
“親米派”の世襲議員、小泉進次郎氏が農林水産大臣に就任してから、コメ不足や価格高騰問題への対応が迅速化したように見える。古古古米の備蓄米放出など連日話題に事欠かない小泉農水相はついに6月6日、外国産米の緊急輸入を検討していると言い出した。
田んぼは150ヘクタールまでに拡大、400人が離農した
千葉県柏市の株式会社柏染谷農場は、流域面積が日本最大の利根川沿いの中でも、総面積150ヘクタール(東京ドーム32個分)の作付け面積を誇る。従業員10人以上を率いる代表の染谷茂さん(75)は、今年で就農50年というコメ農家の生き字引的存在だ。5代続いた農家の長男でもある染谷さんに、まずは半世紀以前のコメ作りの状況から振り返ってもらった。
「農業高校を卒業して農業を3年ほどやったんだけど、そのころ近くに工業団地ができて周りの若い者もどんどん勤め始めた。そのタイミングで減反政策が始まって、もう農業をやらなくていいのかってことで俺もバスの運転手に転職した。
給料もいいし何の不満もなかったんだけど、いろいろ考えて会社勤めは3年半でやめて、また農業を始めた。農業が好きというよりは5代続いた農家の長男だから継がなきゃなって感覚だったんだけどな。もとは1.5ヘクタールの田んぼだったけど、機械をそろえて投資するとその面積じゃ採算取れないから、最初は作業請負をしてその田んぼを借り入れしたりしたんだ。まあ昔でいう小作農もやって、設備投資の返済に充ててたってことだね」
周囲の農家は工業団地誕生とともに兼業化し、離農者も続出するようになった。
「“貸してやるからやってくれ”から、そのうち“田んぼ持っててもしょうがないから買ってくれ”になっていった。(私の田んぼが)150ヘクタールまでに拡大するまでに何人のコメ農家がやめていったと思う? 400人近くが離農した結果なんだ。兼業が面倒になったという人もいたし、収入面が理由の人もいた。
俺が高校生の頃は農家の目標が7桁台(数百万円)って言われていたんだよ。これ所得じゃないよ。年の売り上げでだ。
一方でバス会社を辞めるころには俺の月給は約17万円、年間だと200万円以上あった。ということは所得でいえば運転手のが良かったってことだ。昔から農家は大変だった。水飲み百姓って言葉があるぐらいだからな。食うものがないから水を飲んで空腹を満たすって意味だ。それが今はようやくいくらか利益が出るようになった」
農家は10年後には3分の1くらいになるだろうな
昨今のコメ価格高騰や政府の対策についてはどう考えているのか。
「高騰は一時的なものだと思う。小泉大臣が備蓄米について(5キロ)2000円って騒いでるでしょ。備蓄米だからその値段なんだけど、値段が先行して消費者にとっての『コメの値段』も2000円が当たり前になっていく。
でもそれって農家にしたらいくらになると思う? 1俵(60キロ)の玄米を精米すると1割減るから54キロ。
30年前の1995年7月に廃止されるまで、日本には長くコメや麦など主食の価格や供給を政府が統制する食糧管理法が存在していた。同法に基づくいわゆる食管制度が生産者の最低限の生活を守っていた。
「30年前はこの辺りのコメは1俵23000円してたのに、食管制度がなくなって一昨年まではその半分以下だったよ。逆に機械や農機具、肥料はすべて高騰しているのに、なんでコメだけが下げて当たり前なんだろうな。今回の『2000円』はそれを助長する結果につながりかねない。
小泉大臣は飼料用米だから2000円と言うけど、消費者の頭の中に2000円という価格が叩き込まれる。日本の食文化を大事にしたいという意識もなくなりつつあるのかもな。コメは日本人の主食なのに、値段が高いという印象であれば『コメじゃなくてもいいか』となってもおかしくない。
コメ農家が「やっていける」損益分岐点は小売価格だとどれくらいなのだろうか。
「5キロ3000円なら1俵32400円になる。これくらいなら農家も利益が出てくる。今『基幹的農業従事者』つまり専業農家は約116万人で、そのうち7割が65歳以上だから、10年後には3分の1くらいになるだろうな。もう(農業従事者減少に)ブレーキがきかない状態になる。国もなんでそっちに目が向かないんだろうかって思うよ。
今の食料自給率38パーセントも当然維持できなくなるだろうから、とんでもない事態になると思うけどな。所得補償とか公金とかお金の話だけでなく、やっぱり農業にはやりがいがあるって環境づくりにも目を向けないといけないと思う」
集めたカネで農家にこの辺にアパートを次々建てさせて…
もはや「離農」というレベルではなく、農業が土台から音を立てて崩れていく様は誰の目にも明らかだ。そして、農協改革の急先鋒だった小泉ジュニアがやってきた。
「農協は金を集めても保険をやってもいいという(政府に)非常に優遇された組織だよ。そのせいか、本来は日本の農業をどうするかが先なのに、自分らの儲けを優先するようになってしまっている。
農林中金 (農林中央金庫) のやつらは集めたカネでこの辺にアパートを次々建てて、管理して手数料で商売しようとしていた事もあった。
農林中金は生産現場に目を向けて今何をすべきか考えてほしい。農水省も天下りばかりに腐心せず、農協のいいところを残して、離農者が続く現状にも目を向けてほしいんだけどな」
大ベテランの染谷さんには、国も農協も本筋から外れて方向性を見失っているようにしか見えない。
「国は今『みどりの食料システム戦略』という、日本の農地の4分の1にあたる100万ヘクタールを有機の圃場(ほじょう。水田や畑など農作物を栽培するための場所のこと)にする将来構想を掲げている。農家が減っているのに除草剤も化学肥料も使わない手間のかかる有機圃場を増やそうとしている。
今だって『もう百姓なんてやらねえ」って人がいるんだ。若い人が勤めをやめて田舎に戻って田んぼをやりたくても、所得を考えたら無理だろうしな。耕作放棄地が増えればそこにゴミを捨てたりする人もいるだろうし、また別の問題が上がってくるよ。今回、備蓄米で始まった小泉大臣も、生産地のほうも見て生産者目線でもやっていってもらいたいな」
離農者に歯止めがかかかず耕作放棄地が増える現状で、手間のかかる有機農場拡大を推進し、安価な外国産米の輸入でさらに生産者から競争力を奪う。
米国、フランス、オーストラリア。
※「集英社オンライン」では、今回の記事についての情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。
メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com
X(旧Twitter)
@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班