
21年前の2004年6月10日に73歳で亡くなるまで、じつに半世紀以上も世界中をその音楽で魅了し続けたレイ・チャールズ。苦難の少年時代を送っていた彼を支えたものとは……
レイ・チャールズの生涯を決めた大切なもの
ソウル・ミュージックの顔役として、サム・クック、ジェームス・ブラウン、ジャッキー・ウィルソン、アレサ・フランクリンらと並び、長年にわたって偉大な功績を残したレイ・チャールズ。
ジョージア州で生まれたレイ・チャールズは、数カ月後には州境に近いフロリダ州北部に移り住んで、極貧に近い暮らしのなかで育った。
しかし、そんな田舎での生活がどん底だったにもかかわらず、レイは3歳の頃に音楽に出会うという幸運に恵まれる。
黒人居住区にあったレッド・ウィング・カフェは、黒人コミュニティの中心的な役割を果たしていた雑貨屋。ワイリー・ビットと奥さんのジョージアが経営していて、部屋の賃貸しもしていたので、一家はしばらくそこに住んでいたこともあった。
そこにはレイの生涯を決めた大切なものが置いてあった。ピアノとジュークボックスである。
ビットさんはブギウギ・ピアノの達人で、レイが望むだけピアノに触れさせて自由に叩かせてくれた。
もちろん小さなレイは、自力でピアノを弾くことはできない。ビットさんはレイを自分の膝の上に座らせて、「そうだ、坊主! いいぞ!」とつきっきりで、ブギウギの手ほどきをした。
今、振り返ると、きっと彼は私の中に何かを見出していたのだろう。私の中にある何かの才能を感じていたのだ。だからこそ、彼は私の教師役を買ってでたのだ。
レイはまだ子どもだったが、その時から自分のフレーズを生み出そうとしていた。カフェに置かれた音楽の宝箱=ジュークボックスにも、ブギウギのレコードがたくさん入っていた。それから卑猥な歌詞のブルースも。
レイは物心ついた頃から、スピーカーの真ん前の定位置に座って、何時間もそれらを聴いて過ごした。加えてラジオから朝から晩まで流れていたのが、『グランド・オール・オープリー』などの白人向けヒルビリーだった。
こういった音楽的な原風景があったからこそ、大スターになっても、ジャンルに固執せず、黒人のものだろうが白人のものだろうが、レイは一切の区別をしなかった。ただ「心に残るいい歌だからそれを唄いたい」と、いつも思っていたのだ。
私は二つのことにしか興味がなかった。自分自身に誠実、純粋であることと、そして音楽自体に誠実、純粋であることだ。
レイには『What'd I Say』などのオリジナル曲の大ヒットのほか、ジャズスタンダードの『Georgia On My Mind(我が心のジョージア)』やカントリーの『I Can’t Stop Loving You(愛さずにはいられない)』などのNo. 1カバーヒットがある。
レイの純粋な想いが曲に宿ったことで、誰もが「この歌はレイ・チャールズの曲だ」と思うほど、広く深く浸透した。
「諦めずに頑張れば、逆境から立ち直れることを人々に知ってほしい」
マーケット違いやファン離れについて懸念するレコード会社の意見を無視してでも、レイは自分が本当に突きつめたい音楽に向かって進んでいった。
そんなレイは7歳の頃から少しずつ視力を失い、10代になって失明したことを忘れてはならない。彼の半生を綴った映画に『Ray/レイ』(2004)がある。
監督のテイラー・ハックフォードは、レイからこう言われたという。
君はどんな話を伝えてもいいし、私をどのように見せても構わない。でも、真実を語らない事だけは許されない。それは正しい事ではないからね。
映画で描かれるのは、音楽だけではない。南部での母子家庭の貧困、少年時代に起こる弟の死とトラウマ、そして運命の失明。あるいは人種差別、麻薬中毒、女性問題、音楽ビジネスの闇など、あらゆる真実を我々は知ることになる。
私が小さい頃に体験した試練や苦しみ、長年に渡って起きたあらゆる事柄を人々に分かってほしい。自分がどこへ行きたいかを知っていて、諦めずに頑張れば、逆境から立ち直れることを人々に知ってほしい。
何度かノックダウンされたからと言って、諦めてはいけない。
そんな中で挿入される母親との回想エピソードが感動的だ。レイは何か辛いことがあると、いつも死別した母親の言葉を想い出した。心に刻んで忘れなかった。
盲目だからといって人からお情けをもらうのではなく、どんな時も二本の足で立てる人間になりなさい。
レイ・チャールズは、2004年6月10日に73歳で亡くなった。同年8月には、おそらく最後になること予感しながら録音した遺作『Genius Loves Company』(ノラ・ジョーンズ、ボニー・レイット、ウィリー・ネルソン、ヴァン・モリソン、エルトン・ジョン、B.B.キングら12人とのデュエット)がリリースされて大ヒット。映画『Ray/レイ』は同年10月に公開された。
文/佐藤剛、中野充浩 編集/TAP the POP
参考・引用
『我が心のジョージア~レイ・チャールズ物語~』レイ・チャールズ&デイヴィッド・リッツ共著/吉岡正晴訳(戎光祥出版)、『Ray/レイ』パンフレット