「日本人らしさとは、自然観にあり」経産省パンフ『世界が驚くニッポン!』が唱える「日本ブランド」におぼえる曖昧さと違和感
「日本人らしさとは、自然観にあり」経産省パンフ『世界が驚くニッポン!』が唱える「日本ブランド」におぼえる曖昧さと違和感

経済産業省が2017年「COOL JAPAN」を促進する『世界が驚くニッポン!』を刊行した。このパンフレットは国内外に向けて「日本ブランド」の確立と発信をめざして中で生まれたが、そこに記載されたものには…。

 

『「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム』より一部抜粋・再構成してお届けする。

『世界が驚く……』の最大の特徴「日本人の自然観」

二〇〇〇年代から二〇一〇年代にかけて立ち上げられてきた国外・国内向けの「日本らしさ」再定義をめざす戦略的目標の中で生み出されたのが、この官製「日本スゴイ」パンフなのである。『世界が驚くニッポン!』では冒頭から、次のように高らかに宣言されていた。

日本人らしさとは、自然観にあり
自然と一体化しようとする「自然観」、多様な「美意識」、そして「身体感覚」。多角的な観点から考えることで、日本人が見えてくる

エエーッと驚いてしまうが、経産省はこれを本当にパンフレットにしてしまったのだから仕方がない。「日本人らしさとは、自然観にあり」「日本スゴイ」番組のナレーションにありがちな、うっかりスルーしてしまいそうになるフレーズだ。

「日本人らしさ」を説明するにあたって、どうして「自然観」がまっさきに登場するのだろうか。よく考えるとどうしてそう言えるのか、よくわからなくなる不思議感あふれる宣言だ。『世界が驚くニッポン!』では、次のように続けている。

「日本人らしさ」とは何だろう? その核をかたちづくっているのは、日本人独特の自然観ではないだろうか。日本は、四方を海に囲まれた島国であり、山国でもある。南北に長く、四季に富んだ温暖な気候、豊富な水資源、山海の幸……、自然は日本人に、さまざまな恵みを与えてきた。

一方で台風、洪水、豪雪、火山、そして地震など、過酷な試練も課してきた。

その中で生まれたのが、自然を畏怖しながらも、自然に自らも溶け込ませ、共生しようとする独自の自然観だ。自然=克服すべき対象とみなした近代西洋の合理的自然観とは対照的だろう。
 
一読しただけではイマイチ脳に反映しない文章だが、辛抱強く鑑賞してみよう。

まず冒頭で、「日本人らしさ」の核(コア)は「日本人独特の自然観」ではないかと提起されている。どうやら経産省的には「日本人独特の自然観」を持つ者が「日本人」らしいということのようだ。

それにつづく「日本は、四方を海に囲まれた島国……」以降の一文では、「日本人独特の自然観」を形成してきた自然的条件が列挙される。〈四方を海に囲まれた島国であり、山国〉〈南北に長い〉〈四季に富んだ温暖な気候〉〈豊富な水資源〉〈山海の幸〉――これらの自然の「恵み」につづいて、〈台風〉〈洪水〉〈豪雪〉〈火山〉〈地震〉――など、自然による人間に対する「試練」が列挙される。

境界線が曖昧な「日本スゴイ」言説

この自然的条件が与えてきた「恵み」と「試練」によって、日本人「独特の自然観」が形成されてきたと展開している。

ここで立ち止まるべきなのは、こうした自然の「恵み」と「試練」とは、世界中の人類がほぼ等しく経験している相克であるということだ。もちろん、地理的な条件は千差万別であるとは言え、自然の恩恵がなければ生存できないし、人間が社会生活を営む上で自然からの試練が皆無なところも存在しない。

けれども、なぜか偶然にも、日本列島の地理的特殊性が、そこに住む「日本人」だけに、ある「独特の自然観」をもたらしたことになっている。それが「自然を畏怖しながらも、自然に自らも溶け込ませ、共生しようとする」自然観だというのである。

また、ここで「日本は」と平然と使われているが、ここで想定されている「日本」の範囲は明示されていない。

そこに琉球は入るのか、北海道はどうなのか。南鳥島は入るのか。地理的・風土的要素を列挙しながらも、実は「日本」の境界線が曖昧なのは、「日本スゴイ」言説に共通する特徴でもある。

言うまでもなく、歴史的には「日本」の地理的範囲は延びたり縮んだりしている。大日本帝国時代には南樺太から朝鮮・台湾までが「日本」の国土だった。ここでは戦後の日本の版図が暗に念頭に置かれているだろう。

少なくとも、「北海道」や「沖縄」が「日本」に組み込まれてからの地理的特徴から、太古以来形成されてきたと想定されている「独自の自然観」を導き出そうとしているのだと言える。

こういった展開は、あまりにもありふれた・よく見かけるものなので、特にひっかかりも覚えずにスルーしてしまいそうになる。特に、日本独自の風土的条件が、そこに暮らす日本人独自の「自然観」を形成してきたという展開は、和辻哲郎『風土』の俗流解釈を筆頭に、「日本文化論」が好んでパクり・拡大再生産してきたイデオロギーだ。

もう何十年も「日本人」についてこんな物語が繰り返されてきたおかげで、私たちは慣れっこにさせられているわけだ。それにしても、「独自の自然観」の中身として挙げられている「自然に自らも溶け込ませ、共生しようとする」とは、いったいどういうことなのか?

文/早川タダノリ 写真/photo ac

『「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム』(朝日新聞出版)

早川タダノリ
「日本人らしさとは、自然観にあり」経産省パンフ『世界が驚くニッポン!』が唱える「日本ブランド」におぼえる曖昧さと違和感
『「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム』(朝日新聞出版)
2025年6月13日990円(税込)288ページISBN: 978-4022953193「クールジャパン」「観光立国」を始めとする国家的文化政策を筆頭に、書籍・雑誌・ムックからテレビ・ラジオ番組、人材育成セミナーなど、さまざまな媒体を介して社会的に広がっていった「日本スゴイ」コンテンツは、どんな機能をはたしているのか――具体的なエピソードの中から読み解く。
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