
「やなせたかしを描くことは、戦争を描くこと」と脚本家・中園ミホ氏も意気込む朝ドラ『あんぱん』が、今週からいよいよ本格的な太平洋戦争シーンに突入した。今作の最大のテーマである“逆転しない正義”を描くため、歴代作品と比較すると“異例”と思える戦時下のヒロイン像が描かれている。
また今年は戦後80年。戦時下を駆け抜けた数多くのヒロインを描いてきた朝ドラ歴代作品の中から傑作・名場面トップ3を評論家に聞いた。
戦時下では“異例”な今作のヒロイン像
国民的アニメ・絵本『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと、その妻・暢(のぶ)の夫婦をモデルに、戦中戦後と人生の荒波を乗り越える中で、2人が“逆転しない正義”に行き着くまでを描く朝ドラ『あんぱん』。
特に2人の太平洋戦争での経験は、のちのアンパンマン誕生のきっかけでもあり、今作最大の見どころとなっている。そのため、歴代作品と比較し、「尺の長さもヒロイン像も異例尽くしだ」と朝ドラ評論家の半澤則吉さんは語る。
「これまでのヒロインは、『戦争なんて私は嫌だ』という反戦スタイルで、当時の軍国主義や戦時教育下にある婦人会と対立する構図が多く描かれていました。しかし、今作は“正義の逆転”を描くために、ヒロイン・のぶが明確に軍国主義側に洗脳されていく様子が描かれています。
逆に戦争で婚約者の豪ちゃんを失った次女の蘭子と長女ののぶの対立構造は、戦争という観点からみると前半の大きなハイライトでした」(半澤さん、以下同)
さらに、太平洋戦争をメインに扱った作品は多数存在するが、今作では豪ちゃんこと原豪(細田佳央太)が出征する日中戦争も丁寧に描かれており、その長さも異例だ。
「戦時下のシーンは、豪ちゃんに日中戦争の召集令状が届く第27回から、やなせたかしをモデルにした嵩(北村匠海)が太平洋戦争に出征する6週目にまで突入しました。今後もまだまだ続くと思われますので、異例の長尺となるでしょう」
芸能、歌…さまざまな視点から描かれる近年の戦争
今年は戦後80年。近年は戦争作品やコンテンツは視聴者受けの悪さなどから減少傾向にあるものの、朝ドラ作品ではどのような傾向が見受けられるのか。
「近年の朝ドラでは『近しい人が死んだから悲しい』という通り一遍の描き方ではなく、色々な角度から戦争を描こうという意識を感じます」
その代表的な作品として挙げられるのが、2020年度前期『エール』(主演:窪田正孝、二階堂ふみ)と2023年度後期『ブギウギ』(主演:趣里)だ。
「この2作品は戦争を擁護してしまった芸能や歌の作り手側の悲しみや切なさが色濃く描かれていました。『エール』では主人公で作曲家の裕一(窪田正孝)が作った曲が戦争にいく若者を後押ししてしまった。
そうしたスターや芸能の目線から戦時下を描いた朝ドラは珍しく、とても印象に残る作品となりました」
特に『エール』の戦時下での描写では、裕一の恩師である藤堂先生(森山直太朗)が大激戦地・インパール作戦で戦死するシーンなど、朝ドラではほとんど描かれることがない激しくリアルな戦闘シーンもあり、大きな話題を呼んだ。
ここで『エール』と『ブギウギ』の名作のほか、半澤さんが選ぶ太平洋戦争を描いた歴代朝ドラ名シーンBEST3を聞いた。
BEST3:『カーネーション』ヒロイン・糸子vs安岡のおばちゃん
BEST3は、ファッションデザイナーとして活躍する「コシノ3姉妹」の母である小篠綾子をモデルにした2011年度後期の朝ドラ『カーネーション』だ。
「ヒロイン・糸子(尾野真千子)は戦争への向き合い方がこれまでのヒロインと大きく違いました。戦争に対し、アンチでも軍国主義でもない。『戦争みたいなチンケなものが始まったわ』ぐらいに捉えていて、自分の仕事と向き合い続ける。日本が右極化したり戦局が悪化していく中、世間と温度差が生まれていく様子が描かれていました」
そんな同作の名シーンとして挙げるのが、幼馴染の母である安岡のおばちゃんこと玉枝(濱田マリ)が雨の中、糸子に説教するシーンだ。糸子が戦争から心を病んで帰ってきた幼馴染を励まそうと、かつての片思いの相手に会わせるのだが、それによりさらに心を病んだ幼馴染が、自殺未遂を起こすという事態が起こり、濱田マリの熱演を生んだ。
〈あのな、糸ちゃん。世の中っちゅうのはなあ、みんながあんたみたいに強いわけちゃうねん。みんなもっと弱いねん、もっと負けてんや。
うまいこといかんと悲しいて、自分が惨めなのもわかってる。けど、生きていかないかんさかい。あんたにそんな気持ちわかるか〉
「僕はこのシーン大好きで、ある意味では戦時下の人を描いた名シーンだと思いました。天真爛漫なヒロインを中心に都合よく話が進むことが多い朝ドラで、視聴者の気持ちを代弁するかのように安岡のおばちゃんが糸子をスパッとぶった斬ったシーンは迫力満点でした」
太平洋戦争下の名シーンBEST3
BEST2:『虎に翼』初回につながる、焼き鳥の包み紙
BEST2は、2024年度前期に放送された『虎に翼』だ。名シーンとして挙げるのは、ヒロイン・寅子(伊藤沙莉)が、夫・優三(仲野太賀)の戦死を知った後に、闇市で焼き鳥を買い、一人で河原で悲しみに暮れるシーンだ。焼き鳥の包み紙として使用された新聞の日本国憲法第14条を読み、涙するのだが、これが冒頭の伏線回収となっていた。
「日本初の女性弁護士・判事・裁判所長になった三淵嘉子さんをモデルにした同作では、初回の冒頭シーンで新聞に書かれた憲法の序文を読んで寅子が涙する場面から始まるのですが、実は優三が死んで悲しみに暮れていた心理描写が背景にあったと、この回で判明します。
同作は戦後に活躍する世代の人たちの心の傷も描き、原爆裁判の話も大きく取り上げるなど、幅広い視点で戦争を捉えていた作品でした」
BEST1:『カムカムエヴリバディ』金太死亡…衝撃結末に「あさイチ」鈴木アナ大号泣
BEST1は、2021年度後期に放送された『カムカムエヴリバディ』だ。半澤さんが「戦時下に限らず朝ドラトップクラスの名シーン」と語ったのは、同作でも“神回”といわれたヒロイン・安子(上白石萌音)の父・金太(甲本雅裕)が亡くなるシーンだ。
「岡山大空襲で、自分が『こっちへ逃げろ』と言ってしまったばかりに、家族を亡くした金太は激しい後悔に襲われ、心も身体もボロボロになっていくんです。ある夜、金太が引き戸を開けると、そこには喧嘩別れして戦地に行ってしまった息子・算太(濱田岳)が立っていて…。そこの2人の演技合戦が素晴らしかった」
金太は算太に安子以外の家族をみんな死なせてしまったことを詫びると、算太が「戦争じゃったんじゃ。
〈金太が亡くなっているという知らせが入ったのは、その翌朝のことでした〉
「現実とも夢とも受け取れるような金太と算太の掛け合いから、まさかのナレ死展開。当時視聴していた私もかなり動揺し、『あさイチ』の鈴木アナも大号泣。SNSでも困惑する視聴者の声が続出していました。
息子の帰りをずっと待っていた父の心情を表した最期の名演出は文句なしの“神回”。同作は戦争をきっかけに人生を翻弄される安子から3代にわたり、戦前戦中戦後を丁寧に描いた点が秀逸でした」
朝ドラヒロインの半生を描く上で、時代のカタストロフィーの一つとして扱われることが多い太平洋戦争。今年戦後80年を迎え、今後作品が戦争とどう向き合い続けていくのかが問われている。
取材・文/木下未希