「死人が出たらどうする」「人殺し」那須川天心との対戦も「逃げてる」…格闘家・武尊が苦しんだSNS誹謗中傷の声
「死人が出たらどうする」「人殺し」那須川天心との対戦も「逃げてる」…格闘家・武尊が苦しんだSNS誹謗中傷の声

10代で発症した「鬱病」との闘いを告白した格闘家の武尊。家族、友人の支えなどで立ち直り2014年11月には幼いころからの夢だったK-1デビューを果たし、翌年4月にはバンタム級で世界を制した。

2016年11月にはフェザー級、2018年3月にはスーパーフェザー級で王者となりK-1史上初の三階級制覇を達成した。

しかし、栄光の裏で武尊はSNSの誹謗中傷により精神疾患を再発していたという。今度は「パニック障害」だった。独占インタビューで、「パニック障害」との闘いを明かしてくれた。(全3回の2回目)

那須川天心から「逃げている」という空気感

武尊は2014年11月3日の大雅戦でK-1にデビューした。アグレッシブな攻撃スタイルと強打を武器にバンタム級を制覇。ファイトだけでなく精悍なマスクは、抜群のスター性を持ち格闘技ファン以外からも注目を集める時代の寵児となっていった。華やかなスポットライトを浴びた当時、心の中にあったのは「恐怖心」だったという。

「K-1では、一番上の僕が負けたらK-1も崩れる…そういうプレッシャーがずっとありました。毎回、メインイベントでの試合だったので、『絶対に勝って締めなきゃ』という以上の思いがあったんです。

それは『ただ勝つだけじゃなくて一番面白い試合をして、大会が盛り上がる締め方をしなきゃ』とか試合が決まると『お客さんをいっぱい入れなきゃ』といった責任感を持っていました。

そのために芸能活動も始めて、おかげさまで格闘技を知らない一般の方々からの注目は集まったんですが…二階級制覇をしたぐらいからプレッシャーが強くなって『この人気をもっと上げたいし絶対に落としたくない』とメディア活動は何も断らず、来た仕事全部受けていたんです。時には、試合直前なのにテレビの仕事でロケへ行ってたこともありました」

団体を支える責任感からリング上で観客を魅了する勝ち方はもちろん、芸能活動でK-1をPRすることも全力で務めた。

それは自分が頑張らなければK-1という団体もダメになってしまうという「恐怖心」でもあった。

「毎日、自宅から自分で車を運転して、都内まで2時間以上の道を通っていました。メディアの仕事して、帰ってジムで練習して、夕方はまた違う仕事に行って、夜は支援してくださる方々と会食…そんな詰め詰めの生活を3年ぐらいやっていました。そんな中でプライベートの時間も作れず、心の余裕がだんだんなくなってきたことに気づき始めていました」

K-1で連勝街道を驀進していた当時、同じキック界で別のスターが誕生した。その男こそ那須川天心だった。武尊がK-1デビューした2014年にキックボクシングで初陣を飾った那須川は、2016年3月に「RISE」でISKA世界バンタム級王座を奪取するなど無敗の快進撃を続け、「RIZIN」と契約。

そのリングでも数々のビッグマッチを制し、実力を証明した。当時「RIZIN」はフジテレビ系の地上波のテレビで中継されていたため、武尊と同じように世間一般での知名度を広げていった。そして那須川は、「武尊との対戦要求」を公の場でブチ上げていった。

しかし、K-1と契約している武尊は、団体の意向もあり沈黙するしかなかった。

「心の余裕がなくなってきたころにちょうど那須川選手が僕に対戦要求してきて、その時は団体の都合で試合はできませんでした。ただ、向こうは地上波で放送していましたから影響力も大きくて、『僕が逃げている』みたいな空気感が出てきたんです」

そして、そんな武尊を襲ったのがSNS上でのおびただしい誹謗中傷だった。

ポジティブな言葉をかき消すSNS誹謗中傷の声

「僕が自分のSNSに試合に勝った報告やこんな仕事をしました、とかアップすると、コメントが誹謗中傷だらけになりました。もちろん、好意的な意見を書き込んでくれた方もいました。

だけど、そういう時って、いいコメントに対して批判する人がアンチコメントをかぶせてくるんです。そんなコメントを返されたら普通の人は恐いじゃないですか。だから、ポジティブなコメントも減っていって『逃げてる。逃げてる』って毎日のようにDMが入って、そんな言葉であふれると、自分の中で『この世の中にいる人、全員がそう思ってる』と錯覚が起きてしまうんです。

外を歩いても人の目線が怖くなりました。応援してくださるスポンサーさんとの会食でも、那須川選手と『なんでやらないの?』とか言われて、最初は『僕もやりたいです』と答えていましたが、事情を知らない人たちから『なんで対戦しないの?』と言われ過ぎて、お世話になっている方々と会うことすら嫌になってしまいました」

顔の見えないSNSでの誹謗中傷は、容赦なかった。そして体と心に異常が起きた。

「突発性難聴になって1か月ぐらい耳が聞こえずらくなって…その時期からパニック症みたいな症状が出てきました。

最初に異変を感じたのは、テレビの収録の時でした。スタジオで収録が始まる前に扉を締められた瞬間に呼吸ができない苦しさを覚えて…何が何だかわからないんですけど心臓がバクバクして…それ以降、その感覚が来るのが怖いと思うようになって。

特に狭い空間に入ると、どこにいても呼吸が苦しく心臓がバクバクするようになって。

車の運転中も、外を歩いていても症状が出るくらいひどくなっていきました。最終的には、自宅でいつもくつろいでいる場所にいても心臓がバクバクするようになって…そのペースも早くなって1日に30回は発作が出るようになりました」

「死人が出たらどうする」「人殺し」の声

精神安定剤を服用したが発作は起き続けた。病院で診察を受け「パニック障害」と診断された。薬を処方されテレビ収録時は、必ず服用して出演した。しかし、症状は収まらなかった。そして、最も大切なはずの「試合」の時さえも発症するようになっていた。

「試合で入場ゲートの入口に立った時にパニック症を起こしたこともありました。皇治選手と闘った大阪(2018年12月8日、エディオンアリーナ大阪)では会場に入った瞬間に天井が低いことが気になってパニックになってしまいました。試合の直前ギリギリまでホテルで休んで、なんとかリングに上りましたが…」

さらに追い打ちをかけたのが、2020年3月22日だった。この日、K-1はさいたまスーパーアリーナで大会を開催した。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で国と埼玉県が開催の自粛を複数回にわたり要請していた中、強行開催したことで世間から猛烈な批判が起きた。

そして、その矛先は団体、大会の顔でトップ選手だった武尊へ向けられた。



「那須川選手からの対戦要求でアンチコメントを投げかけてきたのは格闘技ファンでしたが、この時は一般の報道番組とかで報じられたので僕のSNSに『死人が出たらどうする』『人殺し』とか何百件も誹謗中傷コメントが書き込まれました」

大会の開催を決めたのは団体であり、トップ選手とはいえあくまでファイターである武尊は、開催の判断にはまったく関係していない。一人の選手に対して、あまりにも行き過ぎた批判に「パニック障害」は悪化していった。狭い空間だけでなく暗い場所も発作が起きるようになった。

「レオナ(ペタス)戦(2021年3月28日、日本武道館)の時は、試合前にアップするところが暗くてそれが嫌でスタッフの方に『ライトつけてください』って頼んでアップスペースに光をつけてもらっていました」

パニック障害を診断されてから7年あまりが経つが、今も克服はしていないという。

#3「今後の現役生活への思い」へつづく

〇いのちの電話 ℡0570・783・556(午前10時~午後10時)、℡0120・783・556(午後4~9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)

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取材・文/中井浩一 撮影/村上庄吾

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