「青島幸男型の選挙をやりたかった」水道橋博士“鳩とマンツーマンの演説”から始まった2022年参院選出馬、映画『選挙と鬱』が追ったその舞台裏とは
「青島幸男型の選挙をやりたかった」水道橋博士“鳩とマンツーマンの演説”から始まった2022年参院選出馬、映画『選挙と鬱』が追ったその舞台裏とは

異色のヒューマンドキュメンタリー『選挙と鬱』。2022年夏の参院選に突然立候補した水道橋博士。

選挙戦の「あの日々」を、素人選挙チームの中に分け入りカメラを回した監督・青柳拓と、当時の選挙戦の驚きの現場を語ってもらおう。(前後編の後編)

1週間で決めた出馬、当選するとは思わず…

━━6月28日に公開になる映画『選挙と鬱』。水道橋博士が当選するまでの選挙戦と、その後、鬱で議員辞職し、それ以降の博士の人生まで追った映画ですが、当初と予定が違ったというお話を伺いました。

青柳拓(以下、青柳) 当初、映画自体は当選して初登院するところまでで終わっていたんですが、博士さんが鬱になり『選挙と鬱』として再編集したんです。

博士さんが大阪市庁舎に乗り込んでいくところとか、街宣車でモノマネ大会になって、マイクでバルタン星人の真似していたり、チリ紙交換ふうに“政権交換”を宣伝したりというのを、泣く泣く大幅にカットしましたね。

水道橋博士(以下、博士) ボクとしては選挙カーを使って、どれだけ音の遊びができるかということを試していたんだよね。かつての『スネークマンショー』のような聴覚によるコメディ。舞台装置としての選挙は絶好の機会でした。「ちり紙交換」と「政権交代」をパロディにしたり。

青柳 左よりのれいわ(新選組)の人がアパホテルに泊まり、置いてある右よりのものを物色するところとかも撮りましたよね。

博士 日記を読み返すと、選挙戦を記録しておくことはもともと自分でも考えていたんだよね。でもどうせ選挙に出るなら、ちゃんと残そうとなって、町山智浩さんが青柳監督を推薦してくれた。

初めて会ったときには、もう選挙でやることがいっぱいあり過ぎて「じゃあ、ヨロシク」の一言だけだったよね。

青柳 博士さんが阿佐ヶ谷でライブをしたあと、僕が声をかけたんですよね。「命がけでやります」と僕が言ったのが博士のnoteの日記に書かれていて覚えています。

ただ僕としては、最初、どこまで政策とかの準備をしているんだろうかと考えながら見ていたんですよ。

博士 選挙戦なんて本当は1、2年かけて準備するのが普通だからね。それを1週間で出馬を決めたんだから、勝てるなんて微塵も思ってなかったし。

もともと政策も、ボクが大阪の維新の松井市長に訴えられた、スラップ裁判への口封じに対する抗議を可視化することだけだった。

青柳 撮影を開始した最初の頃は、「これは負ける」というのが伝わってきて。だから『レスラー』という、ミッキーロークの映画をイメージしていたんです。無様に負けたとしても本気さを撮れば伝わるものはあるぞと。

シミュレーションしたら三原じゅんこに惨敗するデータが…

━━監督から博士に要望されたのは「編集権」は自分が持ちたいということだったそうですが。

博士 雇われ監督を提案したら、それなら青柳くんがやりませんと言うんだよね。はっきり。製作費も自分で出すと言うのを聞いて、ボクは「映画は監督のものだから、口出しは一切しない」と約束したんですよね。

━━ところで、1週間で出馬を決めた選挙、勝算はあったんですか?

博士 映画の中でも選挙の見通しを聞かれて話すんだけど、「登山部に入ったらいきなりエベレストを登れ」と言われるようなもの。

ただ、事前の票読みというのは精度が高くて、最初、神奈川選挙区でシミュレーションしたら三原じゅんこに惨敗というデータをれいわの選対から示され、わずかに可能性のある比例区になったという流れです。

青柳 僕が初めて見た時は、演説の姿勢がハマっていないというか……。

博士 監督が撮影入る前に中野でやった演説は、誰もいないところで鳩とマンツーマンの対話でやってたよ。オフザケしかやってなかった。

青柳 それ、撮りたかったです (笑)。

博士 選挙ではあるんだけど、こっちはコメディアンだからね。むしろ真面目な演説を始めたのは、監督がカメラを回し始めたあの日から。

青柳 それがどうにもぎこちなくて。これはもうどういうポジションで自分が居たらいいのか、わからなくて。

博士 あの日、言っていたよね。「演説がイケてなかった」って。

青柳 だから、「博士さんは本気なんですか?」とカメラを向けながら選挙事務所で訊いたんですよね。僕も撮影初日だったから、もうどうなってもいいやと。「勝つ気はあるんですか?」とも。

博士 最初、ボクは昔の参議院の全国区時代の青島幸男の選挙みたいにやりたいと思っていたの。立候補だけして海外に行く。お金もかからないし、選挙に対する批評になるから。

でも、「博士にはそこまでの知名度はありません」と言われて断念。

青柳 立候補したらまったくテレビには出られないし、どうやって認知を広げるかというので、ライブ中継し、日記を書き、可視化するための戦略を練っていく。その姿を真横で見ていて、こんなに大変なことをしながらでも毎日、noteの日記は書き続ける。このひとが国会に入ったらどうなるんだろうという期待は日に日に膨らんでいきましたね。

博士 千葉県での演説周りに灼熱の日があって、あそこでも思ったけど、あの参院選はある意味“罰ゲーム”を自分に設定しながらやっていたんだよね。

青柳 選挙アドバイザーの人から博士さん率いる素人チームがスパルタ指導を受けるという日でしたよね。

炎天下の中で、博士がノンストップで演説し声をかけ回る姿、めまいがするのをなんとか耐えて活動していたのを撮ることができました。

博士 カメラがある限り、ボクは逆境を面白がるタイプだから大丈夫だったんだけどね。

映画をもっと面白くしようとした猪木的発想で家族に危機が…

━━当確が出たあと、トイレに行く博士にカメラをもって監督がついていき「ここまで撮るのか」と言われる場面もありました。

博士 人間、素になるのはトイレとお風呂といわれますけど。ボク自身はどこを撮られても平気。カメラがいることが自然というか。

青柳 そこは博士の凄さで、選挙中はずっとカメラに対して開いてくれていました。カメラと僕自身はその懐に飛び込ませてもらって関係性を重ねていくことができたんです。

トイレのシーンはその関係性の極地だと思います。あのシーンは、僕自身は無意識についていっているんですよね。単純に僕もトイレ行きたかったし、カメラも博士のホッとした場面を撮りたいと僕の身体に伝えたんだと思います。

博士との関係性も、生理的欲求も、ずっと共にしていたことでシンクロしました(笑)。

━━本物のドキュメンタリーですね(笑)。

博士 これは監督の映画だけど、ボクの人生はこの映画を観終わったあとも続いているから、どこまでだって自分の人生をさらして見せられるよ。そう、それでもっともっと面白くしたいと思って、こないだ離婚しようとしたんですよね。

青柳 映画の未公開シーンを作ろうとしたってことですか(笑)!?

博士 そう。これだけ内助の功を果たしてきた妻と離婚した水道橋博士は、ひどいやつだ!!とメディアに叩かれまくる。これはプロレスでいうアントニオ猪木的なもので、ホーガンに勝つIWGPの結末を誰もが思い描いている中で、ひとりだけ違う物語を作ろうとする、猪木的な発想なんですよね。

青柳 ……勉強になります。

博士 でも、彼女(妻)にはこの仕組みを教えずにやろうとしたから、ものすごい修羅場になり、まわりからも「いやいや、博士」とマジで止められるし(笑)。

青柳 そうなんです。ドキュメンタリーのいま一番大事なことは、許可を頂かないといけない。これ、つまんない話かもしれないですが、現実に離婚となるとこれは映画としては……。

博士 事実に基づくストーリー映画って、エンドロールのあとに、このあとナニナニはどうなったというのが、文字情報で出るでしょう。

あのときに驚きと余韻が欲しいと思ったの。

青柳 ああ、でも、離婚はやめてください。オネガイシマス。

━━最後に、青柳監督が撮り終わって、いまいちばん残っているものは?

青柳 博士さんたちとの関係と、政治に対してすごい関心をもつようになりましたね。自然と身体が政局を調べている。博士さんの撮影で、他政党の人たちもフィジカルで会っているから、それぞれの人たちのその後にも目が向くようになりました。

政治が自分事になったということだと思います。それをこの映画を通して皆さんにも感じてもらえれば嬉しいですね

〈前編はこちら『なぜ水道橋博士は議員辞職し、ウーバー配達員になったのか…映画『選挙と鬱』で語る3年前の夏の出来事』

『選挙と鬱』 6月28日(土)より ユーロスペースにてロードショー

「オレ、もう終わっちゃったのかな?」
政治家として、誰かのために生きること
鬱病を経て、まず自分のために生きようとすること
民主主義のもとで生きる全ての “私” たちと繋がるポリティカルドキュメンタリー

偶然にも選挙の“従軍カメラマン”となり選挙活動チームに加わりながら密着撮影したのは『東京自転車節』の青柳拓。持ち前の人懐こいキャラクターを活かしチームの一員となった青柳監督は、内側から選挙活動のディテールを描き出した。一方、水道橋博士の鬱病による休職~辞任とその後も追い続けたことによって、数多の選挙ドキュメンタリーとは一線を画す人間ドラマとして本作を完成させ、個人視点から社会を浮かび上がらせる作家性を本作でも発揮。一人の芸人のチャレンジを通して、政治家の根幹である“誰かのために生きること”、一方で鬱病というキーワードから垣間見える、現代社会で重要な“自分のために生きること”を同時に問いかける、私たちのポリティカルドキュメンタリー。

監督・撮影:青柳拓
出演:水道橋博士、町山智浩、三又又三、原田専門家、やはた愛、大石あきこ、山本太郎ほか/撮影・編集:辻井潔/音楽:秋山周/構成・プロデューサー:大澤一生/製作:水口屋フィルム、ノンデライコ/配給・宣伝:ノンデライコ
HP: senkyo-to-utsu.com

構成/朝山実

編集部おすすめ