
6月25日に差し迫ったフジ・メディア・ホールディングスの株主総会に参加を表明しているホリエモンこと堀江貴文氏。彼には20年前にフジテレビを買収しようと動いた過去がある。
ホリエモンがフジテレビ論を展開した『フジテレビの正体』(宝島社)より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全2回のうち1回目〉
20年前のテレビとネットの融合構想
20年前、僕がもしフジテレビの買収に成功していたら、その後のフジはどう変化していたか――。
いまでもそんなことをよく聞かれる。
歴史に「もし」がないのを承知であえて振り返ってみるならば、あのとき僕がフジテレビを経営できたとして何をしていたのか。
間違いなく、いわゆるサブスク(サブスクリプション=一定期間、定額のコンテンツサービス)に注力し、そのビジネスモデルを育てて収益を上げることを目指していたと思う。
サブスクに関して言えば、当時日本はすでに大きく世界から立ち遅れた状態だった。その理由は、地上波のテレビが抵抗し、新しく登場した有料の衛星放送、特にCSを潰しにかかっていたからだ。
サッカーW杯を全試合中継したアベマの戦略
有料放送は、離脱率と顧客獲得コストからLTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)の算出ができるのが強みだ。明確なLTVの数値が出ることによって、コンテンツにどれだけの投資が可能か分かる。
LTVの概念によって大型の投資が成立した事例がある。カタールで開催された前回のサッカーW杯(2022年)で、日本における放映権を獲得したのは「ABEMA TV」(以下アベマ)だった。注目度の高い試合(日本戦など)は地上波中継されたが、それはアベマのサブライセンスである。
それまでのW杯は、NHKと民放各社が共同で構成するジャパンコンソーシアムが放映権を獲得していたが、カタール大会に関しては200億円とも言われた高額の放映権料を支えきれず、日本テレビ、TBS、テレビ東京が撤退。
地上波テレビは基本的に広告収入しかない。高視聴率が期待できる番組でも、総額200億円という放映権料は、もはや現在の地上波番組には手が出ないのだ。
その点、アベマはLTVで計算ができるので、巨額の投資ができる。無料配信した場合、どれだけのユーザーの視聴があればペイできるか。そうした根拠をもとに放映権を獲得した。まさに時代の変化を象徴する出来事だった。
もちろん、アベマとしてはW杯の全試合中継という実績作りの価値も計算しての決断だったと思うが、フジが本気でFOD(フジテレビ・オンデマンド:フジの公式動画配信・電子書籍配信サービス)を伸ばしたいなら、こうしたことができるはずなのだ。
ボクシングの世界王者、井上尚弥の試合は現状、アマゾンプライムで配信されているが、これをFODとして取りに行けばいいのである。
アメリカやヨーロッパなど日本以外の国が巨額のスポーツ放映権料を払えるのは、CSに注力し、それを伸ばしてきたからだ。
オーストラリア出身の「メディア王」ルパート・マードック氏が、プロサッカーのプレミアリーグ中継で「スカイTV」を大成功させたのはその代表例だが、欧米が先見の明をもってサブスクを伸ばしてきたのに、日本だけがその流れに乗ることができなかったのはあまりにもったいないことである。
現在、ドジャースの大谷翔平選手は10年で1000億円を超える超大型契約を結んでいると言われている。
なぜMLBの各球団は選手にそこまで巨額の年俸を払えるのか。これもひとことでいえば、MLBの放映権ビジネスが成功した結果である。
20年前、すでにテレビとネットの融合を考えた
僕が20年前、フジと業務提携を結んだ頃に思い描いていたのは当時、最先端のサービスだった「iモード」に関するビジネスだった。
もともとライブドアは、テレビ東京のiモードサイトを作っていた。毎週木曜日の朝になると、担当者と一緒に虎ノ門のテレビ東京に行って、文句を言われながらも仕事をしていた懐かしい思い出があるのだが、それでも1万人だった会員数をたった1年で10万人に増やした実績がある。
「こんなに会員数が増えるのか……」
当時の僕には確かな手ごたえがあった。
発注側のテレ東子会社にはまったく協力姿勢がなく、本体のテレ東に対する発言力もなかったので、番組でiモードサイトの宣伝などはほとんどしてくれなかった。
それにもかかわらず、これだけ会員数が伸びるということは、テレ東よりはるかに強力なコンテンツを持つフジが一丸となってiモードを推進させたら、数百万人、いや数千万人の会員を獲得できるのではないか――僕はそう考えていたのだ。
もちろん、当時のコンテンツと言えば携帯の着メロだったり、テキストメッセージやちょっとした写真程度のものだったが、いずれ技術革新が訪れ、何らかのデバイスが開発されて、手軽に動画を見ることができるようになることは分かっていた。
実際、2008年にiPhone が発売されスマホの時代が到来すると、一気に動画の時代に突入した。
僕が刑務所に入る前(2011年)まではまだ、スマホを持っている人は少なかったと記憶しているが、2年後に仮釈放され社会復帰したときには誰もがスマホを使うようになっており、急速な普及を実感した覚えがある。
ここで重要なことは「なぜコンテンツを流すのか」という事業の目的だ。
ライブドアは当時、証券も持っていたし銀行の業務にも参入しようとしていたところで、ひととおりの金融サービスを揃えていた。コンテンツは、決済アカウントを取るための手段だったのである。
無料で見るだけだったテレビから、ネットの世界にお客さんを連れてきて、小口決済のお金が落ちる形にする。
フジテレビにはいくらでも強いコンテンツがあるのだから、これは必ず成功する自信があったし、放送とネットが連携するメリットは非常に大きかったといまでも思う。
文/堀江貴文 写真/Shutterstock
フジテレビの正体
堀江貴文