
有事の際を想定して政府がストックしている備蓄米の放出が止まらない。小泉進次郎農林水産大臣はついに古古古古米(2020年度産)放出を決定、6月10日の閣議後会見で新たに21年度産と加えて合計20万トンの備蓄米を随意契約で売り渡すと発表した。
「JAや、コメを抱えている業者は、えらい赤字になっちゃうぞという思いはあるでしょう」
取材に応じてくれたのは、1992年に東京都練馬区関町にスーパーアキダイを創業、現在は都内に9店舗を構えるまでに育てた秋葉弘道社長(56)だ。
秋葉社長は東日本大震災に伴う出荷の遅れや東北産の野菜の供給量の減少で価格が高騰していた際に多くの取材を受けたことでも知られ、その確かな見識から以降はメディアでの露出が引きも切らない名物経営者だ。
まず、異常高騰していたコメの価格は下がったのだろうか。
「これまで備蓄米を放出した農水省も、そのほとんどを入札したJAも、コメの価格を下げたくなかったんでしょう。だから相場に関係しない学校給食や飲食店などに備蓄米を流して市場価格(の下落)をある程度抑えてきたんですね。そこに小泉さんが(随意契約で)一石を投じたから『値下がりするんじゃん』となった。
テレビであれだけ古古米の報道をされると消費者は『コメの価格はここが頭打ちで今後は下がるんじゃない?』って思いになるわけです。相場に関しても、小泉さんが『店頭価格を下げる』と言ってやり始めてからコメのスポット価格は下がっているんですよ。
JAも含めてコメを抱えている業者は今持っているおコメを多少出しておかないとえらい赤字になっちゃうぞという思いはあるでしょうね」
そもそも異常高値の原因だった入荷状況の改善はみられ、米価も今後は落ち着いていくのか。
「新たに備蓄米が放出されてからスーパーなどの店頭に2024年度産のおコメが山積みにされ始めたという声があるようですが、今店頭に並んでいるのはほとんどが5月に仕入れたコメでしょうから在庫を持っていたJAやコメの業者が慌てて吐き出したというわけではないと思います。
JAやコメの業者なども例年、新米が市場に出るまでは昨年度産のコメがなくならないように調整しながら出していくのですが、今回備蓄米の放出によって市場におコメ自体が増えたので、今後その分の流通量が増えるというのはあると思いますよ。
今年で言うと、6月よりも7月はおコメの価格は上がり、8月には2024年度産のおコメは市場からなくなるだろうという見立てが業界にはありました。今現在の状況は、仕入れした価格があるわけですから2024年度産のコメの価格は落ちていませんが、今月の見積りから少し落ちる可能性があるのではないかと見ています。
なので、7月ごろから店頭に並ぶコメは5キロで200円~300円は安くなるのではないかと予想しています。極端に落ちるということはないと思いますよ」
「輸入米にまで言及したのは行き過ぎだし、絶対やっちゃいけない」
消費者としては、例年、新米が出る前の梅雨から夏にかけてはコメの値段は安くなってきたという感覚がある。
「去年の夏から秋は現実的におコメは少なかったですが、これまで何十年もおコメは余り続けてきたからここまでおコメがない事態になるなんて想像できず、小売業者やコメを使う外食産業の多くがタカをくくっていた部分はあったと思います。普通なら6月、7月に前年度のおコメの価格は下がることはあっても上がることなんてありませんでしたから。
それが、ここまで毎月『また上がるぞ』という状況ですから、こうした過熱感があるうちに販路を確保しておこうという生産者もいて、去年の冬くらいから『少し安くてもいいから、今度の新米の契約をしてほしい』と連絡をもらうようになりました。
今コメ農家は売り手市場ですから、『この瞬間に売り込んでおかないと』という考えだと思います。僕がスーパーをやりはじめて30年以上の間で、個人の生産者から売り込みが来たのって2件だけですよ。それが去年の冬から今までで4件もそういった連絡もらっていますよ」
「令和のコメ騒動」が起きる去年まで、コメは“売れない”商品だったということだろうか。
「そもそも10数年前からコメ離れというのは始まっていて、コメの人気というのはどんどん落ちていました。
そうして何十年もおコメは余り続けてきていたからこそ、お金をかけてどこどこのおコメはおいしいってCMするようになってきたんですから。ダイエットをするにはコメを抜くというのが流行ったこともありましたしね。相対的にパンの売れ行きが異常に良くなったというわけではありませんが、コメ以外の選択肢が増えたことなど様々な要因からコメ離れが進んだなという印象でした。
それが今回のコメ騒動で、“おコメがないない”ってメディアで報道され、炊き立てのおコメの動画がふわあっとさんざん流されましたよね。そういった要素が絡み合って、コメ離れしていた人が戻ってきた、そんな風に感じています。おコメの価格って2倍以上になっているわけですよ。普通なら仕入れの7割が売れればいい方だったのが、今は完売して、枯渇したところにも人が殺到している状況ということです」
小泉大臣の動きはどう見ているのか。
「古古古米の放出までは過熱するおコメ相場に効果があって良かったと思います。ですが、輸入米にまで言及したのは行き過ぎだし、絶対やっちゃいけないと思う。今の関税の状況ならまだ輸入米が3000円台ぐらいだから、極端に輸入米しか売れなくなるということはないとは思いますが、それでも日本のおコメが高騰してからは前より売れていますよね。
今は関税である程度守られているけど、小泉さんがそれを緩めるようなことをすればヤバいことになると思います。
輸入米の流通が拡大したら生産者にとって新たな脅威になりますよね。『なければ輸入すればいい』というのは悪い風習でしかないし、『じゃあ何でなくなってしまったのか』に目を向けた政策をとってほしいですね。
卵も2年ほど前の鳥インフルエンザがきっかけで、2割くらい高騰しました。燃料代やエサ代の高騰など、生産しづらい環境になっていたわけです。野菜だってそうで、コメだけではありません。生産者が生産しやすい環境というものを考えていかないと、日本人が日本の食べ物を食べられなくなる時代になりかねないですよ」
親米派の“コメ担当”大臣がこの至言をどう受け止めるのか、注視が必要だ。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班