
6月28日から公開となる、水道橋博士が主人公のドキュメンタリー映画『選挙と鬱』。2022年の参院選に急きょ出馬した博士の選挙戦や当選後の休職・辞職の「その後」を映したヒューマンドラマだ。
議員辞職後にウーバー配達員に。自分の中では『スターウォーズ』?
━━2022年の参院選に奇跡の当選を果たした水道橋博士。しかし、その後、鬱になり辞職。映画の後編では、鬱の対症療法のひとつとして、自転車を購入しウーバーイーツの配達人を始められる姿に見入ってしまいました。
青柳拓監督(以下、青柳) 鬱を公表し議員辞職されたあと、僕から博士さんに直接連絡を取るというのは控えていたんですが、「『東京自転車節』のようにボク、ウーバーでもやろうかな」とSNSで発信されているのを見て、おおっ!!となったんですよね。
水道橋博士(以下、博士) 青柳クンの監督作品でコロナ禍のゴーストタウンの東京で自ら自転車に乗ってUber Eatsの配達員になる姿を描いた『東京自転車節』を観ていたというのもあったのと、これは現時点でボクの持論なんですけど、鬱の罹患、再発を防ぐためには「運動」「銭湯」「対話」、3本の柱を日常のルーティンに取り込むというのがあってね。それを実践しようと始めたんです。
ウーバー始める前に、(辞職後、半年ぶりに監督と再会し)中野区の広い公園でインタビューを受けるシーンがあって、あれは振り返ってみたら、ボクの中では映画の『スターウォーズ』的なんだよね。
青柳 あの日は、ぜったい開放的なグラウンドのど真ん中で聞きたいと思ったんですよね。子どもたちが遊んでいて、遠くでは楽器の音も聞こえて、夕暮れ時で、放課後のような解放感がねらいでした。
ただ、インタビューを繋ごうとしたら後ろにいた子供たちが消えたりして(笑)、博士さんも選挙時から雰囲気も変わっているから、なんだか不思議で少し非現実的なシーンになっていますよね。
博士 今、見ると、映画的な妄想で言えば、帝国軍にやられたルーク・スカイウォーカーが故郷の砂漠の惑星で、傷を癒やしているように見えるの。それで、主人公が次の召命に応じて立ち上がり、出撃に乗り込むのが……自転車なんだけど(笑)。
あの頃、映画は何処で終わるのか、決まっていなくて、言っていたのは、帝国の象徴、デス・スターが国会議事堂という設定なんです。国会へもう一度、乗り込むところで終わったらどうだろうって。
青柳 それで、国会議事堂の中に吉野家があるんですけど、どうやったら配達の注文が受けられるだろうかとおっしゃってましたね。
博士 ラストシーンはボクがウーバーイーツの注文を受けて国会に入っていく。ぜひ、そこを撮ってくれって言っていた(笑)。
━━国会への配達はまだ叶わずですが、配達が遅れた博士が相当怒鳴られたシーンもありましたね。
青柳 僕も配達人をやっていましたが、あんなに怒られることはなかったですね。あの時は、道に迷ったのと、博士が途中で「ここはタモリさんと昔食事したお店だよ」と説明してくれたり、それを撮ったりしていたこともあって……。とはいえ、あそこまで。
博士 しかも、ボクをどやしつける男の人の隣には、小さなお嬢ちゃんがそれをじっと見ていて。
青柳 最後「気をつけろよ!!」と、そのお客さんが後ろを向く。その瞬間、博士が……。
博士 聞いたんだよね、「撮れた?」って。怒られている間、もちろんシュンとはしているんだけど、じつは内心では「ヤッタ!!」とも思っていて。
青柳 映画ではそこの部分はスパッと切っちゃっていますが、そこは演者としてもう少し間を空けて、余韻をもたせてくださいと言いましたね。でも、怒られてショックを受けていたのもウソじゃないんですよね。
━━鬱に限らずツライ体験は、カメラがあることで軽減されるということでしょうか?
博士 たしかにボクはそういう性格をしていますよね。日記をnoteで毎日書くので、日常が俯瞰的になるし、メタ構造になってくる。どんなことが起きても、これで日記に書くためのネタが出来たと思う。
28年も公開で日記を書き続けていると、何もない日常を送ることのほうに恐怖があるんだよね。
「これは『キッズ・リターン』なんだ」
━━博士自身、完成された映画を見てどう思われましたか?
博士 『選挙と鬱』は、タイトル通りに本来2つあるべき映画が一つになっている。一粒で二度美味しい(笑)。
青柳 じつは2022年の博士の選挙の撮影中、『フジヤマコットントン』という障がい者福祉施設を描いたドキュメンタリー映画を撮っていて、そこと博士を撮ることが何もかも真逆だったということもあって、選挙戦とある種対照的な“その後”の鬱を分けて撮るということが出来たんだと思います。いま思えば、ですが。
博士 (撮られる身としては)出口は見えなかったね。だって、24年の元旦に下血(自転車の漕ぎすぎによる)して救急車で緊急搬送されるんだけど、あれがなかったら、監督は、まだまだ出口が無いままにカメラを回し続けてていたかもしれないよね。
青柳 ウーバー配達に挑戦しているところを4、5日撮ったあと、元旦の事件でドクターストップがかかってそこで撮影を終えたんですよね。
博士 だから、これは始まりも終わりもない、『キッズ・リターン』なんだ、こういう終わり方もあるのかと思った。
青柳 あの怒られる場面が入ったことで、単純に「鬱から完全復活! めでたしめでたし」という物語にはならなくなったから、良かったです。人はいつだって波の上で揺れ動く存在だし、鬱は治して終わるものではなくて、一緒に付き合いながら生きていくもの、この感覚を観客に手渡せたらと思ってます。
博士 映画の中で語り尽くせないことを言うと、議員辞職後に僕が少し元気になり、配達員にチャレンジしたところを、精神疾患の経験のない人は、よく「鬱」病の人が「躁」になったと他人事のように言うけど、人間というのはみんな人生の中の山あり谷あり感情の波の中で生きていて、精神的に喜怒哀楽を繰り返し、落ち込んだり、喜んだりしながら生きているんですね。精神疾患の人は特別じゃないんです。
これは話すと長くなるんだけど、ボクは今、向精神薬は否定していて。
だから映画の結末で物語を終わりにしないで、観客に主人公も観ている自分にとっても日常の物語、人生はまだ続いているんだという気持ちは残したい。そう思って近々行われる東京都議選に出ようとしていたんだよね(笑)。
青柳 そう。あわてて、止めたんですよね。
博士 これは、この映画の宣伝にもなると思ったんだけど、それをすると公開中止(公平性から劇場は選挙期間中の上映を控える)になりますって 。だけど、それくらいドキュメンタリー映画は人生の断片を切り取っている。
しかし、主人公も観客も人生は悲喜こもごもで、まだまだ続いてるということを伝えたいんだよね。
━━再び国政に出るという意思がある?
博士 正直、未来のことはわからない。2万%出ないと言っていた人が出たりするんだから、可能性はゼロじゃない。あと、この前(2022年の参院選)の演説の中で「この選挙を最初で最後にはしません」と何回も言っていたから、選択肢は残しています。
自分の鬱をありのまま映したい
博士 この映画が面白いのは、監督が最初に出てきて「僕の奨学金をチャラにしてほしい」と言う。
ボクの選挙に興味をもったのも、自分の奨学金の借金をチャラにしてくれるかもという期待もあるんです。政治や選挙を撮ろうとするドキュメンタリーの監督は、あまり個人の視点から描くことはしないですよね。でも、自分事として一本スジが通っている。
青柳 僕も自分事で動いている人たちは信頼できると思うので。僕が選挙中いちばん印象に残っているのは、博士さんが鬱の人と対話するシーンです。
そこで、鬱は散歩するのがいいとか話されていて。僕も、ニュースでコミュニケーションが苦手な人が、リハビリとして散歩がてらにウーバーをやるというのを目にしていたので、博士さんから相談があったときに、いいですねと言ったんですよね。
博士 そうそう。鬱の時はトイレや風呂に入るのでも大変なんだけど。でも、休職中も自分のそういう状況をYouTubeに上げようと考えたりもしたんだよね。
ただ、歳費をもらっているのにと世間に言われるだろうかとストップしたけど。そういう意味では自分の鬱をありのまま映したいというのは、ずっとあったね。
青柳 撮られることで演じてしまう自分もいるわけだから、本当に鬱なのかどうかわからなくなるというパラドックスに陥りかねないんですよね。とても悩みましたが、撮らないという選択をしました。
博士 確かに、鬱を映す自己承認願望はどこにあるのかということですよね。ボクは過去3回は「体調不良」と発表してきたんだけど、鬱もどきを含めて、精神的体調不良になったのは4回目。
過去の発表の時は、子供たちがまだ小さかったから公表はしなかった、でも今回は子供がみんな15歳以上だったから、ママ(妻)が「人間には精神というのがあって…」と子供たちに説明していたのも聞いたし。だから公表できたんだけど。
ただ、いま、自宅の俺の部屋の入口に『選挙と鬱』の大型のポスターを貼ってあるんだけど、下のふたりの子は、父親が水道橋博士であることが、学校でバレてないから、「友だちを連れて来られない」と言われて、ポスターは剥がしたな(笑)。
〈後編へつづく『「青島幸男型の選挙をやりたかった」水道橋博士、2022年参院選出馬、の舞台裏』〉
『選挙と鬱』 6月28日(土)より ユーロスペースにてロードショー
「オレ、もう終わっちゃったのかな?」
政治家として、誰かのために生きること
鬱病を経て、まず自分のために生きようとすること
民主主義のもとで生きる全ての “私” たちと繋がるポリティカルドキュメンタリー
偶然にも選挙の“従軍カメラマン”となり選挙活動チームに加わりながら密着撮影したのは『東京自転車節』の青柳拓。持ち前の人懐こいキャラクターを活かしチームの一員となった青柳監督は、内側から選挙活動のディテールを描き出した。一方、水道橋博士の鬱病による休職~辞任とその後も追い続けたことによって、数多の選挙ドキュメンタリーとは一線を画す人間ドラマとして本作を完成させ、個人視点から社会を浮かび上がらせる作家性を本作でも発揮。一人の芸人のチャレンジを通して、政治家の根幹である“誰かのために生きること”、一方で鬱病というキーワードから垣間見える、現代社会で重要な“自分のために生きること”を同時に問いかける、私たちのポリティカルドキュメンタリー。
監督・撮影:青柳拓
出演:水道橋博士、町山智浩、三又又三、原田専門家、やはた愛、大石あきこ、山本太郎ほか/撮影・編集:辻井潔/音楽:秋山周/構成・プロデューサー:大澤一生/製作:水口屋フィルム、ノンデライコ/配給・宣伝:ノンデライコ
HP: senkyo-to-utsu.com
構成/朝山実