集英社クオータリー コトバ 2025年夏号より)
kotoba 2025年夏号
コトバ編集室
特集
いまを生きるための哲学
戦争、トランプ2.0、AIの急速な進化、気候変動、広がる格差……
社会が大きく揺れ動き、情報があふれる時代であるいまこそ、「哲学」が求められています。
「なぜ生きづらいのか」「この社会でどう在るべきか」「この先に希望はあるのか」――。
こうした問いは、私たち一人ひとりにとって切実なテーマであり、そこに向き合う姿勢そのものが、哲学だと考えます。
先人たちの言葉、哲学や思想の現在地を手がかりに、いまを生き抜くための哲学を探ります。
Part 1 求められる哲学
東 浩紀 トランプ2.0時代を生きる
内田 樹 武道における「修行」とは何か
國分功一郎 中動態と責任論
中島岳志×戸谷洋志 「弱い責任」で連帯し、「利他」が循環する社会へ
岡﨑乾二郎 私たちの認識と世界を結び直す
中村 達 カリブ海の知――複数の「我々」を肯定する
Part 2 哲学でいまに向き合う
三宅陽一郎 人工知能と哲学 世界を巻き込むこの深い関係
編集部 生成AIと哲学する その1
朱 喜哲 哲学を制するものがデータ社会を制する
大澤真幸 カント『永遠平和のために』から考える戦争のない世界
適菜 収 狂った時代に正気を保つためのほんとうの保守思想
篠原 信 世界の「常識」をアップデートしよう!
Part 3 どう哲学と出会うか
島田雅彦 我歩く、ゆえに我あり 散歩と哲学、あるいは散歩の哲学
編集部 生成AIと哲学する その2
魚豊 フィクションは哲学に直結する
吉川浩満 哲学をこじらせて――惑溺と割り切りのあいだ
前川仁之 哲学者ブルース・リー私抄
川喜田 研 街場の哲学の現場――「哲学カフェ」に集う人たち
編集部 kotobaが選ぶ哲学の本30冊
【ルポ】
芳地隆之 災害関連死をなくせ――能登半島地震「コミセン構想」を追う
【対談】
長谷川直之×荒木健太郎 「防災の言葉」を伝える
【鼎談】
平芳裕子×栗野宏文×龍淵絵美 ファッションの現在地と未来
【インタビュー】
みき 目の見えない私が料理からみつけたこと
連載
大岡 玲 写真を読む
山下裕二 美を凝視する
足立倫行 〈新連載〉 古代史を考えなおす
大野和基 未来を見る人
橋本幸士 物理学者のすごい日記
宇都宮徹壱 法獣医学教室の事件簿
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赤川 学 なぜ人は猫を飼うのか?
町田麻子 〈新連載〉 ことば万華鏡 ミュージカルの訳詞の妙技
阿川佐和子 吾も老の花
木村英昭 月報を読む 世界における原発の現在
おほしんたろう おほことば
kotobaの森
著者インタビュー 柿沼陽平『古代中国の裏社会 伝説の任俠と路地裏の物語』
マーク・ピーターセン 英語で考えるコトバ
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